ハイスペック姉さん
佳代ねぇの仕事が終るのを店の中をプラプラと見ながら待っている時に、私の目の前には信じられない光景が繰り広げられていた。
男の人が、女の人の服の中に手を入れて、胸を揉みしだいている。
どうやら私の存在には気付いていないようで、ニヤニヤとした表情を作りながら、女の人の耳元で、何かを囁いた。どうやら女の人のほうもまんざらじゃないらしく、多少拒否するような仕草をするも、嫌がっているようには見えない。
……正直、いいなぁと、思ってしまう。
私も彩ねぇに、あんな風にしてもらいたい……コソコソと物陰に隠れ、人知れず、エッチな事を……。
一度だけ駅でエッチな事をしてしまった事があるのだが、あの時は人が一人も居ない事が分かっていた。だから出来たのだが、ここは人が多く行き交うショッピングモールの中だ。やはり、違うのだろう。
誰かに見られるんじゃないかというスリルがきっと……きっと、良いものなのだ。
「お客様っ! 店内でそのような行為をされては困りますっ! ちょっと坂口、店長呼んで店長ーっ!」
「わぁっ!」
「うわあっ!」
私の後ろから大きな声が聞こえてきて、エッチな事をしていたカップルはおろか、私もビックリする。
私は誰がこんな大きな声を突然上げたのかと気になり、振り返ってその人物の顔を見た。
そこにはかなり大人の女性が立っており、いかにもやり手店員と言った風貌の女性が、口元をほんの少しだけ緩め、厳しい視線でカップルを睨んでいる。
あぁ、やっぱり、人が居る場所でエッチな事をしては駄目なんだなと、先程の自分を反省した。確かに、他の人の迷惑になる。
というか、気持よくなっている本人達以外にとっては、迷惑以外の何モノでもない。
「……ったく、猿が」
大人の女性は冷たい声を発して、逃げていくカップルを睨みつけてはいるが、先程よりも口元が緩んでおり、なんだか、嬉しそうに見える。
「あは……」
私はなんだか気まずくなり、そそくさとその場を離れ、店の外に出た。
「礼奈ちゃーん終わったよっ!」
数十分後、お店の前に張り出されている求人広告を舐めるように見つめていた私の後ろから、佳代ねぇが元気な声で話しかけてきた。
私は後ろを振り返り、佳代ねぇに向かって「お疲れ様です」と、笑顔で返事を返す。
「あんっのチビ、まだ来ないんだねー。もう三時過ぎてるよ。私今日三時に終るって言っておいたよねぇ? 別に約束はしてなかったけどさ、礼奈ちゃん一人寄越して、何考えてんだろねぇ?」
佳代ねぇは携帯電話を取り出して、時間とメールを確認している。どうやら彩ねぇからのメールは無いらしく「チビー!」と言いながら、凄い速度でメールを打ち込みはじめた。
「あ、あの……一応私の、彼女なんで、あまり悪口は……」
私はそう言いながら佳代ねぇの肩にポンと手を置いた。
一瞬だけ私の顔を見た佳代ねぇは、今度は「小さくて可愛いアイツめー!」と言いながら、メールの続きを打ち込む。
しかしまぁ、いつもの冗談だと分かっているので、彩ねぇの事をチビと呼ばれても、嫌な気はしていなかった。
「ふふっ。確かに、何やってるんでしょうね、彩ねぇ」
私はそう言いながら、佳代ねぇの背中に手を回し、ゆっくりと歩き始めた。
佳代ねぇはどうやらメールが打ち終わったようで、携帯電話をコートのポケットにしまい、少しだけムスッとした表情を作り「アイツしっかりしてるけど、年一でこういう事あるからなー」と、愚痴をこぼす。
しかしすぐに佳代ねぇの携帯電話が鳴り、佳代ねぇは「あ、多分彩子だ」と言いながら、ポケットから携帯電話を再び取り出して、画面をタッチする。
「もしもしー彩子? あんた何やってんの?」
どうやらメールでは無く、電話だったらしい。佳代ねぇは携帯電話を耳にあて、少し怒ったような口調でそう言った。
