その⑬ 天然 天才 巨乳 ツンデレ ドジっ子(NEW)
俺と千香は、少し遅くなったが昼飯と、ついでに晩飯の食料を購入しようと、スーパーへとやってきていた。今日もこれから帰り、勉強漬けの時間が待っている。
勉強自体は、千香のお陰か、それほど嫌いでは無くなってきていた。ただ、覚える事は相変わらず苦手で、人の三倍勉強しなければいけない。今からでも遅くないとは言っても、俺の場合、どうなのだろう、遅いのかも知れない。
そうは言っても、やらない訳にも、いかないんだよな。一年浪人しているのだ、遅くなんて、なかったはずなんだ。一年も、時間があったんだから。
「ま……松本君……」
俺の先を歩く千香が、俺と目を合わさずに、何故か震える声で俺の名前を呼んだ。
「ん……? なんだ」
「なっ……なななんでもないっ! ……よっ」
千香はそれだけを言い、買い物カートを押して、足早にその場から離れた。カートの上には、未だ何も乗っていない。
別に、パンでも弁当でも、好きなものを入れればいいだろうに。まだ遠慮しているのだろうか。
今までも、そうだった。遠慮して、自分の家から持ってきた食べ物を食べていた。それも、甘いお菓子ばかり。
「千香、別に何買ってもいいんだぞ」
俺は先を急ぐ千香に向かって、そう言った。そもそも、何故そんなに急いでいるのだろう。
そんなに早く、勉強をさせたいのだろうか……そんなに俺は、出来ない奴で、一分一秒が、惜しいのだろうか。
「それは悪いよっ! だから半分だして!」
「なんだ、半分って。彩子から言われてるんだよ、飯奢るくらいはしろって」
「いいの! 半分だして!」
千香はそう言い、カレー粉を手に取り、手早くカゴの中へと放り込んだ。
その動きがやけに早く、テキパキしており、ぎこちない。
明らかに肩に力が篭っている。買い物がそんなに緊張する事だろうか。
「……カレー? カレー、作るのか……?」
「ひぁああっ! かかカレーはねっ! 日持ちもするし! 作っておけば、お昼も晩も食べれるから! だからカレーがいいなって思った!」
相変わらず、こちらを見ることなく、大きな声でそう言った。
本当に、声が大きい。それの半分の声でも、十分に聞こえてくるはずだ。
「千香、声がでかい。もう少し落ち着け」
「ふへえぇっ? おっ……落ち着いてるよっ! あっ……あ、こ、声は、大きかったね……ごめんね」
……意外と、素直は素直なんだよな。
千香は少しだけこちらを向き、口に手を当てて、焦ったような表情で、俺の顔を見る。
……そんなにすぐ、怒ったりはしない。顔色を、伺わないで欲しい。
千香は続いて、ジャガイモと人参、玉ねぎをカゴの中に入れ、最後にお肉コーナーへとやってきた。
どうやら、何を入れるのかを、迷っているようだ。豚の切り落としの、薄い薄い肉を手にとって、悩んでいる。
「……俺はこれがいい」
俺はアメリカ産の牛ステーキ肉を手に取り、千香に見せる。
「えええっ! それ高いよ! 高いの駄目、却下! 眼鏡と服とで、私お金、全然無いんだから!」
確かに、豚の切り落としに比べると、多少値が張る。しかし、ゴロゴロとした大きめの肉を、久しぶりに食べてみたい。
「……これは、俺が食べたいんだ。俺が買う」
「なんでそんなわがままっ……!」
千香は俺の顔を見て、眉間にシワを寄せ、また大きな声で怒鳴ろうとしていたが、どうやら自分で気がついたらしく、俺から視線を外し、口をへの字に曲げて、俯いた。
「そんなの、駄目……贅沢は敵だよ」
「……いいじゃねぇか。初めて千香が、料理作ってくれるっていうんだから。嬉しかったんだよ」
俺はそう言い、千香が押しているカートの中に、ステーキ肉を入れた。
「俺はこれが食べたい」
「はわわっ……わわわわ」
千香は顔を真っ赤に染め、口を半開きにして、俺の顔をチラッとだけみて、またすぐに視線を逸らした。
「じゃ……じゃあそれにしよぉ……うん、それ、おいしそぉ……」
千香は眼鏡の奥の瞳を、何度も何度も瞬きさせて、そのままフラフラと、歩き出した。
カートが棚にぶつかり「おふっ」という声をだし、その際に打った足を、しゃがみながら痛がる。
見た目は、おぼこい田舎娘から、ビシッとした出来る女に変わり、大きな胸のせいか、多くの男性が振り返るような女性になったのだが、中身はそう変わるものでは無い。
見た目と行動のギャップが、なんだか面白いと感じる。
「はは……大丈夫か千香」
「わっ……笑うなぁっ!」
これは、怒鳴られるのも、わかる。
千香は顔を真っ赤に染め、目を充血させながら、俺の顔をキッと睨んだ。
「わりぃ……立てるか?」
俺はそっと、千香へと手を差し伸ばす。
千香は俺の手と顔を何度か交互に見比べて、そのままカートを支えに、立ち上がろうとする。
しかし、カートはどんどんと前に進んでしまい、千香は「へぶっ!」という声をあげて、膝から前屈みに倒れてしまった。服を汚さまいと、なんとか手で体を支える。
カートはそのまま、シャーッと前を走っていってしまった。
「おいおい……大丈夫か?」
流石に本気で心配になり、俺は千香の腕を掴み、少し強めにグイッと体を引き起こす。その力に応えるように、千香も体を起こして、立ち上がった。
どうやら服は無事のようで、汚れはついていない。
「どうだ……? どこか痛い所とか」
「あうあ……ううぅーっんもぉー嫌ぁーっ!」
千香は俺の腕を払いのけ、カートへと駆け寄り、それを掴む。
「おお……お恥ずかしい所を、見せてしまい……申し訳ない」
どうやら、もう嫌なのは、俺と一緒に居る事では無く、自分のドジな所だったらしい。俺は少し、安心する。
千香は俺から顔をそむけ、うつむきながらゆっくりと、歩き出した。
「別に気にするな。もう忘れた」
俺は小さくそう言い、千香の後ろを、再び歩き出した。
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