夜にひとひら
夜にひとひら プロローグ
思ったよりも不潔でもけばけばしくもない室内で、恋人たちはああいう事をするんだ、って妙な感慨に耽っていた。
シャワーの音が聞こえる。
さっきっからずっと。その音にたまに不協和音が混じるからそこに人がいてお湯を浴びているんだって分かる。ざあーーー、ではない、ぱしゃ、や、かつん、が聞こえるから。
何でここにいるんだろう、こうなる事は分かっていたのに。子どもじゃないから理解はしている。でもこの流れで「はい、次はセックスのお時間です」と言われても「なんでそこに繋がるの」って疑問が残る。残るまま、私はベッドの隅に腰かけている。
私はきっとかなり人様からずれているんだと思う。だって十八歳にして恋人がいたためしがないし欲しいと思った事もない。もちろん告白だってした事ない。私の恋愛センサーは生まれつき壊れているのかもしれない。耕司が傍にいたから。ずっといてくれると思っていたから。それが急に放り出されて、正直焦っている。
今までは友だちも先輩も後輩も一切の例外なく耕司を通して私に触れてきた。だけどこれからは耕司の意見のない世界で自分で判断しないといけないのに…。
シャワーの音が終わった。
終わらないで欲しかった。でも急に途切れた水音は容赦なく静寂を運んでくる。
胸が痛かった。呼吸も苦しくて慌てて大きく息を吸い込む。
このドキドキと恋のドキドキはどう違うのだろう? 本当のときめきも知らないまま私はあの腕に引き寄せられるんだろうか。
ムリだ。私にはとてもじゃないが出来ません。
まだ間に合うと思う。部屋を出る、それだけでいい。さすがに裸で追ってきたりはしないだろう。
どうする。今だ、って心で叫んでも体は固まったままでいつの間にやら指先が震えて寒くて熱かった。
耕司に助けてもらいたかった。あの入口を開けて「杏、冗談だよ」って笑いかけて欲しかった。
がちゃり、とバスルームの扉が開く音。控えめな足音。変わるだろう世界が手招きしてる。
テンパってドキドキで眩暈がした。
「お待たせ」
いや、待ってないし。むしろ待って欲しいし。
ああ、もうダメだ、シュークリーム食べたい…
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