クリスマスイブ
佳代ショック
今夜は聖夜。クリスマスイブである。
私達の住んでいる街は割りと静かなものだが、札幌や函館と言った、北海道でも大きな街では、盛大にパーチーなんて事をしているらしい。
興味はあるのだが、私は独り身だ。一人で見に行くなんて悲しい事、出来ない。
そしてここ、恵庭にあるショッピングセンターにも、どこから湧いて出てきているのか、ニコニコ笑い合っているアベックが、大したものも買わないくせに、イチャイチャベタベタとしている。
畜生がぁー。あの男、今ケツ触ってたぞケツ。大して可愛くない女のケツ触ってたぞ。物好きか! 前戯は家でやれ! と、言いたい。
「先輩、つれぇっす。泣きそうっす」
私は職場で一番仲の良い先輩に話しかけた。
「耐えるんだ坂口。ここを乗り越えれば……大して面白くないクリスマス特番が家で待ってるぞ」
「つれぇっす……先輩、彼氏」
「知らん! あんなクズ知らん!」
先輩はおでこに青筋を立てて、私の目をキッと睨んで、大きな声でそう言った。
あぁ、また何かあったんだな……と、悟った。
「坂口、いいか、男を選ぶ時はな、顔やお金じゃない。ハートで選ぶんだぜぃ?」
先輩は私の顔に指をさして、そして自分の胸へと持っていった。
「……んな高校生が」
「うるせー! ハートが大事なんだよハートが! ハートが無いと寂しいんだよ! だから今私は寂しいんだよ! 分かるか坂口!」
先輩は地団駄を踏み、両手をワキワキと動かして、大きな声でそう言った。
先輩は接客業だというのに、自分をさらけ出しすぎだ。だから店長候補と言われていたのに、未だに一店員に甘んじている。成績で言えば現店長よりも優秀だったのに、勿体無い。
しかし、先輩のこういったはっちゃけている所が、面白いと思う。私に近いものを感じる。
この先輩が居なければ、私はとっくの前に辞めていただろう。なにせ、店長が嫌だ。
「まぁ、はい。わかります」
「まぁって何だよ! ナンダヨ!」
先輩はヤンキーのように私の顔に自分の顔を近づけ、下から私の顔を睨みつけた。
今日はどうやら、相当荒れているらしい。無理もないが。
「わかります、わかりますってば!」
「分かればイインダヨ!」
先輩はそう言って、すぐさま素の表情に戻る。
情緒不安定にも程がある……と思うが、これは彼女のいつも手法だ。この素の表情に戻る瞬間の顔が、また面白い。
とても一回り年上の、やり手ショップ店員には、見えない。学生のノリを更に拗らせたまま、大人になったような人だ。
「でもさ、気遣いはホントに大事だと思う。気遣われないと、メッチャ寂しいわ。私今メッチャ寂しいわ」
「何があったんですか?」
「聞くなよ坂口……プレイベートだぞ。訴えて高額で勝つぞ」
「なんか聞いた事あるフレーズですね、それ」
「昔の漫画だ。お前の知らん世代だ」
先輩は突然、大きな声で「せっ!」と言い、そのあと「ックスしてぇなぁー」と、私だけに聞こえる声で、言った。
やはり、情緒不安定で欲求不満だ。まるで、未来の私を見ているようだ……。
なんか、きっと、こうなるような、気がする……。
客は多いが、服やアクセサリーを買っていく人は物凄く少ない。だから私は暇を持て余し、プラプラと店内を徘徊する。
すると、ハンガーラックの陰に隠れて、またしてもアベックがイチャイチャしている現場を目撃した。
イチャイチャするだけなら、別にいい。しかし彼氏はヘラヘラとした表情を浮かべながら、チチを揉んでいる。大して膨らんでもいない、ゆるやかなカーブを描いているチチを、揉んでいる。
どうやら私に気づいていないらしく、男は夢中でモミモミモミモミと……畜生。
「何かお探しでしょうかぁー?」
私は営業スマイル全開、営業ボイス全開にして、その男の後ろから声をかけた。
