いびつな関係
私は、何やらいい雰囲気になっている二人を見つめ、感慨深いものを感じた。
なんだかんだ言って、二人の相性は決して悪いものでは無かったんだなと、思う。
確かに瑛太は不器用で、無愛想で、仏頂面をしているが、しっかりとした感情は持っている。あそこまで自身の成長を本気で喜んで貰えて、どうやらまんざらでも無いらしく、顔がニヤついていた。
千香ちゃんも、相変わらず熱い性格をしており、瑛太の成長を心から喜んでいるように見える。普通なら近寄りがたい瑛太の雰囲気に負けず、それを押し返すパワーを持っていて、瑛太の表情を、まるで高校の時のような、明るいものに変えた。
いい感じだ。私がどうこうするものでも、無かったようだ。
「あらぁ……私お邪魔よね? 邪魔ものは帰っ」
「さっ……彩子、待て、待て」
瑛太は本気で焦った表情を作り、私の顔を見て呼び止めた。
何をやっているんだ瑛太は……このままデートに誘う流れだろうに。
「えー? 何を待つ事があるっていうの?」
私は冗談を言っているように言葉を発するが、その心中は穏やかでは無い。
馬鹿瑛太め……私なんかを呼び止めて、どういうつもりなんだ。
「……お前、待てよ、頼むから」
千香ちゃんは瑛太から視線を外し、私のほうを見た。
その表情は、無表情に近いような、ギリギリで笑顔を保っているような、顔。
千香ちゃんは、私に帰ってもらいたい筈だ。私はどう考えても、邪魔モノなんだから。
「……三人で一緒に、出かけねぇか? クリスマスなんだしよ……友達として」
何故、そこに私を入れる……? とは思うが、瑛太がそう言いたくなる気持ちも、分からないでもない。
瑛太の精神では、この雰囲気に、耐えられないのだろう。純情だから。
「え……? あー……でも私」
「えっ彩子さんと松本君とお出かけ! いいねいいねっ! 松本君いい事言うね! お出かけしようっ!」
千香ちゃんはパッと、満面の笑みを作り、瑛太の肩から手を離し、私へと近寄って、今度は私の腕を掴んだ。
「えっ私、今日はちょっと」
「彩子さんちょっとだけっ! お願いっ! 私、友達と一緒にお出かけとか、した事無いんだよ! この前、参考書を買いに行ったのが初めてだった! あの時すごく楽しかったから、彩子さんお願いっ!」
千香ちゃんは私の顔を真っ直ぐな瞳で見て、必死にお願いしている。目の力の入りようから、本当に本当に、必死なのが分かった。
私には、二人を引き合わせた負い目があり、二人の仲を取り持つ責任が、あるのだ。こんなに必死に懇願してくるのだから、無下には出来ない……。
礼奈ちゃんと一緒に、佳代を職場まで迎えに行くという約束はあるが、一応保険として、帰らなかったら先に行っててと、伝えてはある。それに、佳代の仕事が終るまでには、まだ六時間弱あり、早いところ切り上げれば、間に合わなくもないだろう。
「う……うん、分かった。ちょっとだけね」
「やったやったっ! うわぁー嬉しいなっ!」
千香ちゃんは本当に嬉しそうに、小さくピョンピョンと飛び跳ねている。
私は苦笑をしつつ、瑛太の顔をキッと睨んだ。瑛太は唇を尖らせ、目をキョロキョロと動かし、気まずそうな表情をしている。
しかし、なんだろう、いつもの堅苦しい顔では無く、柔らかさを感じる、表情だ。高校時代の瑛太、そのままの顔。
「……仕方ない。行くぞ松本ー! さっさと着替えろ!」
「そうだそうだっ! 早く着替えろー! ジャージのまま行くなんて言ったら承知しないぞーっ!」
瑛太は頭をボリボリと掻き「はいはい」と言うが、その時の顔は、微笑んでいた。
私達は、お約束のショッピングモールへと足を運び、人で溢れかえっているフードコートで朝昼兼用のご飯を食べ、映画だと言っておいたにも関わらず、隣接しているゲームセンターへとやってきた。ちらほらと、大学で見た顔を発見したが、私は気にしない。
どうやら千香ちゃんはゲームセンター自体、あまり来た事が無いらしく、キョロキョロと、少し不安そうな表情を浮かべて、私の服を少し引っ張り気味に握っている。