「うん……来てる来てる! あんたねぇ何考えてんの! なんでえいちゃんの所に行ってんのよ! なんで礼奈ちゃん一人で……そういう事じゃないでしょ!」
何やら、口論になっているらしい。
佳代ねぇの声が、少しだけ怖い。
「うんうん、待ってるから! 一時間かかる? 電車無いの? 礼奈ちゃん取っちゃうぞ! ……ごめん、嘘。嘘だって、彩子ちゃんうーそっ! ハッピークリスマスライヤー! ん? ライ? そんなん知らんがな」
佳代ねぇは最後にそう言い残し、耳から携帯電話と遠ざけ、画面を押して、再びポケットへとしまった。
「あと一時間くらいで来るって。なんか、時計確認してなかったって言ってた」
「あは……来たら何してたのか問い詰めましょうね」
「うん! ろくでもない事やってたら、ただじゃおかねー! ケーキをホールで買わせる! 一番でっかいやつ!」
佳代ねぇは両手を大きく広げ、ケーキの大きさを表現した。
私と佳代ねぇはカップルや家族連れが溢れるショッピングモール内を一緒に見て回った。当然のように、私の右手には、佳代ねぇの左手が握られている。佳代ねぇは本当に私のお姉さんのように感じ、なおかつ楽しい人なので、一緒に居て飽きない。
「あっ。礼奈ちゃん礼奈ちゃん、帽子新しいの欲しくない? 耳とか痛いでしょ。耳と同色のニット帽にして、穴開けて耳出しちゃうとか、いいんじゃない?」
佳代ねぇはそう言い、茶色の帽子を手にとって、私の頭に当てた。
どうやら似合っているらしく、満足気にウンウンと首を上下に振っている。
「はい、確かに耳、痛いっていうか、違和感凄いです。前までは帽子に穴開けて、そこから耳出してたんですよ。ですけどその帽子は、もう捨てちゃって」
「あぁー、彩子が捨てたんでしょ」
「まぁ、そうですね……私も別に思い入れがあった訳じゃないし、新しい帽子も貰いましたし」
私がそう言うと、佳代ねぇは難しい表情を作り「捨てる神居れば、拾う神あり」と、良く分からない事を言い、私の帽子を少し持ち上げ、帽子の中の耳を見つめた。
「か……佳代ねぇ、バレるって……」
私は焦って佳代ねぇから距離を置き、少しズレてしまった帽子を、また深くかぶり直した。
しかし佳代ねぇはあまり気にしていないようで、ニコリと笑顔を作りながら「なるほどねー」と呟いて、再び帽子を選び出した。
「リボンもいいね。違和感ない形に作って、簡単に付けたり出来るやつ」
リボン……それは確かに、良いかもしれない。
それだと夏でも頭がムレる事なく、過ごす事が出来そう。今まではタオルとかバンダナとかを頭に巻き過ごしてきたが、正直面倒臭いし、帽子よりはマシだが、やはりムレるものはムレる。
もしそれが解消出来るというなら、そんなに嬉しい事は無い。
いや、耳が無くなる事が、一番嬉しいのだが……それでも、今はそれで十分だ。
「……帽子より、断然リボンのほうがいいですね。手芸とか、やった事無いですけど、作ってみようかな」
「あ、私得意だよ。メッチャ得意。私が作っちゃる」
「えっ? えっ?」
私は困惑し、佳代ねぇの言葉を何度も聞き直した。
今、得意だと言ったのか? 佳代ねぇが、手芸を?
そう思っていると、佳代ねぇは不機嫌そうな表情を作り「なんですか? 信じられませんか?」と、少し冷たい声でそう言った。
「あ、いえ……あの、綺麗好きは解りましたけど、手芸得意って……」
「中学の時は手芸クラブに入っていましたけど、何か?」
手芸、クラブ……そうなのか。
なんてハイスペックなんだ、佳代ねぇは。尊敬してしまう。
「わ……私に教えてください、手芸。家庭的な女になりたいんです」
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