今も隣りへいて欲しい君へ 2/11


 夏休みに入ってからも毎日サッカー部で汗を流し、帰ってきたら部の先輩でもある兄貴にフェイントを教えてもらったりリフティングの回数を競ったりして、そんな近所の公園での自主訓練にたまに真緒が冷やかしにやって来て、俺は得意げに覚えたばかりの無回転シュートを披露する。

「すごいねー、揺れるし落ちるし、こりゃキーパーの春斗くんも大変だ」

「その球が打てるのはもう分かったから。サイドチェンジやクロスの時の内巻きのカーブとか、右足のシュート練習もしなよ」

「右足は苦手。シュートもへなちょこだしやる気にならない。クロスは公園狭すぎて練習できないし。それより見てよ、このボールの真芯を打ち抜く華麗なシュート」

 そう言って俺はまた兄貴に向かって左足のシュートを放つ。今度は体をやや斜めに傾けてインパクトを強くするよう意識した。ボールは流され気味になってアウトサイドに変化し左側のカラーコーンを吹っ飛ばした。

「あっ、惜しい」

「だろっ。見てろよ、次こそは」

「今のは今のでアウトフロントキックっぽくて良かったけどね。まだ使い分けは無理か」

 座って見ていた真緒の足元にボールが転がって、蹴り戻してくれた球を右足のインサイドで軽くトラップする。

「真緒ちゃん、暗くなってきたけど帰らなくて大丈夫かな」

 兄貴がそう言うのでふと見ると公園の電灯にはもう灯りがついていた。いつの間にかさっきよりも夕闇が深くなっている事に遅まきながら気づく俺。

「春斗くんは心配性だな。安心して、もう少し経ったら善司に送ってもらうから」

「送るほどの距離じゃねーだろ。とにかく俺はこのシュートをだな…」

「善司、今日はこのくらいにしておこう。真緒ちゃん送って行きな」

「兄貴は真緒に甘いよ。ほっとくと際限なく甘えるよ、こいつ」

「女の子なんだから、ちゃんと気遣ってやれ。なんなら僕が送るけど」

「分かったよ、俺行く。それじゃ用具とかよろしく」

 兄貴と別れて公園を後にする。歩いて五分も経たない程度の距離なのにわざわざ送るってのもなんだよなーって思いながら。でもそう言う小さな気配りみたいなものが女の子と付き合う上では大切なんだろう。モテ兄貴の教訓。

「明日も練習するの」

「多分ね。夕立でも降らなきゃ大抵やってるよ」

「じゃあ明日も見に来ようかな」

「ヒマジン」

「黄色い声援があった方がやる気もでるでしょ」

「自分で言うなし」

 話しながら歩いていると真緒が突然立ち止まった。目を閉じて何もない場所で深呼吸している。

「どうしたんだ」

「ん、善司の匂いがするなって」

「汗臭くて悪かったな」

「香水でもつける?」

「そんなチャラい事できるかよ。ってかいちいち足止めて言う事じゃないだろ」

「いやさ、夏になるとさ、善司がいつも汗かいて昼寝してたこと思い出すんだよね。二人してうちの畳にバスタオル敷いてさ」

「あったな、そんなこと」

「夏って好きなんだ、私。木漏れ日とそこに吹く風とセミの声、それに善司と一緒に作った砂のお城。それが私が持っている一番古い記憶。イメージだけの頼りない思い出だけど、加工されてないありのままの記憶」

「俺も覚えてる。二、三歳くらいだったかな」

「私たちずっと一緒だね。変わらないね。変わらないでいたいね」

「ツイてるね、ノッてるね、世紀末が来るぜ」

「茶化さないでよ。それにそれなんか色々交じってる」

 それから話題は昔聞いた事のある歌の話しになって、今度みんなでカラオケでも行こう、って約束をして別れた。手を振る真緒に手を振りかえして夕闇に浮かぶ無邪気なその顔を見てたら何だか泣きそうになって鼻の奥がつーんとした。

