捺印

捺印 プロローグ


 少年老いやすく学成りがたし、高校二年の体育館に最後の白球が弾んで止まって、俺のベッドには女の子が寝てる。情けなくなるくらいありふれた夏休みが、早足で通り過ぎていった。


 今年初めての秋風はあまりに気持ちよくて、セミの声はいつもより控えめだった。

 ラフレシア杉田ってふざけた名前のマンションの八階、表通りに面した俺の部屋には切ない南風が吹き込んで、俺は少しメランコリックだった。だから「一時に駅前のローソンで」が「あと三十分待って」になって「やっぱ三時でいい?」から「今日はやめない?」になったのは俺のせいじゃない。

 受話器の向こうで泣きじゃくる麻美あさみにその事を伝えるとしっかりタメた後に「マジ死ねっ!」と言い残して電話が切れた。俺が神妙な顔つきで携帯を机に戻すのと、彼女の腕がそっと肩に巻きついてくるのとがほとんど同時だった。

「死ね、だって。愛されてるね。カノジョから?」

「ううん、おばーちゃん」

「そんな訳ないじゃん。私に気を遣わなくても行けばよかったのに、そんな事くらいで今さら見捨てたりしないよ。腐れ縁でしょ、私たち」

 そう言いながら肩にあった手は俺の乳首辺りまで下ろされて必然的に熱い頬と髪が首筋に触れる。もう少しでおんぶか背負い投げができそうな体勢だった。

「いや、てか風が秋だから」

 声に合わせるように四角窓のカーテンが揺れて部屋の空気を取り替えていく。俺は携帯を置こうとして机に片手をついた中腰のままで少し黄ばんだ壁紙とわずかに映る彼女の前髪を眺める。

 沙耶さやは俺好みのくだけた女だ。小麦色の肌に水着の跡までつけて、俺と同じ色の、ダークブラウンのベリーショートは意外に柔らかくって。俺はその耳たぶに唇を当てる。

「本気で言ってそうなところが最悪だよね、自覚ある?」

「もちろん」

 それ以上話すのは面倒だった。背中に押しあてられた裸の胸は腕よりは柔らかく、まだ触れたままの頬はやっぱり熱くて、今年最初の秋風は控えめな蝉の声を運ぶ。


 たんっ た とと

 目の前で優しく弾んだバレーボール

 午後二時に夏が終わって

 目じりの涙を沙耶香がすくった

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