第7話 リゾートホテルで読書感想文

 明くる日の昼間、三人は出かけ、ボクは部屋で留守番だった。彼らの道中は食道楽だから、ボクはついて行かなくてもいい。

 ボクはひとり、部屋の大きな窓から外を眺めていた。そこに広がる、大きな青空、海のように広い川、それを囲む緑、その中にぽつりぽつりと小さく見えるオレンジ色の屋根、そして、その全体に霧が薄らとシェードをかけている――巨大な風景画にうっとりしていた。いつまでも見ていたい、このまま時間が止まってもいい……そんな気分に浸っていたその時、ドアの開く音がした。誰だろう?

  入って来たのは、白い三角帽子と前掛けを身に着けた年配の女性だった。見ていると、使用済みのタオルを回収して新しい物と取り換えたり、ゴミ箱の中の物を持って来た大きな袋に移し替えたりしている。そうか、部屋の片付けを自分達でやらなくてもいいということか。ホテルというのは至れり尽くせりなんだな。サラもさぞかし楽に違いない。

 すると、感心しているボクに気づいたその女性は、ボクの座っているベッドに近づいて来た。そしてボクを両手でひょいと抱き上げると、そばのソファの肘掛を枕に寝かされた。彼女と面と向かったボクは少し照れてしまった。で、何をされるのかと思えば、ベッドのシーツと枕カバーの交換だった。

  彼女は仕事が終わると、ボクをそのままに、部屋を出て行ってしまった。ボクは、その後、アキ達が帰って来るまで、白い天井と睨めっこを続ける羽目になってしまった。……


 ボクは、部屋に戻った皆の楽しそうな顔を見たり、会話を聴いたりするのがうれしかった。アキは、二人を満足させるために、プランを立てたり、目的の店への道順を調べたり、移動時間の計算をしたり、楽しい旅行の中でも神経を遣っているのが分かる。でも、そんな顔はおくびにも出さない。

 ところが、その夜、数ヶ月前と変わらない、まるで家にいるような錯覚にボクは陥った。

 カイが連休中の課題として学校から出された、読書感想文を上手く書けないのだ。アキには、早くから課題図書を与えられ、旅行の前に仕上げてしまうように言われていたのに、なかなか手を付けず、結局、飛行機の中で読んでからホテルで書く――そういう約束となっていた。

 そもそもカイは、文章を書くことが大の苦手だ。小学生の時も、作文の宿題が出ると、書き出しが分からない、何を書いたらいいのか分からない、書いても、結論を先に書いてしまうから、すぐに文が終わってしまう、こんな調子で、いつもサラをイライラさせていた。白紙の原稿用紙を見つめているだけで、二時間、三時間はざらだった。これを楽しいはずの旅行の夜にやられたら、たまったものじゃない。

「カイがホテルでやるって言うから、こうなったんでしょ。さっさと書きなよ。いい?今日は眠くても終わるまで寝ちゃダメだからね」

 サラはくつろげない夜に怒り心頭だ。まさか、とは思うけれど、ここに来てまで身の危険を感じるとは。

  彼女は怒りのボルテージの上昇と共にビールのピッチも上がり、いつの間にか寝入ってしまった。こんな時カイの面倒を見るのはもちろんアキだ。長い夜が始まる。(つづく)

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