 俺、青春してんな。

 叫びたくなって家までの短い距離を意味もなくダッシュした。


 夕食を食い終わって部屋でだらだらしていると自然にサッカー談義になっていた。

「お前は賢い選手なんだと思う。ぱっと見て何をすればいいのか、何がダメそうなのか一瞬で判る。だからって間に合わなさそうなルーズボールを追わなかったり足慣れたフェイントばかりしていて良い訳じゃない。思い切りがあるように見えるお前のプレーは実は正確な未来予想の賜物で、本当のお前は臆病で危険は冒さない守りのサッカーをしているように僕には見える」

「なんかダサいね、それ」

「まだまだこれからなんだから小さくまとまり過ぎるな。まあ、そういうプレイヤーもチームには必要なんだけどね」

「なんか自信なくなってきた」

「右足でも強い球打てるようになれ。全部は無理でもそれだけでだいぶ変わってくる」

「もういいよ、その話しは」

 俺が飽きてきたのを見て兄貴は自然に話題を変える。座っていた勉強机のイスから立ち上がって二段ベッドの下の段であぐらをかいていた俺の横に座り直す。

「中学、もう慣れてきた頃だろ」

「慣れるも何もほとんどの生徒が小学校から上がってきただけだし。まあクラスで何人か新しい友だちはできたけど」

「気になる子とかいないのか」

「考えた事もなかった。顔が可愛いなって思う子はいるけど」

「それだけ学校生活が充実してるって事なのかな」

「兄貴は? この前もデートだったんだろ」

「誘われるから行くだけかな」

「マジでか」

「まああんまり誘わないのもあれだからたまにはこっちからも声かけるけど。デートも慣れだよ、回数こなすとただの日常になる」

「うわー、冷めてるー」

「僕はきっと恋愛向きじゃないんだよ。一人でいる時間が好きだしね」

「俺は逆。一人でいると退屈で暴れだしたくなる」

「似てないな、僕たち」

 久しぶりに対戦しようと言うと、ゲーム機にケーブルを差しながら兄貴が、飲み物取ってきてくれ、と言った。

 サッカーゲームは兄貴が弱いチームを使ってくれたのにも関わらず一勝四敗。格闘ゲームは三勝二敗で辛くも勝利を収めた。

 その後、高校入試の勉強を始めた兄貴の横で俺も夏休みの宿題に取りかかってまた夜更かし。夏の夜の暑苦しさと湿気で途中から全然集中できなかったんだが。


 翌朝、常に憂いに満ちたチンパンジーのようなおふくろに「早く起きろ」と早口でまくし立てられてキレそうだったがなんとかベッドから這い出した。当てつけのようにタオルケットを壁に放り投げる。今日は町内会の集まりがどうのこうのとか知ったこっちゃないし。

 眠いしダルいし腹減ったし。

 平日のいつもの朝よりだいぶ早起きを命じられて二段ベッドの上の兄貴を揺さぶる。兄貴はこう見えて眠りが深くて毎朝起こすのが俺の日課だ。

「おーい、起きろー」

「ん、もう朝か」

 兄貴がゆっくりとタオルケットをたたむ。

「朝食、チーズ入りスクランブルエッグだって。冷めないうちに食おうよ」

「そうだな。チーズ固くなると不味いし」

 二人揃ってダイニングに降りて朝のワイドショーを見ながら飯を食う。ベーコンとツナ多めの俺の飯とそれより量の少ない兄貴の飯。育ちざかりの特権を意識する真夏の早朝。

「午前中の練習なんてなきゃいいのに。夏休みだからって張り切り過ぎじゃない」

「文句言うなよ、パンくずついてるぞ」

 口の端を腕で拭ってバスルームに向かう。顔を洗って歯を磨いているうちにやっと目が冴えてきた。

 練習までまだ若干の時間があったから我が家のリビングで適当なモップかけを終え、二階に戻ってベランダから外を見ると空は煌めく夏色に染まっていた。なんだかんだで軽く汗をかいた額に風が心地良い。その風に乗って鳴くアブラゼミの声が異様にやかましかった。

 庭のアジサイは見事に枯れきっていて毎年無駄に二度咲きする金木犀の青々とした葉が揺れる。おふくろの趣味がガーデニングからフラダンスに移行した事によって見捨てられたバラの残骸が恨めしげにこっちを睨んでいた。

