その㉓ 強く願う
私と彩ねぇは、佳代ねぇのお家を出て、自分たちの家に向かって歩いていた。
空は既に黒くなっており、満天の星空が夜空に広がっている。
空が綺麗に見えるのは、空気が綺麗な証拠らしい。たしかに他の場所では、これほどまでに綺麗な星空を眺める事は、なかなか出来ないでいた。
ここは、いい所だ。交通機関は不便だと感じる部分もあるし、大きなお店も少し遠い所に一店舗あるだけなのだが、それでも、私はこの街が好きだ。
夜には歩道に誰も歩いておらず、とても静か。ショッピングモールを歩いていても、人はちゃんと身を避けて歩いてくれる。電車内も、あまり人が居ないせいなのかも知れないが、騒ぐ人なんて誰もおらず、気分良く乗っていられる。
自然が多く、植えられた木々では無く、本当に自生している木や草が多い。時期になれば、きっと花だって咲いているだろう。
それに、何よりこの街には、彩ねぇが居て、佳代ねぇが居る。
私はこの居心地の良い街が、たまらなく好きになっていた。
死ぬまで、この街に住んでいたい。そう思う。
「佳代、喜んでくれてよかったね」
隣を歩く彩ねぇが、ニコッと笑って私へと話しかけてきた。
彩ねぇと私の手は握られており、その部分がとても暖かく、とても気持ちがいい。
私の居場所は、ここなんだなと、本当に思う。
「はいっ! あんなに喜んで貰えると、本当に嬉しいですね」
「うんうん。あれは本気で喜んでた」
「今くらいは、いいですよね」
私がそう言うと、彩ねぇは少しだけ苦笑した。
主語を言っていないのに、何のことを言っているのか、分かったのだろう。
「……今くらいはね、いいと思う。先は長いんだ。焦る事じゃないよ」
「そうですよね。うん、今は幸せです。私も彩ねぇも佳代ねぇも」
「キャラとは言ってもさ……佳代って、絶対モテるよね? あの容姿にあの性格だよ? 世の中おかしいよね」
「あは……そうですね。でもきっと、なんだかんだ佳代ねぇは、人を見てるんだと思います。誰でもいいっていうなら、本当に、すぐにでも彼氏が出来ると思いますよ」
そうじゃなきゃおかしい。世の中の男性は、見る目が無さ過ぎるという事になってしまう。
佳代ねぇの顔は、芸能人でいうと……ナントカ由紀恵という人にソックリだ。顔のパーツひとつひとつがハッキリとしていて、彩ねぇほどじゃないにしても、可愛い顔をしている。十分に美人と呼べる。
そして人懐っこくて、滅多な事では怒らなくて、面白くて、綺麗好き。完璧じゃないか。モテないほうがどうかしている。
「……そうなんだとは思うけどさ、昨日、旅館に泊まった朝に、佳代が愚痴ってたんだよ」
「……え? 愚痴ってた……?」
それは、初耳だ。
彩ねぇは言いにくそうにしているから、きっと言おうかどうか、迷っていたんだと思う。佳代ねぇの名誉のために。
「うん。結構、本気っぽい感じで、怒ってた。どうして彩子と礼奈ちゃんが付き合うんだ。私あぶれちゃうじゃん。寂しい……って」
……佳代ねぇが、そんな風に思っていたなんて、全然知らなかった。気付けなかった……。
かなり、ショックだ……やっぱりやっぱり、佳代ねぇは、寂しかったんだ……。
しかし、考えてみると、そうに決っている。寂しくない訳がない。
「えっ……え……でもっ私……」
「いいんだよ、いいの。礼奈ちゃんは何も悪くない。佳代も、ごめんねって言ってたし」
「でも……でも……佳代ねぇを寂しくさせたくないよ私……」
どうして、どうして。
どうして、あの優しくて、面白くて、綺麗な佳代ねぇが、寂しい思いをしなければいけないんだ。
体が、震える……居てもたってもいられない。
すぐにでも佳代ねぇの家に戻って、佳代ねぇの体を抱きしめたい。
「私だってそうだよ。だから、早く……いい人が見つかればいいなって、思ってる」
「……いい人って……居るんですか? 佳代ねぇですよ? 佳代ねぇに見合う人って、そうそう見つかりませんよ」
「分かってるよ……でも、私にはどうする事も出来ないよ」
「そうかも、知れませんけど……」
「だから、遊びに行くんだよ。佳代が好きだから、寂しくさせたくない。だから一緒に遊ぶの」
「でもそれって……」
「悪循環……? そうだね、だけど、どうするの? 私と別れて、礼奈ちゃんが佳代と付き合う……? 私は嫌だよ……もう礼奈ちゃんとも、佳代とも、仲良く出来なくなると思う……それは本当に、嫌……」
「私だってっ嫌ですっ……! 彩ねぇ以外の人なんて、もう、考えられませんっ……」
私は彩ねぇの手を、ギュゥゥっと、力強く握った。
「いたっ……痛い礼奈ちゃん」
「……変な事言った罰です」
しかし、確かに、どうしようも無い……紹介しようにも、私には知り合いなんて居ないし、彩ねぇだって、男の人が嫌で嫌で、私と付き合ったのだ。紹介する人なんて、居ないだろう。
「佳代ねぇに、恋人……」
そう呟いて、佳代ねぇが誰かと付き合っている所を、想像してみる。そうしたら、すぐに嫌な気持ちが、モヤモヤっと、湧いてきた。
恋人が出来たら出来たで、私達とあまり会えなくなるかもしれない。というか、なんだろう、ヤキモチなのか……? 凄く、凄く、嫉妬している。その男の事を、私が、憎んでしまうような、そんな気がする。
私の中での、矛盾が凄い。佳代ねぇには幸せになってもらいたい。絶対。寂しい今なんて、早く過ぎ去って貰いたい。
でも、佳代ねぇと会えなくなるのは、嫌……佳代ねぇを、取らないで欲しい。
どうすればいいのだろう。どうしたいのだろう……。
「あぁっ……なんだろ、私、心狭いのかなっ……」
私がそう呟くと、彩ねぇが心配そうな顔で「礼奈ちゃん……? 大丈夫?」と、声をかけてきた。
「なんかっ……佳代ねぇ幸せになって貰いたいんだけど、恋人が出来た所を想像したら……なんか凄く嫌な気分になっちゃって……」
「あぁ、分かる分かる。私もそうだった。下手な男と付き合って貰いたくないよね」
ちょっと、違うかも知れない……そもそも、付き合って貰いたくないんだ、私は。
「だからね、佳代には、恋人出来たら私の所に連れてきなさいって言ってあるんだ。私が判断してあげるって」
「あ……あは……なんで上から」
「あははっ。でもね、嫌だよ、佳代が変な男と付き合うの。ほんっとーに嫌」
「そうですね。絶対嫌ですね。佳代ねぇを不幸にするような男だったら、処刑ですねっ!」
「処刑だーっ! しょっけっいっ! しょっけっいっ!」
「しょっけっいっ! しょっけっいっ!」
私と彩ねぇは処刑ダンスを踊りながら、家へとたどり着いた。
だけど、本当に。本当に。全てが丸く収まる事を、願う。
私達三人が全員納得できて、全員幸せでいられる事を、強く、強く、願う。
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