プレゼントゲット
俺はUFOキャッチャーに、何度も何度も挑戦しては、失敗していた。
アームの爪の力が弱すぎて、多少持ち上がる時もあるにはあるが、ぬいぐるみを掴んだまま、アームが横に動くような事がない。
「松本君いいって。ホントにいいから」
「……もうちょいだ」
千円を使い果たした辺りから、千香は「もういい」を連呼していたのだが、俺はいつの間にか熱くなっており、また百円を投入した。すでに二度ほど千円札を両替しており、この百円で合計、二千三百円が、この筐体の中へと吸い込まれていった事になる。
こんなに難しいものだったなんて、思ってもみなかった。上手な人なら、一体何円をつぎ込み、ひとつの景品を手に入れているのだろう……という、意味の無い疑問が、頭をよぎる。
「松本君がんばれーっ! 取ったら格好良いぞ! 男前だぞー!」
彩子はなにやら嬉しそうに、応援してくる。笑みを浮かべながらアームの行方を目で追い、その位置で一喜一憂しているようだ。
俺はとりあえず千香の心配の言葉も、彩子の声援も無視して、ボタンを押す指先に全神経を集中させた。
何度も何度も挑戦して分かった事は、左のアームは右のアームよりも若干挟む力が強く、それなのに落とし穴は左側にるので、中心を狙うとぬいぐるみは、穴とは逆方向に行ってしまうという事。それと右側のアームは、挟む力は全然無いにも関わらず、突き刺す力だけはあるという事。
つまり、ぬいぐるみに対して、中心よりも左側を狙い、左のアームは支えに。右のアームはぬいぐるみの隙間に刺す事が、効果的。それを繰り返し、ぬいぐるみはどんどんと、落とし穴へと迫っていた。
おそらくこの百円で、落ちるとは思う……。
俺はここだと思う所で、ボタンを離す。そうするとアームはゆっくりと下降し、右のアームはぬいぐるみの隙間に入り、左のアームはそれを支え、持ち上げた。そしてゆっくりと、落とし穴へと向かって、移動を始める。
「おぉっ! 行けそう!」
彩子は目をキラキラと輝かせ、その様子を見つめていた。
千香も「もういい」と言いつつも、今この時だけは息を飲んで、ただ見つめている。
「……取れる」
そう呟いた矢先、ぬいぐるみはアームの手から離れ、落下してしまう。
落とし穴のへりにあるアクリルの板へとぬいぐるみはぶつかり、小さく跳ねた。
「あっ!」
彩子が声をあげたその時、ぬいぐるみは止まり、垂直に立てられているアクリルの上に、なんとも微妙なバランスを取り、ひっかかった。
なんだ、この状態は。そんなに落ちるのが嫌か? と、問い詰めたくなる。
「ああああっ!」
千香は身を乗り出し、筐体のガラスへとへばりついた。
なんだかんだ、やはり欲しいらしい。
「お……惜しいっ! こんな事ってあるの? こんなの酷いっ! 揺すれば落ちるよ! 揺すろうよ!」
「……落ち着け。逆に落ちたらどうする。次は確実に取れるから、心配するな」
俺はそう言いながらなけなしの百円を投入し、ボタンを少しだけ押して、ぬいぐるみへとアームを引っ掛けた。
するとぬいぐるみは、いとも容易く、落とし穴へと落ちる。
「わああぁっ! 凄い凄いっ! 凄いね松本君っ! 取れたねっ!」
「かぁっこいー松本君っ! 男だね寡黙だね!」
「……寡黙は関係ないだろ」
俺はそう言いつつも、心の中では小躍りするほど喜んでいた。メチャクチャ嬉しい。達成感がある。
俺はしゃがみ、取り出し口から大きなウサギのぬいぐるみを引き抜き、少し眺めた後、千香へと差し出した。
「ほら……」
「あっ……あの、でも……」
千香はどうやら、困惑しているらしい。目を泳がせて、手を出そうとするが、受け取る所まで腕が上がりきっていない。
「……いいから、受け取れ」
俺は千香の体へと、ぬいぐるみを押し付けた。すると千香はそれに応えるように、素早くギュッとぬいぐるみを抱きしめる。
「あああああ……ありがとう、松本君……一生大事にする」
「ふはっ。一生って……そんなに持たないだろ」
「そっそんな事ないよ! だって私大事にするもん! 兄以外の男の人から貰った、初めての……プレゼントだもんっ……」
千香は、顔をぬいぐるみへと押し付けた。そしてそのまま体を震わせて、肩を上下に跳ねらせる。
……もしかして千香は、泣いているのだろうか……?