すると男はやけに素早い動きで私のほうへと振り向き、何にも無い風を装い「いえ、見てるだけですから」と言って、私から逃げるように、彼女の手をひいて、そそくさと退店していった。
とても早足で、スタコラと逃げていく様は、面白い。
「ふはは! またのご来店をー!」
私は笑い声をあげ、勝ち誇った。
「坂口よ、今のは駄目だ」
後ろから先輩が、私に話しかけてくる。
私は振り向き、先輩の顔を見るも、目をつぶり、首を横にゆっくりと振っていた。
「えっ……不味かったですか……?」
「あぁ、あれは不味いな。あれじゃあ帰ってセックスする事を、止める事は出来ない」
「……はぁ」
「ああいう時はな、もっと様子を見るんだよ。見てみぬフリをしてな。そして盛り上がってきた所で、お客様! 店内でそういった行為をされると他のお客様のご迷惑になります! と、大きな声で言ってやるんだよ。すると三割くらいは、帰ってからセックス出来なくなるから」
その三割という統計は、一体どこから出てきたのか。
「……先輩歪んでますねー」
「お前だって同じような事してんじゃねーか!」
……確かに。その点に置いては、言い逃れが出来ない。
「まっ、次は頑張る事だねー」
そう言って先輩は、右手を上げてヒラヒラと手を振り、背中を見せて歩き出した。
あぁ……本当に、私はああなってしまうのだろうか。
あと数十分で、この地獄のような一日の仕事が終る……と思っていた矢先、聞き覚えのある「佳代ねぇー」と言った声が、私の耳に入ってきた。
その声のほうへと目を向けると、そこには、紺色のニット帽子を被った、いつもの大きなトレンチコートをだらしなく着ている礼奈ちゃんが、小走りで私のほうへと駆け寄ってきていた。しかし、ワンセットになっている筈のチビっこいほうの姿が、見当たらない。
「礼奈ちゃんーっ! うわぁ来てくれたんだ!」
私がそう言うと、礼奈ちゃんは両手を前に出して、私の体に軽く抱きついてきた。
私に抱き着くというものは、最近の礼奈ちゃんのマイブームらしい。嬉しい。
「うんうんっ! 佳代ねぇに会いに来たんですよ!」
「チビは? 今日は居ないの?」
私がそう言うと、礼奈ちゃんは少し寂しそうな表情で「あは」と、笑った。
「彩ねぇ、朝から出かけてて……すぐ帰る予定だけど、もし帰らなかったら、先に佳代の所に行っててって言われて」
「ててってか……あとでメールで文句送っておくね」
「あは……いえいえ、なんか友達の所に行ってるみたいです。私も一度だけ会った事あるんですけど、松本……って言ったかな? その人のお家に」
「うえぇっ!」
松本……松本って、えいちゃんの事だ。
なんで元彼の所に、クリスマスイブに行くんだ。しかもこんな可愛い彼女を置いて。
如何わしいニオイがプンプンする……。
「まっ……松本君ね、知ってる知ってる。同級生だったよ」
「あ、はい。彩ねぇの元彼だって」
「そこまで知ってて何故行かせるのぉっ!」
私は礼奈ちゃんの肩を掴み、ブンブンと前後に揺すった。
「あわわっ……だっだっだって、彩ねぇですよっ? な……何かある訳ないじゃないですか」
「それでいいの? 私なら絶対嫌だぁっ! んもぉホントに嫌ぁーっ!」
私は更に礼奈ちゃんを激しく揺さぶった。感情のメーターが振り切れそうだ。
「でっ……でも今は、松本さんに、新しい彼女が出来そうだとか……なんとか……そのアドバイスしに行くって言ってただけですし」
「へっ……? え? そ、そうなの……?」
えいちゃんに、新しい、彼女……。
うわっ……なんだか私だけ、本当に、取り残されている……。
「畜生っ! なんだってんだ! 皆クリスマスが近くなると、なんで猿になるんだ!」
「まぁまぁ。佳代ねぇお仕事終わったら、彩ねぇが来るまで私とデートしましょっ」
礼奈ちゃんは「クスッ」と笑いながら、私の頭を撫でてくれた。
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