第15話 確保!
アキが階段の袂に着地した時、テツはちょうど通りを挟んでアキと向かい合える位置にいた。
「テツ!」
アキの声にテツはきょとんとした顔を見せた。都合の良いことに、向かい合ったアキとテツの間には、自転車が横断するための白い二本線が引かれている。しかも信号は青だ。下手に追いかけて昂奮させてしまっては元も子もない。そう考えたアキは、その場にしゃがんで両手を広げた。
「テツ、おいで……」
アキは聞こえるか聞こえないかというくらいの優しい声を出した。すると、テツは尾を振りながら軽い足取りでアキの方へ寄って来た。アキは信号を気にしながらも動きたい気持ちを抑え、テツとの距離が少しずつ縮まるのを辛抱強く待った。その間、アキは決してテツの眼から視線を逸らさず、あと三、四歩進んで来れば射程圏内に入る、その時だった。
「アキ、危ないっ!」
声のする方に視線を移そうとしたアキの眼に映ったのは、黒いバンパーにぶら下がった白いナンバープレートだった。彼はテツと信号に気を取られる余り、近づく左折車の存在に気づかなかったようだ。この時、実際にアキに危険を知らせたのは、ちょうどそこにやって来たサラだった。家にいるボクにもこの場面がはっきり見えたから、心の中でサラと同じ言葉を一緒に叫んだ。
アキは驚いて立ち止まったテツとの距離を一瞬でなくすと、右腕にテツを抱えて植え込みに転がり込んだ。左ひじをついて半回転したアキの胸の上にはテツがお腹をくっつけてしがみついていた。
黒いワンボックスはそのまま走り去って行った。ナンバーからするとこの辺りの車両ではないようだった。
アキはそのままの格好でテツを両手で高く上げ、目を丸くするサラに笑顔を見せた。――アキは本当に生きる力が強いんだ。
「それにしても、いいタイミングだったね」
アキはそう言いながら、サラと一緒に明るいリビングに上がって来た。
「携帯メールの受信が十二時前だったからさ、どこまで行っちゃったのかと思って……」
サラはポシェットから取り出した携帯電話に充電器の端子を差し込みながら言った。
「あっ、ひょっとして電話した?――ごめん、ごめん……」
彼は脱いだブルゾンの内ポケットにしまい込んであった携帯電話に着信がいくつもあるのを確認した。
「でも、そんな夜中に、二階に上がって来たなんて珍しいね?」
アキは思いついたように続けた。
「トイレに行きたくなって目が覚めたら、横にチップたんがいたから」
サラはそう言ってボクの方を見た。すると、アキはソファの上にたたまれた洗濯物の山からボクを抱き上げ、オレンジの座椅子に座らせてくれた。
「チップたんがおしえてくれたんだ……ありがとうね。――じゃあ、ご褒美に今度のお正月の旅行に連れて行ってあげよう」
「あははは、うけるーっ。ふたりでやってなよ、もう寝るから。シャワー浴びた方がいいよ、アキ。おやすみ」
サラは眠気の混じった笑顔で階段を降りて行った。
「おやすみ――」
アキは脱衣場の灯りをつけながら、彼女の後姿を見送った。
あの時黒っぽいワンボックスの見えた場所は、家のカーポートでなくて公園の前の大通りだったんだ。――ということは、ボクには未来も、少しずつだけれども見えるようになってきたのか。今回は、現在のことと未来のこととが入り混じって見えて上手く判別できなかったんだな。
でも、そんなことより、ボクはまた旅行に連れて行ってもらえるのがうれしい。アキ達は、毎年大晦日に観光バスでオクヒダの温泉郷に行ってそこで新年を迎える。皆と一緒に年越しできるなんて夢のようだ。(つづく)
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