「……大げさだな、千香は」
俺は意識せず、本当に意識せず、千香の頭へと、手を置いた。
そしてゆっくりと、髪の毛の流れにそって、頭を一度、撫でる。
「これからだって、色々貰ったり、あげたりするだろ……一生大事にするなら、違うものにしろよ」
「なんでだよぉっ……大事にしちゃいけないの? 大事にしたいんだよっ! 大事にさせてっ!」
「そうだよえい……松本君。特別なモノは、どんなモノであっても、その人にとっては特別。当たり前の事でしょ」
彩子はそう言い、俺の背中をボスッと叩いた。
しかし、という事は、あのウサギは、千香にとって特別なモノに、なるのか……。
……少し、照れくさい。
「……分かった。大事に、してくれ」
「だからするって言ってるでしょっ! 忘れないから、今の事……」
千香はそう言い、ぬいぐるみを強く強く抱きしめ、少しだけ顔を上げる。
少し赤くなっている千香の目が、俺の顔を見つめ、微笑んだ。
「いい娘だね、千香ちゃんは」
いつの間にか千香の隣に近寄っていた彩子は、千香の頭を背伸びをしながら撫でる。
俺も、そう思う。千香は、いい娘だ。あげたものを一生大事にするなんて、初めて言われた。
彩子は、今なら、もしかしたら礼奈に対してのみ、言うのかも知れないが、昔は絶対に、そういう事を言う奴では無かった。
彩子と千香が、銃のコントローラーを使うガンシューティングゲームで遊んでいたら、突然彩子は「あああっ!」という大きな声を出し、銃を放り投げて自分のポケットに手を突っ込む。
「さささ彩子さんっ? どうしたの? 私負ける死ぬ死ぬ!」
千香は慌てた様子で彩子と画面を交互に見て、リロードの文字が出ているというに、延々と敵に向かって引き金を引いている。
俺は彩子が手放した銃を手に持ち、彩子の様子を気にしながらも、画面に銃口を向けた。
どうやら彩子は、スマホの画面を見て、顔を青くしている。そしてすぐさま、どこかへと電話をかけているようで、耳にスマホを押し付けた。
「もしもし佳代っ?」
電話の相手は、彩子と特に仲が良かった佳代だ。気さくで裏表が無く、彩子と一緒にいつも漫才をしていた娘。高校を卒業した今でも、ちゃんと友達で居続けているらしく、本当に仲が良いんだなと、しみじみ思う。
「いや……色々あってさ、礼奈ちゃんそっちに居る? いや……うん……いや、ちゃんとお金渡しておいたし、遅くなるかも知れないから一人で……ごめん、時計見てなかった」
なんだか肩を落としてしまっていて、元気が無くなっていくのが分かる。
言葉から察するに、礼奈と佳代とで遊びにいく予定だったのが、俺達に付き合っているうちに忘れてしまい、佳代に怒られている、といった所だろうか。
あの時、呼び止めてしまって申し訳ない事をした……ちゃんと話は聞いておくべきだった。
「急いで行くからね! でも今からだと一時間くらいかかるかも……うん……うん……はぁ? そんな事したらアンタのネックレス引きちぎってバカヤローって叫びながら海に向かって投げるからな。何? 何? ライヤー? 嘘はライだよライ、ラ……くっそ、あの野郎切りやがった」
彩子は最終的に昔良く見せていたイラついている表情を作り、ポケットにスマホをねじ込む。そして俺と千香のほうをチラッと見て「ごめんっ! 私行かなきゃ!」と言い、ゲームセンターの外へと走って行った。
「ええええっ! 彩子さん彩子さんっ! どうしたの急に!」
「ごめん後で連絡するから! ホントにごめんねっ!」
一瞬だけ後ろを振り返った彩子は、立ち止まる事なく、俺達の前から姿を消した。
ゲームの画面には、ゲームオーバーの文字が映し出される。
「どうしたんだろ、何かあったのかな」
「……彩子は元々、何か用事があったんだよ。無理矢理付き合わせて、悪い事したな」
「ええっ! なんでそんな大事な事早く言わないのっ! あっ! そうだ今日クリスマスイブだよ! 私達との時間より、恋人との時間のほうが何倍も大切じゃんっ!」
千香は俺を睨み、すごい剣幕で怒っている。
確かに、俺が悪い。呼び止めたのは俺だ。
「……いや、電話のやり取りで、そうなんじゃねぇかなって思っただけだ。用事があるとは、知らなかった。だけど、千香の言う通り、アイツには恋人が居るんだから、少し考えれば、用事がある事なんて、分かる筈なんだよ……」
「ううぅぅっ……」
千香は声になっていないうめき声をあげ、苦々しい表情を浮かべて、俯いた。
「……千香は悪く無い。俺が悪いんだ、後で謝っておく」
俺は筐体へと銃のコントローラーを置き、千香の肩をポンと叩いた。
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