第4話 厄介なやつ(3)

「さっき、カイに聞いてみたんだけれど、昨日の夜も首を絞められたような感じがしたんだって。それで見てみたら、喉の所が少し赤くなっているの。夜中にうつ伏せに寝ている時に苦しそうにしていたから、きっと、あの時がそうだったんだよ。うつ伏せなのに、喉の辺りに絞めつけられるような感じがしたなんて、普通じゃないよ。やっぱり……」


「何がやっぱり、なの?」


「考えてみたら、カイが寝苦しくなったのは三日前――ちょうど、あのCDが来た日の夜から……」


「あのCDって、この前カイに頼まれてネットで買ったやつか?」


「そう。あれ、夕方に届いたんだけれど、受け取った時から何か嫌な感じがしてさ、ここで夕飯の支度をしている時も、誰かがそこに立って見ているような。多分、男だと思う」


「知り合い?前の彼が迎えに来たとか?」


「違う。会ったこともないヒト」


「――っていうことは、あのCDは中古品だから、前に持っていたやつか?」


「多分ね。自殺した歌手のCDだから、きっとファンの中には病んだヒトもいるだろうし……」


「なるほど。たしかに、うつ伏せの体勢の喉を絞めるには、誰かが上から首の下に手を入れなけりゃ難しいな。――じゃあ、あのCD、どこかに捨ててくるか?」


「捨てるより、返品した方がいいと思う。でも、場所が分からないな。包装紙はもう捨てちゃって、昨日がゴミ収集日だったから……」


「PCで購入履歴を検索すれば出品していたショップが分かるよ」


「でも、たしか、サッポロからだったよ。行くの?」


「郵送でいいんだよ。普通に返品すると受取拒否されるかもしれないから、『返金不要』ってメモ書きを入れてこっちの名前は書かないで送り返すよ。そうすれば戻って来ないよ」


「なるほどね。じゃあ、そうして」


 早速アキは、テレビ画面のような機械を取り出して鍵盤をカチャカチャやり始めた。そうか、あの機械が「PC」で、件の小さな音盤を「CD」というのか……タイプライターやフロッピーディスクなら知っているけど、ボクはまだこういう新しい技術には弱いんだ。

 それにしても、こういう時のアキの行動は本当にクイックだ。ボクがこの家にやって来て間もない頃、カイが流感に罹ったことがあった。カイの眼が潤んで顔つきがぼうっとしてきたのは日曜日の午後、どこの医院も休診だ。でも、アキはあっという間に電話で医者をつかまえると、カイを車に運び込んでその医者の所まで押しかけて行ったんだ。――


「あったよ、住所も分かった」


 アキはそう言うと、PCをもう一つの黒い機械にコードでつなげてジコジコと紙を出し始めた。何か文字が書かれているけれど、ボクは文字が、特に漢字とひらがなが分からない。きっと、さっきアキが言っていた「返金不要」っていうことが書かれているんだろう。彼は出てきた紙をハサミで二箇所、切り取って一枚はCDと一緒に封筒に入れた。もう一枚の方は封筒の表面に糊で貼り付けた。

 アキがPCを片付け始めると、ちょうどカイのシャワーの音が止まった。


「じゃあ、これ、郵便局に持って行って」

 アキは、そう言って封筒をサラに渡した。


「今でなくていいから、新しいのを買ってあげてね」

 サラは、封筒をバッグにしまいながら、小声でお願いした。


「もう、新品を注文したよ。早ければ明日届くよ」


「え?仕事が早いね」

 サラは満足そうだった。……


「あいつ」は、あのCDと一緒にこの家からいなくなった。きっと次の持ち主の所へ行ったのだろう。

 明くる日の夕方、アキの言ったとおり、新品のCDが届いた。

 今度は誰も連れて来なかったようだ。(つづく)

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