その⑮ おかしな二人

 私と松本君は電車に乗り、ひと駅先の松本君のアパートがある駅で降りた。その間、松本君は何も喋らず、私も、何も喋れない。寡黙な松本君の雰囲気が、なんだか話しかける隙を与えてくれないように感じる。

 前までは、あんなに話しかけれたというのに……声が大きいという事を意識してしまってか、駄目だ……話せない。

 空は既に夕暮れに差し掛かっており、風が冷たく、指先が冷える。オチチが大きいと、肩がこり、それが指先まで血液を循環させない。指先がカサカサの、ヒエヒエ。オチチなんて、本当に、不要なものだ……なんだってこんなにデカくなってしまったのだ。

 私は自分の手に「はぁーっ」と、息を吹きかけた。しかし、この程度のもので暖かくなるはずも無く、私は仕方なく、ポケットに手を入れる。

「帰るぞ」

 松本君はボソリとそう呟き、むき出しの素手で、買い物袋を持っていた。

 手は寒さから赤くなってしまっており、なんだか、痛そうに見える。これから勉強、センター、そして入試が待っているのに、どうして利き手で、重い荷物を持っているのだ。ダルくなって、動かなくなったら、どうするつもりなのだ。ただでさえ冬は、体が動かなくなると言うのに。

 そもそも、どうして冬なのに、二人共、手袋をしていないのだ。ちょっと、世間からズレている。

「松本君、荷物私持つから貸して」

「何言ってんだ。さみぃんだから、早く帰るぞ」

 何言ってんだって、なんだ。なんでそんな言い方されなきゃいけないんだ。人が親切で言っているのに。

「いいから貸してっ!」

 私は松本君の荷物をグッとつかみ、松本君から奪い取った。

 それを見ていた松本君は、呆気に取られているような表情をしており、目を大きく見開いている。

「いいからっ……私持つから。手はポケットにでも入れておいて。転んじゃ駄目だよ、怪我とかしないでね。大事な時期なんだから」

 私はそれだけを言い、スタスタと歩き出した。

 どうやら松本君も歩き出したようで、ギュッギュッという雪を踏む音が聞こえてくる。


 私は松本君が働いているというコンビニの前を抜け、公園の前を通り過ぎ、しばらく先頭を歩いた。

 しかし私の歩くスピードが遅いせいか、いつの間にか松本君が、私の隣を歩いている。

「……珍しく、静かだな、お前」

 松本君が頭をボリボリと掻きながら、私に話しかけてきた。

 凄く凄く、珍しい事。だから少し、ビックリしてしまった。

「えっ……? あ、そ、そうかな?」

 私はそれだけを言い、黙ってしまった。松本君も、何も話そうとしない。

 どうしてこんなに、会話が続かないのだろう……私達の気は、合わないのかも知れない。

 元々私はお喋りで、松本君は元カノの彩子さんが認めるほど、寡黙な人。そんな人間同士が、合う訳が無いんだろうとは、思っていた。

 迷惑に、思っているんだろうな、私の事。これからはあまり喋らず、勉強だけを見て、大学に合格したら、ただ良かったねとだけ伝えて、少し距離を置こう……友達だと言える程度の付き合いをして、多くの中の一人に、なろう。

「……千香、ごめんな……俺、無口だろ」

 突然、松本君がそう言い、私は驚いて松本君の顔をバッと見る。

 松本君は、気まずそうな表情を作りながら、また頭をボリボリと掻く。

 どうやら頭を掻くというものは、松本君の癖らしい。

「えっ? む……無口なのは最初から知ってたよ。だから、謝るのも、違うと思うけど」

「いや……つまらん男なんだ、俺は……自分の事を話さないって、よく言われる……」

 確かに、その通りだ。

 松本君が今までどうして、どうやって生きてきたのかなんて、これっぽっちも、知らない。

 小学中学の頃の話はしないにしても、彩子さんと付き合っていた高校時代、そして別れた後の浪人時代の話をしてくれても、いいとは思う。

「俺はさ、自分の話なんて、つまらんもんだと、思ってるんだよ……だから話さないんだけどさ、お前みたいに、自分の事を話してくる奴の話は、やっぱ聞いてて楽しいんだよな……」

「うん。そうだよね、それにね、自分のはな……し……」

 私はそれだけを言って、気がついた。ゆっくりと話す松本君の話に、気付かされた。

 私は、相手が話している最中に、自分の話を差し込んでしまい、相手の話を途切れさせてしまっていたんだ。

 ……そんなの、嫌われるに、決まってるじゃんかっ……人の話を聞かない人なんて、嫌な奴に決っている。私がされたらどうだ? 悲しいだろ。寂しいだろ。一回や二回なら、嫌われないかも知れないが、私はきっと、毎回。毎回そうしている。

 最低だ……なんで嫌われるんだーって、いつもいつも、疑問に思っていた。それは、ウルサイからだって、思っていた。だけど、それだけじゃない……私はきっと、嫌われる事を、沢山沢山、いっぱいいっぱい、してきたんだ……だから謝っても、謝っても、高校の友達は、許してくれなかったんだ……謝った数より、嫌われる事をしている数のほうが、絶対に、多いんだ……。

 それに、見当違いの事で、謝っていた……だからずっとずっと、治らなかったんだ……。

 馬鹿だ、私……勉強が出来ても、馬鹿だ……。

「……なんだ? どうした……?」

「はぁっ……ううん……それで?」

 松本君は不思議なものを見るような顔で、私を見つめる。

 私は今、どんな顔をしているのだろう……。

「あぁ……会話ってコミュニケーションだろ? 仲良くなるために、必要なもんだ。だからさ、俺は自分の話を、少しくらい、するべきなんじゃないかって、思う。お前と、仲良くなるためにも……」

 松本君は、少し恥ずかしそうに目を細め、頭をまた、ボリボリと掻いている。

 その表情に、とても、とても……心惹かれる。キュンと、する。

「うん……今日は、お勉強ちょっとだけにして、松本君のお話、聞かせて」

 相手に知ってもらう事だけじゃなく、相手の事を知ろうとする事。それが会話。

 今まで私は、松本君と、一度だって会話をした事が無い。私がしてきた事は、ただの迷惑行為だ。

 ごめんなさい……ごめんなさい……。

「……あ? なんだ、急に? どうした?」

「どっ……どうもしないよっ! 松本君がそんなに話したいっていうなら、ちょっとくらい話聞こうって思っただけだよ!」

「……まぁ、悪い雰囲気になる事が多かったから、仲良くなっておいたほうがいいだろうと思ってさ」

「んぅ……ごめん……」

「なんで謝んだよ……」

「……私が悪いと、思うよ」

「んな事ねぇよ……俺も勝手な部分が、ある」

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