第2話 厄介なやつ
外の空気はまだ冷たいようだ。けれども、最近この家の中の空気がにわかに緩んでいるのをボクは感じる。どうやら、カイにお祝い事が、――念願の中学校の入学試験を見事パスしたらしい。おかげでサラはこの一年間のイライラがすっかり解消されたようだし、――いや、それ以前はボクに感じる力がなかったから、彼女のイライラは数年間続いていたのかもしれないな。カイも背中に羽が生えたように伸び伸びしている。これまで観たくても観ることのできなかったテレビ番組や映画を観たり、マンガや雑誌を読んだり、毎日が自由で楽しそうだ。カイは、音楽を聴きながら、時々それに合わせて歌ったりもしている。
でも、ひとつ気懸りなことがある。それは、今日届いた小型の音盤と一緒にやって来た「やつ」のことだ。そいつは、おそらく、あの音盤の以前の持ち主で、今もここでボクのことを睨んでいる。そして、この家の三人のうち、生きる力の幼いカイを狙っている。一方で、生きる力が最も強いアキは何も感じていないし、もちろん何も見えていない。サラはカイに近い分、その音盤を手にした時から何か嫌なものを感じている。
夜になって皆が寝静まると、案の定、そいつは寝室にやって来てカイの体の上に乗りかかった。仰向けに寝ているカイは苦しそうに寝返りを打とうとするが、ままならない。
今のボクにはこいつを力ずくで追っ払うだけの力はない。でも、ボクが見ているということを気づかせてやるだけで、こいつは何もできなくなる。――臆病なやつなんだ。
次の夜も、こいつはカイの胸の上にまたがってその首に手をかけようとした。ボクは一晩中、牽制しながら、こいつを連れて来たあの音盤をどうにかしようと考えていた。
明くる朝、カイは、この二日間、首を絞められるような寝苦しさを感じた、と喉の辺りを押さえながらサラに訴えた。これを聞いたボクは、いい方法を思いついた。――今夜決行だ。
ボクは、その晩三人が寝ついた時からずっとカイのベッドを見張っていた。ボクの予想したとおり、あいつは警戒して、なかなか寝室に入って来ることができない。あいつはチャンスをうかがっているんだろうが、ボクだってチャンスを待っているんだ。
するとその時、それまで仰向けに寝ていたカイが、寝返りを打ってうつ伏せになった。
――ボクはこれを待っていたんだ。
すぐに見張りを解除し、ボクは疲れて眠ったふりをした。思惑どおり、あいつは、しめしめとばかりに寝室に忍び込んで来た。そして、忌々しいあいつは、カイの背中の上に乗って後ろから彼の首に手をかけた。カイは苦しそうにうめき声をあげようとするが、声にならない。
「カイ、ごめんよ。少しの間辛抱してくれ……」
ボクはそう思いながら眠ったふりを続けた。
しばらくしてサラがカイの様子に勘づいた。彼の背中を揺すって声をかけた。カイは寝ぼけたまま、よく聴き取れない返事をすると、ごろん、と仰向けになっていびきをかき始めた。
あいつは、相手が二人では分が悪いと、そそくさと退散して行ったんだ。 (つづく)
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