「恨むならおふくろを恨めよ」

 口に出してそう言って、空しくなって部屋に戻りワールドサッカーダイジェストに目を通す。何だかんだで熟読していていつの間にか家を出る時間になっていた。


 スポルティングバックを肩からかけて二人並んで通学路を歩き、昨日のパス練習でのダイレクトタッチの上手さを褒められて気分は上々。

 トラップの時のワンタッチには自信がある。

 右足首の内側でしなやかにボールをトラップして思い通りの場所にボールを置くっていう、次への動作に繋ぐプレーはサッカーを始めた時から練習していて得意だった。セカンドプレーへの挙動に素早く反応できるのが自慢で、それと読みの鋭さのおかげでトップスピードの遅さをカバーしている。

 中学に着いて部室で練習着に着替えてからバレー部の部室を覗くとユウヤが来ていて練習前の時間を軽くくっちゃべって過ごす。

 その後、軽めのメニューから練習がスタートして体を慣らしていく。

 ランニング、パス交換、鳥かご、ワンツーシュート、8対8の紅白戦。グーパーじゃんけんで決められてA組に入った俺はいつもより高めのポジションをとってゴール前に果敢に攻め上がる。ショートパスが思うように繋がらなくて強引な体勢からミドルシュートを連発する。兄貴はパンチングとキャッチを上手く使い分ける事で定評のあるゴールキーパーだ。

 俺のコースは読まれていて入るのは五本打って一本くらい。カーブをかけたシュートが得意でない俺は力任せの弾丸シュートでゴール隅を狙うがことごとく跳ね返される。

 その後も何回かチーム編成を変えてミニゲームを行ったが気持ちばかりが先走る同じ学年のチームメイトは「俺が、俺が」の意識が強すぎてパスを送る感覚が希薄だ。ドリブルからのダッシュで強引につっかけてディフェンスに取られてカウンター。出すパスはバックパスばかり。やっぱり二、三年生と一年生とのキャリアの差は大きい。

 練習は夕暮れまで続いて、途中何回も水分補給したのに口の中は乾ききっていて大きめの水筒の中身はもう空っぽだった。

 今日はセンターバックによく止められてしまった。体を入れる位置、足元のボールキープ、今日はそのへんを自主練で鍛えよう。


 練習が終わり近所の公園に着くともう真緒が来ていた。タオルと二リットル入りのペットボトルを持って藤の蔦が生い茂る形だけの屋根の下、ベンチに座ったまま憤慨していた。

「おそーい、結構待ったぞー」

「んな事言われてもな」

「春斗くんは」

「体の熱冷ましてから来るってさ」

「じゃ、さっそく練習だ。今日は何するの」

「相手とマッチングした時の体の入れ方。苦手じゃないんだけど今日は上手くいかなかったから。でもそれは兄貴が来てからだな」

「じゃあ少しほっこりする?」

「そうする。あーっ、足首痛い、ふくらはぎもぱんぱんだし」

 ジャングルジムに寄りかかって足のストレッチをする。折り返しの長いジーパンとなんかお洒落なTシャツ姿の真緒が合間にペットボトルを差し出してくれる。

「練習ハードなんだ」

「結構ね、やっぱり小学校とはだいぶ違う。でもやっと基礎練習から解放されて今は楽しい時期かな」

「ふーん」

「テニス部の方はどう、顧問ってあの山中先生だろ? 若いしわりとイケメンだよな」

「女子の中では評判悪いわよ、指導もあんまり熱心じゃないし」

「けっこう意外。サヤカの方のハンドボールは熱血らしいけどな」

「理科の木村先生? 見るからに体育会系じゃない、あの人」

 ちなみにコウジとアンは二人揃ってバスケ部。バレーもそうだけど、俺はジャンプ系の球技ってあんまり得意じゃないからすげえなっていつも思っている。

 簡易のコーンを並べてやる事がなくなったから真緒と遊び半分でパス交換をする。ときたま予想外の方向にパスが来るからそれはそれで良い練習になっていたりする。

「そういや今年の夏祭りいつだっけ、来週?」

「来週の土曜。伊勢くんのマンションに集まってみんなで行こうって言ってたじゃない」

「祭りかぁ、とりあえずたこ焼き食いたい」

「私は杏子飴とベビーカステラ」

 しばらく縁日の屋台の話しで盛り上がっていると兄貴がやってきた。

 それから練習をしだし、細身だけど俺よりも二回りくらい大きい兄貴相手にボールの競り合いをする。

 腕を使って体を止め、反転からのパスやシュートを繰り返す。部活後の、おまけに当たりの強い兄貴を相手にして終わる頃にはへとへとだったが持ち前の体の強さできっちりプレスを跳ねのけていた。

