第13話 エマとルカ
ボクは感じる力が強くなって気に懸ることや疑問に思うことが増えた。この一年、アキに可愛がられるようになってからは特にそうだ。もちろんこれはアキから分け与えられる命がそれ以前に比べて急激に増えたせいだ。
今のボクは、この家に来る前のこの家の様子をかなり感じることができる。おそらく五年以上前のことだろう、この家の部屋には、アキとエマ、そしてエマと同じ種のルカという小さな子がいたようだ。その頃、サラとカイの姿は感じられない。――二人は彼らより後にここに来たんだ。そして、そのうちエマとルカは部屋からいなくなった。庭で生活するようになったからだ。その何年後かにここへ来た当時のボクは、しばらくの間、ルカの存在を感じることができなかった。エマの存在感が大きくて、彼の生きる力が強いから、ルカはその陰に隠れていたんだ。
そのルカは今、存在しない。エマがいなくなる少し前に死んだんだ。それがボクには見える。アキ、サラ、そしてカイが三人で朝から出かける予定のあった日のことだ。
アキが食事をあげようと、以前エマ達がいたカイの部屋の窓越しに庭をのぞくと、普段なら気がついて寄って来るルカの姿が見えない。裏庭につながれているエマがしきりとハスキーな声を立てているのが聞こえる。アキは何か不穏なものを感じた。慌ただしくガラス戸を開け、そこから身を乗り出した。すると、ルカは両足にリードを絡めたまま横になり、動いていなかった。アキはそのまま庭に飛び降りた。ぐるぐるに絡みついたリードを解いてやった。が、ルカは立ち上がろうとしてもなかなか立ち上がれない。ようやく肉球が地面についた瞬間、バランスを崩してまた倒れてしまう。眼は開いていてもアキの姿が映っていない。
アキは、そのまま彼を抱きかかえ、ハウスの奥にそっと寝かせた。水を飲ませようとしても反応がない。――アキにできるのはここまでだった。もう、カイの合格発表を見に学校へ行く時間だ。前の日、カイが一番行きたい学校には合格していたから、この日の学校には合格しても入学しない。アキにしてみれば、サラとカイの二人で行ってもらって、自分はルカを病院に連れて行きたいはずだ。でも、アキはそれを二人に言えないんだ。彼はハウスの中でぐったりするルカの姿を目に焼き付けて出かけて行った。――ルカは生きる力が弱かったんだ。
姿を消したもう一方のエマは、相変わらず元気いっぱいのようだ。逃げ出して行方知れずかと思いきや、サラの母親の所で暮らしている。この前、彼女が電話でそんな話をしているのが聞こえた。その時は確かには判らなかったけれども、後日のアキとサラのやり取りで察しがついた。
「最近、田舎に電話した?」
アキは思い出したようにサラに聞いた。
「何で?したけど……」
サラは怪訝そうな顔で応えた。
「いや。――ならいいんだ」
「――高かったの?」
「あっ、間違いじゃなければいいんだよ。いつもと請求の額がかなり違ったから、明細を確認してみたら、サラの通話料がね……」
「そんなところまで見てたの?まあ、別にいいけどね……」
サラは急に不機嫌な顔になった。アキはそれを不思議に感じている。
彼女はちょっと勘違いをしたようだ。「明細」と聞いてイメージしたのは通話記録の類で、実際は、家族ひとりひとりの料金とその内訳――パケット通信料、通話料、サービス利用料など、それぞれの金額が分かる程度だった。
「電話すると犬の話が長くてさ……可愛がってもらってるみたいだよ」
機嫌を直したサラはバツの悪そうな顔を隠しながら、しかしやや得意そうに言った。
「イヌ?――ああ、そう……」
アキは不意を突かれたような、さして関心のない素振りで応えた。
サラはエマを名前で呼ばない。だから、アキも彼女の前では「エマ」という言葉を口にしないんだ。……(つづく)
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