その⑯ 佳代歓喜の舞い

 彩子と礼奈ちゃん、二人そろって私の部屋に居るという状況が、なんだか変な感じだ。彩子は高一の二学期の途中までは良く部屋に来ていたのだが、えいちゃんと付き合うようになり、週二回遊びに来ていたのが、月に一回になり、高三ともなると、一度も遊びに来ていないような気がする。

 まぁ、私にも彼氏が出来ていたし、彩子には受験もあったのだから、責める訳にもいかない。メールは相変わらず続けていてくれたし、友達のままでいてくれた。それだけで、感謝である。

「あんま変わらないね、佳代の部屋。相変わらず小奇麗にしてる」

 彩子は相変わらずの、減らず口を叩く。

 すっごく優しい時と、イジワルな時の落差が半端では無い。

 しかし、イジワルと言っても、冗談で済む範囲。だからどちらの彩子も、好きだ。

「小ってなんだ、小って」

「まぁまぁ、って意味かな」

「そっ……そんな事ないですよ佳代ねぇ、凄く綺麗です」

「ぬふふっ。暇さえあれば掃除してるからねーっ」

 相変わらず礼奈ちゃんは、いい娘だ。すかさずフォローをしてくれた。

 二人とも会話をしながらクッションの上に座り、私の部屋をジロジロと見回している。いつもはベッドの下に隠してある、電気マッサージ器は見つかる訳にはいかないから、昨日のうちに押入れの奥底に隠しておいた。

 だから、どれだけジロジロと見られても、焦る事は無い。

「そうそう礼奈ちゃん。佳代ってこう見えて、趣味が掃除なんだよ。すっごく意外でしょ?」

 すっごく……は、失礼だろう。

 彩子に話を振られた礼奈ちゃんは、少し困惑した表情を作り、目をキョロキョロと泳がせている。

 なんて……なんて答えるのだろう……ドキドキする。

「え……? あ……いえ、ほら、頂いた服とか、とても綺麗に保管していたじゃないですか。だから、綺麗好きなのかなー……とは、思っていましたよ」

 なんて! なんて百点満点な答えなんだ! なんていい娘なんだ、礼奈ちゃんは!

 私のテンションは、一気に高まった。

「そうでしょそうでしょっ! いやぁー礼奈ちゃん分かってるじゃんっ。そうなんだよ、佳代お姉ちゃんは綺麗好きなんだよっ。だから礼奈ちゃん、私の所に来なよっ」

「調子乗んなよ」

 私は礼奈ちゃんに抱きつこうと体を乗り出したのだが、そこには彩子の掌が待ち受けており、私の顔面を鷲掴みにした。

 抱き着く程度の事は許して貰えるようになったのだが、どうやら私の家に寄越すのは、死んでも嫌らしい。私の顔を握る力が、いつもの倍は強くなっている。

「痛い痛いしゃいこちゃぁんっ! ごめんごめん調子乗ったぁっ!」

 私は手をバタバタとさせ、彩子の許しを乞う。

「……お泊りするなら、私も一緒に来るからね」

 彩子はそう言い、私の顔を掴んでいた手を離し、そのまま私の頭をそっと撫でた。

 彩子の顔を見てみると、なんだろう……ニッコリと笑っているというより、自分の娘に対する愛情を向けた、母親のような顔をしている。

 すごく、優しい笑顔だ。完璧だと思えるほどの、美貌を持っている。

「……彩子……あんた……」

「ふふっ……」

「じゃあその時サンピー」

「調子乗んなよ」

 彩子は今度は、私の頭をギュゥーッと、強く強く、握りしめた。

 小さな手のくせに、やけに力が強い。

「痛い痛いしゃいこちゃぁんっ!」

「あははははっ! あぁー……やっぱり面白いですね、佳代ねぇは」

 礼奈ちゃんはお腹を押さえながら、満面の笑みで笑っている。相変わらず、その笑顔がこの上なく可愛い。

 今まで、テレビや雑誌以外では、彩子以上に整った顔をしている女の子を見た事が無いが、礼奈ちゃんは、完璧だと思っていた彩子以上に整っている上に、顔に品があり、それなのに無遠慮にそれを崩す。きっと頭の耳の影響で、より可愛く見えているのだろう。

 正直、人間とは思えない。天使のような笑顔に見える。


 この二人は、綺麗過ぎる。

 怖いくらいに、綺麗過ぎる。

 正直、私はこの二人と一緒に居ると、劣等感を抱く時がある。その片鱗を、彩子にぶつけてしまった事もある。

 昨日の小樽でも、人とすれ違う度に、なんて思われているのか、気になっていた。

 美というものに恵まれた方だと、自分では思っていたが、彩子と出会い、それがおこがましいものだと知り、礼奈ちゃんと出会い、美の完成形を知った。

 この二人には、到底叶わない。

 だから私は、それを誤魔化すために、笑わせるような事ばかりを、している。

 この二人の前では、私は道化師。

 それでも二人は優しくて、私を好いてくれている。だから私は、二人から、離れたくない。

 一生、側に居たい……。


「あっ! そうだ佳代ねぇっ! 佳代ねぇにプレゼントあるんだよっ!」

 礼奈ちゃんは突然大声を上げ、目をキラキラと輝かせながら、持ってきていた紙袋の中身を取り出した。

 ずっと気になってはいたが、まさか私へのプレゼントだったなんて……感無量である。

「うおおおぉぉぉぉっ! プレゼントっ? 私にプレゼントだってぇーっ!」

 私はつい立ち上がり、礼奈ちゃんが手に持つ、少し大きめの、綺麗に包装されている箱を凝視した。

 見た感じ、食べ物では無さそうだ。

「マジかマジかっ! うわぁ~すっごく嬉しい! おしっこちびる!」

「ん? 佳代ちょっと股濡れてない?」

「えっ! 出ちゃってた? いやん見ないでーっ! 見ちゃいやーっ!」

 私はそう言いながら、股間をつきだして二人の前を踊った。

 足を上げ、バレリーナのように、舞う。そして「見ちゃいやーっ!」と、首をブンブンと横に振りながら、叫んだ。

 テンションがマックスを振り切り、今にも鼻血が飛び出しそう。

「見せてる見せてるっ! 自ら見せてるからっ!」

「はははははっ! あはははははははっ!」

 礼奈ちゃんは大きな目をむき出しながら、プレゼントをお腹に抱きかかえて、全力で笑っている。

 こういった下らない笑いが、どうやら好きみたいだ。私との相性が抜群だと思う。

「あはぁっ……はははっ……あー……もぉー佳代ねぇっ……プレゼント……いらないのぉっ?」

 礼奈ちゃんは息を切らしながら、私に向かって、スッとプレゼントを差し出した。

 私は「ごめんごめん、嬉しくてつい」と言い、その場に座って、礼奈ちゃんからプレゼントを受け取る。

 大きな箱はそれなりにズッシリと重く、食器か電化製品かといった所だ。

 一体、なんだろう。ドキドキする。

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