「上手くなったな。僕相手にこれだけできれば試合でも当たり負けする事は少ないんじゃないかな」

 しばらく体休めしよう、と兄貴が言って塗装の剥げたベンチに三人で窮屈に収まる。

「夏が終わったら三年は引退だし僕も受験で忙しくなるからここでの練習もあと少しになるな」

「一人でやるのもなんだしね」

「代わりにランニングや筋トレの時間増やしたらどうだ、体力つくぞ」

「ボールがない練習嫌い」

 そう言いながら今でも座ったまま足の裏でボールを転がしている。

「春斗くん高校に入ってもサッカー続けるの」

「そのつもりだよ。少し先の話しになるけれど真緒ちゃんも高校入ったら硬式テニスにしたらどうかな。軟式もいいけど高校は硬式の方がメジャーみたいだよ」

「どうかな、もともと体動かすのそんなに好きじゃないし。今の部も友だち付き合いで入っただけだから。それに私、勉強好きだから予習する時間が欲しいし。高校は帰宅部にするかも」

「真緒は塾も通ってるんだよな。俺も入った方がいいのかなぁ」

「善司は春斗くんの弟だからやればできるはずよ」

「おだてられとく」

「そう言う時はおだてても何もでないぞって言うんじゃないの」真緒が横やりを入れる。

「褒められて伸びるタイプだからね、俺は」

「まあいいけど」

 それから兄貴のキーパー練習に付き合って、終わりかけた頃、急に空が薄黒くなってきて雷音が轟き出していた。

「ヤバいな。降ってくる前に帰ろう。ほら、真緒、駆け足」

 今日も兄貴に片づけを頼んで急ぎ足で帰路につく。

 また今度、と言って別れ家に戻った時にはもう大粒の雨が滝のように降り出していた。

 台所ではおふくろが夕飯の支度をしながら「嫌な雨ね」と窓の外を見ていた。

 雨降ると明日のグラウンド汚くなってやだなーなんて考えながらシャワーを浴びにバスルームに向かった。


 祭囃子が聞こえる。

 人のざわめきと屋台のオヤジの威勢のいい声。土曜の夕暮れ前の空は予報通り快晴だった。

 サヤカと真緒はヨモギ色とエンジ色の浴衣をそれぞれ着てうれしそうにはしゃぎ、アンもそこに加わって毎度のことながらかしましい。男三人は普段着でコウジは足元だけ下駄履きだった。

 俺たちは露店を巡って買い食いし、射的をして、水風船を釣って、金魚をすくった。家に水槽があるのが俺の家だけだったからみんなでとった群れをなす六つの金魚の袋を両手にぶら下げる。

「これだけ大量にいると不気味だよな。アンんとこの猫の餌にしない」

「いやよ。うちのルークは金魚なんて食べないわよ」

 アンが気味悪そうに俺の傍から離れる。

「旨いのかなぁ、金魚って」

「ゼンちゃんならイケる。頑張って食してください」サヤカが笑いながら俺の隣りに来て並んで歩く格好になる。

「サヤカの家族も来てるんだろ、この祭り」

「うん。帰りは合流して一緒に帰るつもり。ゼンちゃんのとこは」

「うちはおふくろが打ち上げ花火苦手でさ。なんか怖いんだって」

「へぇー。もったいないね、あんなに綺麗なのに」

「手持ち花火は好きみたいでさ。子どもの頃はよく庭にバケツ持って行ってやってたっけ」

 そう言いながら花火のあのはしゃぎ出したくなる匂いが思い出されてそわそわする。

「いいなぁー、杏のとこも真緒ちゃんもゼンちゃんのとこも一戸建てだもんな。マンション暮らしって悲惨だよ、部屋狭いしプライバシーなんてないみたいなもんだし。弟も妹もまだ小っちゃいから部屋の中ぐちゃぐちゃだし。思春期の娘には厳しいよね」

