置いてかれ佳代

 私はショッピングモール内の案内板に則って、二階のフードコートへとやって来た。ここのどこかに佳代と礼奈ちゃんが居る筈である。

 私はキョロキョロと辺りを見回して、二人の姿を探してはみるが、やはりこの時期、この時間、この場所には、カップルや家族連れが多い。私達の町に負けず劣らずの田舎町だから、他に行く所のない人達が集まっており、どこを見ても人、人、人である。人の中で人を見つけ出す事は、結構難しい。思いっきり変な格好をしていない限り、すぐには見つからない。

 私は仕方無く再びスマホを取り出して、佳代へと電話をかけた。コールが二回鳴り、通話が開始される。

「もしもし佳代? 着いたけど、どこに居るの?」

「お? 礼奈ちゃん、彩子着いたって」

 受話器の遠くのほうから「わぁっ! どこどこ?」という礼奈ちゃんの声が聞こえてくる。

「……いいから、どこ?」

「あぁ、えっとね、今入り口? 入り口から真っすぐ進んで」

 私は言われるままに、人混みをかき分けて真っ直ぐ進む。すると左側の少し離れた場所に、佳代の後ろ姿と礼奈ちゃんの帽子が見えてきた。どうやらまだ私には気づいていないようだ。

「そんで、左側を見たら見えると思うけど」

「うん、見つけたよ、そんじゃ切るね」

 私は通話を切り、やはり多い人間の間を縫うようにして左へと進む。

 途中、礼奈ちゃんが私の存在に気がついて、席から立ち上がって、満面の笑顔を作り、私の様子を伺っている。佳代も後ろを振り返り、私の顔を見てヒラヒラと手を振った。

「いやぁ……悪いね諸君」

 二人が座っている席へと到着した私は、申し訳なさそうに右手を顔の前に立てた。

 しかし二人の表情は、さきほどの笑顔とは打って変わって、とても怒っている表情へと、一瞬にして変わる。

「悪いねじゃないよ。悪いよ。何が悪いって礼奈ちゃんを一人で寄越した事っ!」

「そうですよ……しかも元彼の所に行ってて遅くなったなんて……私なんて……私なんて……」

 ……これは打ち合わせをしていたな、と、すぐに感づく。

「彩子そこに座りなさい。いいから座りなさい。早く座りなさい。すわりなさーい!」

 佳代は、演技がとても臭い。オーバーアクションというか、やり過ぎるというか。

 裏表のない、素直な性格がこういった所にも出ている。嘘が付けないのだ、佳代は。

 私は仕方なく礼奈ちゃんの隣の席へと腰を下ろし、両手を膝の上に乗せて、シュンとした態度を取る。

「彩子、貴方は今まで一体、何をしていたのですか?」

「今まで……遊んでた」

「遊んでただとぉっ!」

「遊んでただとぉっ!」

 佳代と礼奈ちゃんは二人して同じ言葉を言う。佳代は加えて、テーブルを軽く叩いた。怒っている風を演出したかったのだろうが、本当に軽くであったため、ペチンという音が鳴り、なんだか格好悪い。そういった事に慣れていないのが丸分かりで、可愛い奴だと思う。

「松本さんですよ佳代ねぇ! 松本さんと遊んでたんですよ!」

「そうなのか! えいちゃんか! えいちゃんと遊んでたのか!」

 佳代は絶対に知ってたと思う。二人の演技が白々し過ぎて、なんだか笑えてしまう。

「……まぁ、えいちゃんとっていうか、えいちゃんと、千香ちゃんと」

「チカって誰だ! 誰だチカって!」

「ぷっ……なんで二回言うのさ」

「いいからっ! チカって誰なんだ! 教えてプリーズ!」

「千香ちゃんは……んー多分、近いうちにえいちゃんの彼女になる娘かな。だいが」

「えいちゃんの、彼女になる娘っ……私だけが、一人っ……!」

 佳代は相当ショックを受けたようで、頭を抱えてテーブルの上に俯き伏せってしまった。

「……大学の友達で、学年二位なんだよ。勉強凄く出来るっていうか、狂人レベルに勉強が好きな娘でね、本気出せば東大とか入れると思うよ。だからさ、その娘にえいちゃんの勉強見て貰ってるんだ」

