胸のモヤモヤ
私は今日も松本君のお家に行くために、長い時間、電車に乗って、松本君の家へとやってきた。この長い時間が、本当に嫌だけど、松本君が大学に合格する事を思えば、気にならなくなる。
最近の妄想は、松本君と彩子さんと私の、キャンパスライフの事ばかりだ。学年が違うので、そんなに長く一緒に居られはしないだろうが、昼食や休み時間の事を妄想して、時間を潰している。
妄想を膨らましているうちに私は、いつの間にか松本君の家へと到着していた。その間の記憶が、無いに等しい。いい時間潰し方法を見つけたものだ。歩きながら携帯を見る事が、少なくなってきた。
私はいつものようにチャイムを押し、ビックリさせるためにドアノブをガチャガチャと回す。
「松本くーん来たよーっ! 開けて寒い寒いー! ドアノブも冷たいからはやくー!」
たまに眠っている事があるので、元気よく声を出した。
前にチャイムを連打した時は「近所も眠ってるかもしんねぇだろ」と注意されたので、今は声で起こすようになっている。
「寒い寒いよっ! まーつもーとくーん!」
私が大きな声でそう言うと、ようやくガチャリという音が鳴り、部屋の鍵が開けられた音がする。
私は勢い良く玄関を開けて「遅いぞ! 寒いじゃんか!」と松本君を叱りつけたのだが、目の前には、何故か引きつった笑顔をしている、彩子さんが、居た。
「おはよー……」
私の頭は、パニックに陥っている。
なんで、なんで彩子さんが、松本君の家に居るんだろう……。
「え……彩子さん? え? なんでなんで? なんで彩子さんが居るのっ?」
「え? えーっと……」
「ああああ遅いとか言ってごめんっ! ごめんねっ! あわわわ違うの松本君だと思って! えっでも松本君だと思うのは当たり前だよね……だって松本君のお家だもんね? あれっ?」
「あはは……クリスマスの飾り付けを手伝いに来ただけだよ。ほら、中見て。殺風景だった松本君の部屋が、こんなにゴージャスになったんだよ」
クリスマス……そうか、今日は、クリスマスイブだ。
小さい頃から特に何もしてこなかったので、全然思い入れが無く、すっかりと忘れてしまっていた。
「あ……あぁ、く……クリスマスだからね。だから……居たんだね」
「違うっ! それは違うぞ千香ちゃん! 変な事は何もないから! 神に誓って!」
彩子さんは凄く焦った表情を作り、私の目を力強い瞳で見つめた。
「え? え? 何? 何が? 変な事って?」
「……とにかく! 何も無いから! ほらほら、上がって上がって」
「うん……」
どうやら、何も無いらしい。
私は必死な彩子さんに促されるまま、松本君の部屋の中へと入っていった。
「よぉ」
部屋へと入ってすぐに、松本君の姿が目に入る。松本君は壁にもたれかかりながら、左手を小さくあげ、私に向かって挨拶をした。
なんだか松本君の表情は、無理矢理、笑顔を作っているような感じだ。目が笑っていなく、口角だけをグッとあげている。
「おはよう松本君」
私も挨拶をするが、そのぎこちない松本君を見てたら、なんだか私もぎこちなくなってしまい、口元がヒクヒクと動いてしまう。
なんだろうな、なんか、変な感じだ。
「ほら、見て千香ちゃん。飾り付けしたんだよ。まぁ、ショボいけどさ、ちょっとだけ雰囲気出ない?」
彩子さんが私の肩をちょいちょいと叩き、私の顔を下から覗き込みながらそう言った。
彩子さんは努めて笑顔を作っているが、その笑顔さえもなんだかぎこちなく感じる。
「う……うん。クリスマスっぽいね」
「でしょでしょ? 折角なんだし、二人でクリスマスを祝うのも良いんじゃないかなって思ってさ」
「え? 二人って?」
私は二人とは誰と誰を指しているのかを疑問に思い、彩子さんに向かって質問を投げかける。
彩子さんは瞼を一瞬ピクッと動かして「ち、千香ちゃんと松本君」と、小声で言い、頭をポリポリと掻いた。
