なんで出来ないんだろう

 私と礼奈ちゃんは手芸専門店へと足を運んでいた。手芸という地味なものを専門に扱っているなんて、本当に採算が取れているのか疑問だが、それらを趣味としている人間には、とても有り難いお店だ。

 編み物に裁縫、ビーズにアクセサリーキットなど、なんでもござれの、豊富な品揃え。大きな売り場に、細々とした道具や材料が、アクリルケースの中に敷き詰められている。

 しかし、手芸クラブに入っていたと言っても、私は真面目なほうでは無かったし、ほとんど裁縫しかした事が無い。特にビーズ系は一番苦手で、作っているとたまらなくイライラしてしまう。まともに完成させた作品は、無い。

「凄いですね佳代ねぇ。手芸ってこんなに色々なものがあるんですね」

 礼奈ちゃんがキョロキョロと店内を見回しながら、色々なものをちょっと触っては「うわー」と、声を発していた。

 正直、良く分からないものもあるのだが、私は「そうでしょー奥が深いんだよ手芸は」と、無知を悟られないよう、得意顔を作る。

「あっ、こんなの作れたら凄いですね! 可愛いです!」

 礼奈ちゃんは見本用に飾られている、小さなライオンの編みぐるみを手にとり、私の顔を見てニコッと笑った。

 正直、編み物もあまり好きでは無かったなぁ……と、昔を思い出す。ガーッと設計し、ガーッと採寸を合わせ、ガーッと作れる裁縫が、私には合っていた。

 ……いや、ガーッとやっている地点で、恐らく手芸自体、私には向いてはいないのだろう。

「佳代ねぇこういうの作れるんですか? 凄いですね佳代ねぇ。本当に見直しました。格好いいです」

 礼奈ちゃんは私を尊敬の眼差しで見つめている。

 ……嘘をついたつもりは無いのだが、結果的に嘘になってしまっているように感じ、眼差しが痛い。

「ま……まぁね。でも昔過ぎて今はもう作れないかなー。昔は出来たけどなー」

 私は「ふははは」と笑いながら、頭をポリポリと掻いた。

 ……はやく、布を見に行きたい。布なら大体分かる。


「わぁ、綺麗ですね」

 散々寄り道をしてしまったが、ようやく私達は裁縫のコーナーへとやってきていた。やはり手芸と言えば、裁縫だろう。店内の一番広いスペースでコーナーが作られている。

 礼奈ちゃんは様々な布を手に取りながら、目をキラキラと輝かせた。確かにどれもこれも肌触りも良いし、布自体が良い物に感じる。値段もそれほど高いものではなく、ここが良いお店だという事がよく分かった。

 礼奈ちゃんのリボンとは別に、久々に何か作ってみようかと思わせるほどに、良いお店。これから時々、仕事帰りに通ってしまうかも知れない。

「礼奈ちゃんって、財布持ってる?」

 私が初めて作った作品は「初心者でも簡単に作れる」と先輩にノセられて作った、財布だ。

 寸法が合わず、ただゴミを一生懸命に作っただけなのだが、やはり最初の作品なだけあって、作った過程や出来上がった時の喜びは、今でも覚えている。

「……一応持ってますけど、ボロボロだし汚いです……」

 礼奈ちゃんは恥ずかしそうな表情を作り「あはは」と笑った。

「おー丁度いい。なんか財布作りたくなったから、出来たらあげるよ」

「ええっ! お財布作るんですかっ! 作れるものなんですか!」

「うんうん、なんかこういうの見てたら、作りたくなってきた」

 私は厚手で、明るい茶系の合皮を手に取り、完成させた財布を思い描く。

 サイズは一般的な長財布。カードポケットはそれほど必要無いだろう。小銭いれは大きなガマ口が可愛いだろうか。お札入れは二箇所がいい。その他のポケットはひとつあれば十分だと思う。

 アクセントとしてレースなり、リボンなりをあしらい、女の子らしさを出し、縁はこの色よりも、少しだけ濃い色で囲う。

「うん……いいの想像出来たかも」

 私はそう言い、持っていた小さなカゴに合皮の布を入れる。

「で……でもそんな、悪いですよ。佳代ねぇからは貰ってばっかりです」

「ん? あぁ、いいのいいの。これはホントに自己満足というか、趣味だから。せっかく出来ても使ってくれる人が居なきゃ寂しいじゃん」

 私はニコッと礼奈ちゃんに笑いかけた。礼奈ちゃんはと言うと、モジモジと体を動かして、少し俯いて私の顔を上目遣いで見つめる。

「ホントに、佳代ねぇって優しいよね……」

「そう? そんな事ないって。ふつーふつー」

「なんで、恋人出来ないのかな」

 礼奈ちゃんは、ギリギリ私に聞こえるような声で、呟いた。

 ……礼奈ちゃんは、決して悪気があって言った訳では無い。それは分かっている。分かってはいるのだが、今日それを言うか。

「なんでだろーねー、なんでだろー不思議だよねーホントにねー世界七不思議のうちの一つだよね」

 私は満面の笑みを浮かべて、礼奈ちゃんの顔を見つめた。

「あわ……あわわ、すみません聞こえてました? 佳代ねぇ顔が怖いです」

 満面の笑みのつもりだったが、どうやら怖い顔をしていたらしい。礼奈ちゃんは酷く慌てた表情を作り、私の肩を、そっと触っている。

「あははっ。でもまぁ、そこまで寂しくはないよ」

 私はそう言いながら、私の体を触る礼奈ちゃんの手をとり、握った。

「少なくとも、作ったものを貰ってくれる人が居るんだしね」

「そ……そうですか」

 微妙な笑みを見せ、礼奈ちゃんは「あはは」と笑っている。

 やっぱり、可愛い。色んな笑顔が似合う娘だ。


 財布の材料と、礼奈ちゃんが選んだリボンの材料を数種類購入し、私と礼奈ちゃんは彩子が来るのをフードコートの椅子に座り、待っていた。

 しばらく下らない会話をしながら待っていると、テーブルの上に置いてあったスマホが鳴り出し、着信が来ている事を知らせる。

 画面に目を向けると、そこには彩子の名前が表示されていた。

「あ、彩子からだ」

「着いたんですかね?」

 私は「どうだろ」と言い、スマホを手に取り、通話ボタンを押して耳へと当てた。

「彩子ー着いたの?」

 彩子は少し乱れている息使いをしながら「もうちょいっ。どこ居るのっ?」と言った。どうやら走っているっぽい。

「んーとねー、ここはねー、んー、どこだろーなー、んー」

「あんたっ……! いいから教えなさいよっ」

「ふはは。二階のフードコートだよ。駅側の入り口から入ってすぐのエスカレーターを登って、道なりに中のほうへと進んだら、右側に案内があるから」

「あぁ、うん、わかった。そこに居て」

「店内は走るなよー。そんじゃあ待ってる」

 私はその言葉を最後に、彩子との通話を終了させた。ついでにスマホで時間を確認してみると、既に四時半を回っている。

「ようやく到着したって。向かってるみたい」

「あ、やっと来たんですね。んもぉ、遅すぎです」

「うんうん。酷いね。絶対に何やってたか問い詰めてやろうね」

「はいっ」

 礼奈ちゃんは「ふふっ」と笑いながら、口元をニヘラと緩ませた。

 本当に彩子の事が、好きなんだろうな。それが凄く伝わってくる、笑顔だ。

 礼奈ちゃんにとっては、命の恩人だもんな……そりゃあ、好きにもなるか。

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