「うおぉぉ……お前か……お前が仕組んだのか」

 佳代は俯いたままの姿勢で、プルプルと体を震わせている。

 これは、演技では無いだろうな、と思う。

「……だって、浪人してるんだよ、えいちゃん……受かる可能性を上げるために、家庭教師して貰ったんだよ。駄目だった……?」

 私がそう言うと、佳代の震えは一瞬にして止まり、スッと顔を上げて私の顔を見た。

 口を曲げ、恨めしそうな目で、見ている。

「……駄目じゃないけどさぁ、なんで彼女になるんだよ」

「んーそうだなー……お似合いだし、いい娘だからかな。おっぱい超デカイし」

「あぁー……あれは全国色々な所を見て回ってきた私でも、中々見れないものを見せて貰いました」

 礼奈ちゃんは首を上下に振り、更衣室でのやり取りを思い出しているようだ。

 その言葉を聞き、佳代は礼奈ちゃんと私の顔を交互に見る。

「おっぱい超デカイの? そうなの? 超ってどれくらい?」

「Iカップですって。凄いですよね」

「あっ……あいかっぷっ……! 新冠じゃなくてあいかっぷっ……」

 佳代は再び頭を両手で押さえ、テーブルに伏せった。

 今の彼女の心境は、一体どうなっているのだろう。とても興味がある。

「Iカップは……反則だぜ……そんなおっぱい見た事無い……」

「まぁまぁ……それでさ、その二人がまだぎこちないから、えいちゃんにアドバイスしに行ったんだけど、なんだかなし崩し的に一緒に遊ぶ事になっちゃって……なんか楽しくなって、時間忘れてたっていうか……ごめんね」

「ううん、友達も大切ですよ。私はクリスマスに思い入れもありませんし、いつも一緒に居ますからね。それに佳代ねぇと二人で買い物してるのも、楽しかったです」

 礼奈ちゃんはニコッと笑って私の腕に自分の腕を巻きつけて、ギュッと身を寄せた。

 まぁ、礼奈ちゃんはそうなんだろうな、と思っていたので、特に心配はしていない。

 問題は、未だテーブルの上で頭を抱えている、佳代だ。相当ショックを受けているようで、頭をバリバリと掻きむしりだした。

「あぁー……焦るなぁ。職場の先輩が今、彼氏と喧嘩しててさ、すっごく荒れててさ……なんだか私の未来も、そんな荒れたものになるんじゃないかって思うとさ、居ても立ってもいられなくてさ……」

「そんな……佳代ねぇは美人です。性格もいいです。綺麗好きだし、手芸も出来ます。絶対に大丈夫です。良い人が見つかります」

 そういえば昔、手芸をやっていたと言っていた。佳代が座っている隣の椅子には、手芸屋さんの紙袋が置いてある。また始めるのだろうか。

 手芸は佳代のイメージに無いので、すっかり忘れていた。本当に意外な奴だ。

「はは……でもさ、先輩に言われたよ。気合入れて自分から彼氏作ろうと思って頑張っても、クズを引くってさ……」

 佳代はようやく顔だけをテーブルから起こして、私の顔をジッと見つめ、愚痴をこぼす。

「……そうだね、私もそうだと思うよ」

 私は元彼氏の事を思い出して、納得する。

 確かに大抵の場合、自分から動くとクズを引くだろう。自分を相手に合わせていると、男はどんどんと横暴さを増していき、いつしか暴力を振るわれる事になる。

 だから、自分が相手に合わせるのでは無く、合わせる努力をしてくれる相手を、見つける事が大事だ。そして自分も、相手に合わせたいと、思えるような人。

 しかし、それが中々に難しい。そうそう見つかるものでは無い。私は本当に、恵まれたと思う。同性ではあるが、不満は一切無い。

「はぁ……まぁ、えいちゃんに、よろしく言っておいて」

 佳代はダルそうな表情を作り「はぁ」とため息を付いて、両腕の上に顎をのせる。

 本気で寂しいんだろうな、と、思わされた。

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