「あわわ……ここも人が多いね……この街にこんなに人が居たなんて」
この間購入したピシッとした服装ではなく、今まで通りのブカブカのセーターを着て、その上にまたブカブカのダッフルコートを着ている千香ちゃんは、田舎から出てきた田舎娘そのもののように見える。
ここも十分田舎ではあるが、もっと田舎のほう。牧場や畑なんかがあるような場所からやってきた、生娘のよう。
「大丈夫。誰も取って食べたりしないよ」
私がそう言いながら先頭をズンズンと進んでいくと、千香ちゃんは急に立ち止まり、私の服は更にピンと張る。
「うわぁ……彩子さん見てあれ。凄いね、可愛い」
私は千香ちゃんが指差すほうへと視線を向けると、とても大きなウサギのぬいぐるみのUFOキャッチャーがあった。
しかし、口からは何故か血を垂らしており、爪はとても鋭いモノであるかのように、作られてある。何故それが、可愛いと思うのかが、分からない。
「いいなウサギ……あっ! 私ウサギ飼ってるんだよ。私っていうか、母親が好きで飼ってるんだけどね、すっごく可愛いんだよ。あ、でもね、ウサギって抱っこ凄く嫌がるから、抱っこ出来ないんだけど……」
千香ちゃんはそう言い、何故か落ち込んだような表情を作る。本当に、変わった子だ。
「ウサギかぁ、いいよね、ウサギ。ウサギいいよ、ウサギ。ウサギッ!」
私は少し大きな声でそう言い、一番後ろで立ち止まっている瑛太へと視線を向けた。
瑛太はどうやらボケっとしていたらしく、私の声を聞き、ハッとした表情をする。本当に、鈍感な奴だ。
「……ち、千香……ウサギ……」
「ほぇ……?」
千香ちゃんは瑛太の顔をポケーッと見つめた。
人混みに多少、酔っているのか、その声はとても柔らかく、顔も少し紅潮しているように見える。
きっと、こういう場所は苦手なんだろうな。瑛太と一緒だ。
「ウサギ……可愛いよな。俺も、ウサギは好きだ」
……コイツ、駄目だ。私はウサギのぬいぐるみを取ってやれという意味で、視線を送ったと言うのに、ウサギ談義へと発展させている。
瑛太には、こういう所が、あった。確かに、あった。
とぼけた人同士、本当に、お似合いなのかも知れない、この二人。
「あっほんと? ウサギいいんだよー癒される! あっ! 今度松本君のお部屋に連れて行くよ! 勉強で疲れた心を癒やしてくれるよ! 全然懐かないけど、それでも可愛い!」
「……そうか、ウサギいいよな、ウサギ」
「うんうん! ウサギいいよウサギッ!」
私の言葉を、ほとんどそのまま言っているだけじゃないか……ウサギ談義にすらなっていない。
「ふふっ」
なんだか、笑けてくる。微笑ましい。
「千香ちゃん、松本君がウサギのぬいぐるみ、取ってくれるってさっ」
私がそう言うと、千香ちゃんは「えっ!」という大きな声を出し、驚いた表情で私の顔を見た。
瑛太は再びハッとした表情を作り、頭をボリボリと掻いて「あ……あぁ、取るよ」と言い、コートのポケットから財布を取り出した。
「えっえっ? なんでなんでっ?」
「……く……くり……ぷれ……」
「クリスマスプレゼントでしょ? 勉強見てくれてるお礼も込めてさ」
私がそう言うと、瑛太と千香ちゃんは二人して私を見つめ、ほぼ同時に頬を赤くさせた。
「えっ……クリスマスプレゼント……わ、私に?」
千香ちゃんに見つめられ、瑛太は更に頬を赤くする。そしてすぐさま視線をそらし、百円玉を筐体へと投入した。
「あ……あぁ……感謝……してるからな」
「そそそそ……そんなの、悪いよ……お金の無駄だよ松本君。すぐ取れるとは限らないよ」
「……今までの分くらい、お返ししなきゃとは、思っていたんだ……」
瑛太はそう呟き、小刻みに震えている指で、ボタンを押した。
純情さん同士、いいコンビじゃないかと、本当に思う。
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