なんなんだろうな、なんだか、いつもの彩子さんじゃないように思える。必死に何か、取り繕っているような……自然体じゃないような……。
「えぇっ……? な、なんで私と松本君? それに、そんな時間ないよ。四週間後にはもうセンター試験だよ? 私だってこの時期、追い込みで勉強してたのに」
私がそう言うと、彩子さんは再び瞼をピクッと動かして、笑顔のまま固まってしまった。
一体、なんだろう。なんか、雰囲気が変。
「そうだよな……俺もそう言ったんだ」
松本君は頭をボリボリと掻きながら立ち上がり、壁に貼り付けてある装飾品を眺めた。
「……俺は出来が悪いからよ、人より沢山勉強しなくちゃいけねぇから、クリスマスなんて」
松本君は、暗い暗い表情で、低い低い声を出しながら、俯いてしまった。
なんだかとても、寂しそうに見える……本当は、クリスマスを、祝いたいのかも、知れない……。
なんだか、申し訳ない。まるで私が、我儘を言っているような気分になってしまう。
「なっ! そんな事ないよ松本君っ! 松本君頑張ってるし、集中力が出てきた! 昨日やったセンターの過去問題で、平均点を結構上回ってたでしょ! あれはウチの大学なら、八割くらいで受かるレベルだよ!」
うちの大学は、センターの点数に入試の点数を加味して合否を下すという、よくある方式だ。
だから入試と同じくらい、センター試験は大事であり、逆に言えば、センターで良い点数を取っておけば、入試が少しは楽になる。
松本君は昨日の仮想センター試験で、七割強の正解率だった。試験会場の雰囲気に飲まれ、トチ狂ってマークシートを間違えさえしなければ、十分に合格出来る範囲といえるだろう。松本君はすでに一度、センター試験を受けているのだから、その心配も、あまりない。合格判定は、千香判定でBはある。
それは実は、凄い事だ。毎日毎日勉強ばっかりしていた、高校二年生の私並みには出来ている事になる。
「そ……そうなのか」
「そうっ! 絶対そう! 自信持って! 大丈夫だから!」
私は松本君へと近寄り、松本君の両肩をガッシリと掴んで、目をシッカリと見つめた。
松本君は驚いた表情をしており、私の目を一瞬だけ見て、キョロキョロと視線を外す。
「目ぇ見てよ! 本当だからっ! 本当に受かる! 絶対に受かる! 凄いぞ松本君! 短期間でここまで出来るようになるなんて!」
「あ……あぁ……元々、勉強は、してたしな……なんだか覚えるというより、思い出してきたって、感じだが」
「そうなんだよ! 覚えてたんだよ! 思い出すんだよ! 勉強って復習が大事! 覚えていた事を引き出しやすくするために、復習するの! そうそうそうなのっ! 分かってるんじゃない松本君っ!」
私はとても嬉しくなり、思わずニコーッと、松本君に微笑みかけた。
本当に、嬉しい。私が感じていた感覚を、松本君も感じてくれていた。その共有感が、とても、嬉しい。
やはり松本君は、馬鹿じゃない。天才でも無いが、絶対に馬鹿では無い。
妄想していた事が、現実味を帯びてきた。いや、三人でのキャンパスライフを過ごす妄想は、松本君がその感覚を持てた事によって、現実になる可能性のほうが、高い。
「あらぁ……私お邪魔よね? 邪魔モノは帰っ」
「さっ……彩子、待て。待てっ」
松本君は焦った表情を作り、帰ろうとしていた彩子さんを引き止めた。
「えーっ? 何を待つ事があるっていうの?」
「……お前、待てよ、頼むから」
松本君は、シドロモドロしており、本当に彩子さんが帰ってしまう事が、嫌なように見える。
嫌、なんだろうな、きっと。
……なんだろう、この、胸のモヤモヤ。さっきまで、あんなに嬉しかったのに。
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