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ちょっと昔話。
高校に入って、ボクはノブと出会った。
ひたすら実直で、口癖は「やればできる」。今のノブからは想像もできないくらい、熱いやつだった。もともと映画が好きだったボクとノブは、すぐに意気投合して、高校にしては珍しい映画部(正式名称は失念した)に入部した。部員が少なかったこともあって、先輩たちはボクらを歓迎してくれて、その年の文化祭で上映する短編四作のうちの一枠をボクらにあてがってくれた。
今考えれば、あれは優しさでも期待感でもなんでもなく、単に彼らが一作十五分という尺を持て余していただけだったからだと思うのだけど、それでも当時のボクたちは二人して「期待の新人」などと冗談半分本気半分くらいで呼び合って、真剣に映画作りに取り組んだものだった。
『おう、山下! 本読んだぜ! お前の話、面白いよ! コレ撮ろう!』
ある朝、教室に入ったボクを見つけるなり、ノブは大きな声でボクを呼んだ。
その前日の晩——というかほとんど朝になって書き上げた脚本を、ボクはメールに添付して、ノブに送っていたのだった。
メールには「ゆっくり家で読んで欲しい」と書いておいたにもかかわらず、ノブはその日、それを印刷までして学校へ持ってきていた。
恥ずかしくなったボクは、慌ててノブに近寄ると、それを彼から奪い取って叫んだ。
『ちょ、ちょっと! 声が大きいって!』
『なんでだよ。すげー面白かったぞ、これ。絶対、文化祭大賞狙えるって。いや、これなら東京国際映画祭……いやいや、カンヌだってそう遠くはないぜ! お前が脚本書いて、俺がそれを映して——』
『はいはい。ノブの誇大妄想は聞き飽きたよ。大体それ、うちの部員数じゃ役者足りないじゃないか。そういうところまでちゃんと考えてから——』
『そんなの、適当にその辺にいるやつらを引っ捕まえてやらせりゃいいだけだろ? 最初から無理と決め付けてたら、なんにもできないぜ?』
ボクらは、その年、見事に文化祭大賞を受賞——することもなく、誰からもたいした賞賛の言葉をもらえないまま、文化祭は終わったのだった。
ノブは「役者が素人だったからいけないんだ! 俺たちに非はない! 映像と脚本は最高の出来だった!」と、打ち上げの席でひとり鼻息荒く語っていたのだけれど、そんなボクたちの作品を、唯一、当時顧問だった植島先生だけは「あれは素晴らしかった!」と賞賛してくれていた。
ただ——どうやらそのとき既に相当酒を飲んでいたようで、次の日には忘れていたみたいだった。
高校二年の春、ボクたちは同じクラスになった寺田くんと知り合った。
ボクたちがコアな単館映画の話をしていたところへ、突然割り込んできたのがきっかけだった。
寺田くんは、自称映画オタクのノブや、それなりに映画は見ているほうだと思っていたボクなどの比ではないほど、映画に対する造詣が深かった。
ボクはたまに寺田くんに脚本を見せてアドバイスをもらったことだってあったし、高校三年の文化祭では三人で企画した映画を流したりもした。
その評価については、あまりいい思い出がないが、それでも、あれがボクたちにできる最高の作品だったことは、きっとノブも、寺田くんもちゃんと理解していたように思う。
『フミは、進路決めたか?』
『まだだけど。ノブは映像系の専門だっけ』
『お、なんで知ってんだよ!? 俺まだ寺田にしか話してないのに!』
『だったら、余計にわかりやすいと思うんだけど……』
『ああ、なんだ。寺田から聞いたのか』
『うん。この前の休みに、駅前のTSUTAYAでたまたま会って』
『ふうん、そうか。ていうか、あいつ、ほんとになんでもしゃべっちゃうよな。俺この前、植島の愚痴をあいつに言ったんだけどさー、どういうわけか次の日になったら植島がそれを知ってるの! あんときはなんでだろうって、すげー不思議だったんだけど、よく考えてみりゃ、寺田以外にいねえんだよな、それを知ってるやつがさ』
妙に得心した様子でうんうんと頷くノブに、ボクは冷静に返した。
『余計なことは言わないほうがいい、ってことなんじゃないかなあ……』
『ああ、そうかもしれないわ……。気をつける』
ノブはそれから後も、何度か余計なことを寺田くんに言ってしまって、その度にボクはノブと同じようなやり取りを繰り返したような気がする。
それでもボクたちは、いろいろ、なんだかんだあったけど、三人で高校生活の半分以上を謳歌した。
『なあ、フミ……。本気でさ、俺と……』
卒業式の日、式の後に、学ランの胸に花飾りをつけたノブに呼び出され、何事かと思って慌ててついていくと、ノブは真剣な顔で、以前に何度となく交わした話を蒸し返した。
ボクはノブの言葉を最後まで聞かずに、
『無理だよ』
そう短く答えた。
『ノブほど夢持ってるわけじゃないし、そんなにがむしゃらにはなれないって』
『だけど、お前、絶対才能あるって! せめて文章書くのだけでも続けろよ!』
『そうだね。論文くらいなら書くと思うけど。ほら、一応、大学生だしさ』
といっても、経済学部だけどね。
ボクがそう付け加えると、ノブは見るからに不機嫌そうに眉間にしわを寄せて、そして悲愴な面持ちになった。
『そんなの関係ないだろ! 趣味だってなんだっていいから続けていれば——』
『なんか疲れちゃったんだよ。自分の限界が見えちゃったっていうかさ』
『そんな……こと……』
『……夢を見る時間は、もう終わりなんだよ。今日、それも一緒に、卒業するんだ』
あのとき、ノブは、泣いていたっけ。
バカみたいにまっすぐ夢に突き進んで、転んでも、挫けそうになっても、それでも、諦めずに——もっとも、ノブの紆余曲折なんてボクは知る由もないんだけど——でも、今じゃそれを仕事にだってしている。
そんな、ノブは、なんだかんだと言いつつ、結局、夢を叶えたんだと思う。
その叶えた夢が、あの頃ボクたちと一緒に見ていたものと、同じものだったかどうか——それは、今のボクにも、わからないけれど。
夢を追うことからも、逃げてしまったボクなんかには——。
そしてボクたちは、高校卒業を機に、次第に疎遠になっていって、いつしかメールすらしなくなった。
今では、色々な思い出を、色々な情景を、それにまつわる色々な感情を、ゆっくりと失っていっている感覚を、ボクはたまに感じる。
それでも、今なお、鮮明に記憶しているのは、寺田くんの最後の言葉だ。
「山下。おまえさんには、また会える、と言って会えなくなったやつが何人いるかいね? あるいは、また会える、と言って会わなくなったやつがどれほどいるかいね? おれはさあ、数えるのも嫌なくらい、たくさんいるんだよなあ」
いつも皮肉ばかり言っていた寺田くんが別れ際に放った、そんな、最後にして最高の皮肉が、しかしまったくの皮肉でないということを——
そして、その真意を——
「だからこそ、おれはおまえさんに、はっきり言っておかなければいけないような気が、するんだよなあ」
ボクはずいぶん後になってから思い知ることになるのだった。
そう——もう、すべてが、取り返しがつかないほどに、終わってしまったあとで。
「それでは、さようなら。二度と会うことはないでしょう。
深愛なる、山下——史香さん」
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