クリスマスイブの夜の約束
スーパーの惣菜であるチキンは、とてもとても美味しく感じる。
たかが惣菜なのに、これほどまでに美味しく感じるのは、恐らく、優しい、優しい、松本君と、一緒に食べているからだろう。
今日の松本君は、普段とは違った。とてもとても、優しい。優しい表情に、優しい態度に、優しい言葉……私の胸は、暖かさでいっぱいになっている。
「美味しいね、松本君」
「あぁ、美味い」
キャンドルの火に照らされている松本君の顔は、その彫りの深さを際立たせるように、影が出来ている。今は普段以上に表情を崩しているからか、より一層、顔に影を作っていた。
松本君は、微笑んでいる。
「松本君、普段からそういった顔してなよ。今、凄くいい表情してるよ」
「……別に普段から、意識して暗い顔してる訳じゃないんだけどな」
「じゃあじゃあ、私、松本君が笑顔になれる事するから。お料理とかお洗濯とかお掃除とか」
私がそう言うと、松本君は目を大きく見開いて、私の顔を見た。なんだか驚いているようにも見える。
そんな驚くような事、言っただろうか……? もしかして、迷惑だっただろうか……?
「あ、えっと……迷惑だった? でも私、こう見えても家事は昔してたから、出来るんだよ」
「いや……迷惑というより、そう言ってくれて嬉しいんだが……千香の手を煩わせたくないんだ」
松本君は持っていたチキンをお皿に置き、また少し暗い表情を作って、俯いた。
私の厚意は、いつも松本君を暗くさせてしまう……難しい。私の手なんて、いくらでも煩わせればいいのに。私は松本君の笑顔が見たい。そのために頑張りたいのだから。
「千香は十分、俺に良くしてくれている。これ以上なんて、何も望めない。むしろ俺が千香のために、何か出来ないかと、思い悩むくらいだ」
「もうっ! 確かに良くしてるけどっ! 私はもっと松本君の笑顔が見たいんだよっ! 何をしたら松本君は笑ってくれるの? お料理もお洗濯も駄目なら、どうすればいいのっ?」
私がそう言うと、松本君は目をつぶり、その瞼をプルプルと震わせた。
眉間にシワが寄っており、もしかしたら、怒ってしまったのかもしれない。
そういえばまた、私の声は大きくなっていたように思える……怒鳴ったつもりは無いのだが、無意識に松本君を責めるような事を、言ってしまった……。
駄目だ、私……全然直っていない……。
「ごっ……ごめんね松本君……私怒鳴ってた? 声、大きかったね、ごめんね……ごめんね」
「……いやっ……違う、違うから……頼むから謝らないでくれ……」
松本君は首を左右に振り、私のほうへと手を差し伸ばし、そっと、私の右手を握った。
松本君の手は暖かくて、大きくて、心地が良い……。
「違うんだ……俺は、お前が笑えって言うなら、いくらでも笑う……それくらい、いくらでもしてやるよ。俺はお前が望む事が、したいんだ」
……そう。それは、私も、そう。
松本君の言葉は、私の頭の中を、全ての思考を、流していってしまった。
大きな大きな津波のイメージだけが、頭の中に残る。
「わ……私……松本君と一緒に、大学に通いたい」
それでも私は、自然と自分の望みを、口に出していた。
何度も何度も、思い描いていた、理想の未来だから、無意識にでも、話す事が出来る。
「あぁ……」
「一緒に大学に通って、学食でご飯食べて、勉強を教えたり、お話したりしたい」
「あぁ……」
「この望みは、叶う?」
「叶う。約束する」
松本君は目を開く。するとそこから、大きな涙の粒がポロポロっと、流れ落ちた。
松本君の頬に、二本の筋が出来る。
「はあぁっ! まっ……」
私が大きな声を出すと同時に、松本君はグッと、私を抱き寄せた。
私の体は無抵抗に、松本君の体へと引きつけられ、私の頭は松本君の胸に、当たる。
「見るな……」
「ひぁっ……ああああ……ううう……うん……見て、ごめん……」
松本君は「ははっ」と笑い、私の背中へと手を回し、ギュッと抱きしめた。
こんな風に、男の人に抱き寄せられるなんて、初めてだ……。
こんな風なのは……だけど。
凄く凄く、ドキドキして、それなのに、凄く凄く、安心する……ずっとずっと、こうして居たいと、思える。
「……約束する。絶対合格する。千香と一緒に大学通う。毎日、同じ電車に乗って、毎日、同じ車両に乗ろう……そして勉強の話でも、身の上話でも、なんでも話そう……」
「うん……うん……約束だよぉ……」
私はいつの間にか、松本君の背中へと、腕を回していた。そしてその腕に、ギュッと力を込めていた。
あぁ……松本のくせに……松本のくせに……。
薄々思っていた事ではあるのだが、どうやら私は、松本君の事が……好きになってしまった、ようだ……。
金ピカ体験 ナガス @nagasu18
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