「うちは真緒のとこみたいに風流でもないしコウジの家より古いし。部屋も兄貴と一緒だからそんなに羨むほどじゃないよ。おちおち部屋でオナニーもできない」

 バッカじゃないのと言った後、そっかそっかと頷くサヤカの短い髪からいい匂いがして俺はちょっとドキドキする。

「ユウヤとは上手くいってる?」

「のろけ話になるけど聞いてくれる?」

「いや、じゃあいいや」

「もう、聞いてってば。デートも何回か行ったし手も繋いだ。あのね、裕也の手ってすごく大きいんだよ。指長くて温かくて」

「はいはいごちそうさま。お幸せそうでなによりです」

「でもキスはまだしてない。してくれないんだよね、なんでだろう」

「男ってわりと繊細なんだよ。下手だったらどうしようとかタイミング間違えたらやだなーとか。でもあいつは行動派だしビビってるって事はないと思うんだけどなぁ。あれ、なんでだろ」

「でしょ、でも今日はチャンスだと思ってる。覚悟も決めてきたし」

「健闘を祈る」

 笑顔で親指を立てあって一呼吸置くとサヤカが俺の前に回り込んで顔を覗き込んできた。

「知ってた? 私裕也と付き合う前まではゼンちゃんのこと好きだったんだよ」

「はっ? 冗談でしょ?」

 俺は前に真緒のカマかけにあっていたから動揺しないようにあごに力を入れる。

「ほんとのほんと。ゼンちゃんニブいから気付いてないと思ったけど」

「真緒からはお前、コウジが気になってるって聞いたけど」

「そんな事一回も言ったことないよ」

「あいつ、またウソつきやがったな」

「何でウソついたんだろうね、真緒ちゃんは」

「知らんし。そっか、じゃあ両想いだったんだな、俺ら」

 嬉しいような恥ずかしいような、でももう遅すぎる告白をしあってなんだかしんみりする。二人で無言のまま歩いているとそれまでコウジとじゃれあっていたユウヤがこっちに来て「そろそろうちの屋上行こう」と言った。


 手すりに引っかけた透明なビニールに赤や緑や金の光が写り込んでは消える。

 その中で泳ぐ金魚たちは俺たちの騒ぎ声にも我関せずで優雅なものだ。

 コウジに向かって水風船を投げつけると、すでにびしょびしょになっていたアンが俺のTシャツの背中に風船を入れて手で叩きわった。

「やったぁ。兄妹連携プレー」

「アン、てめえ。ユウヤ、アン狙え。集中攻撃だ」

「任せろ」

 弱い敵は徹底して叩く。勝負事の常だ。

 浴衣組はそれを見ていて、しばらくすると水風船も尽きてマンションの屋上にみんなで体育座り。

「あっ、星綺麗だね。あれって金星?」

 真緒が指差した空には一際大きな輝きを持った星が静かに瞬いている。

「花火見に来て天体観測もないだろ。杏、どうする、そろそろ帰るか」コウジがアンを見やって返事を求める。

「うーん。花火終わるまで待ってたいかな。と言うより、もう少し、みんなでいたい」

「アンちゃんの言うとおり。どのみちそろそろ終わりだし、いいタイミングで沙耶香にキスしたいし。もうちょっといよう」

 その言葉に俺たち四人はどう返事したらいいか分からず押し黙る。サヤカは俯いて自分の浴衣の膝を眺めていた。でも口の端が上がっているのを俺は見ていた。

 やがて最後の打ち上げラッシュが始まった。

 大玉の花火が惜しげもなく空に舞い上がり小さな花たちが付いて行くようにその下でカラフルな花弁を散らす。

 しばらくこれでもかってくらい空は咲き誇っていて、小粒の花火が滅茶苦茶に乱発されて、最後の特大花火が競うように打ちあがり、やがてゆっくりと静寂が戻ってきた。光のせいで明るかった空が煙と濃紺に包まれていく。

 耳の中に残るじーんとした感覚が消える頃、俺たちはその余韻を胸に「蛍の光」を歌った。

 俺たちなら。六人なら。俺たちなら。

 気分だけ盛り上がって、上手い言葉が見つからない。

 でも、俺たちなら。

 そう思った。

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