その⑪ 佳代の心境
「さっしゃいましぇーっ」
仕事場の先輩の「いらっしゃいませー」の声が、急におもしろい。なんて言っているのかが分からない。
「さっしゃいましぇーっ」
「いらっしゃいませー」
私は先輩の声の後に続いて、正しい発音で「いらっしゃいませー」と言った。
「さっしゃいましぇーっ」
この人、絶対にワザとだ。笑わせるために、絶対ワザと変な風に言っている。普段はちゃんと「いらっしゃいませー」と言っている。
「ふはは」
「坂口さん、何を笑ってらしてっ?」
「ふははははっ」
「笑顔と笑いは別物でしてよっ!」
先輩は腕組みをしながら首を小刻みに横に振り、真面目な顔でそう言った。
「はははははっ」
「笑うのは失礼でしてよっ!」
眼鏡をかけていないのに、眼鏡をクイッとあげる仕草をし、また真顔でそういった。
やっぱり、ワザとだ。
誰もお客さんが居ないもんだから、私を笑わせるためにワザと「さっしゃいましぇーっ」と言って、わざと「らしてっ?」なんて言っている。
面白い人だ。職場で一番気が合う。年齢は丁度一回り違うが。
「あー……先輩そろそろクリスマスですけど、彼氏さんとはどうですか? ご予定とか」
「ん? あぁ……喧嘩中」
急に肩から力が抜け、トーンダウンしてしまった。どうやら禁句だったらしい。
「アンタは? 彼氏出来た?」
「家と職場の往復で、彼氏なんて出来ませんことよっ!」
「ナヨッてんじゃねー。気合いが足りないんじゃ」
「気合で彼氏って出来るもんすか?」
「出来る! けど、まぁ、クズが集まってくるよね、間違いなく。私の彼氏みたいな」
何があったのか知らないが、相当ご立腹中らしい。
「クズは嫌っすねー」
「私の彼氏をディスってんじゃねぇ!」
「ふはははっ自分で言ったんじゃないですかっ」
話しの途中でお客さんが来店してしまったので、先輩は「カモが来たカモ」と言いながら、お客さんのほうへと行ってしまった。
私は仕方なく「いらっしゃいませー只今クリスマスセールで、一部商品が三十パーセントオフでーす」という声を発しながら、やる事が無いので店内をウロウロと歩きまわる。
そして、一昨日、彩子と礼奈ちゃんが立ち止まっていたアクセサリーコーナーで、私も足を止めた。
二人が買った指輪は、あと一本だけ残っている。サイズが、十三号。流石にデカすぎるのか、売れる事なく、寂しく光を反射させていた。きっとこのまま、売られる事なく、撤去されてしまうのだろう……。
「んぁー……」
私は声にならない声を発し、その指輪を手に持った。
鏡面のようにピカピカとしているその指輪は、その他多くの指輪に紛れると、なんの特徴も無く目立たないのだが、こうして単体で見ると、非常に綺麗に見える。
なんだろうな……今までは全然、意識していなかったのだが、今ではこのデザイン、凄く好きだ。
そう、私は、このデザインが好きなのだ。決して彩子と礼奈ちゃんとのお揃いが欲しいって訳じゃないんだ。本当に、このデザインが好きで、指にハマらないとしても、ネックレスとして、首から下げたいのだ。
私はそう思い、その指輪をグッと握り、二人が購入していったチェーンも手にとって、誰も立っていないレジへと向かった。
このチェーンも、このデザインが好きなのだ。本当に、それだけなのだ。
「……って、そんな訳ねぇだろ」
小声で、自分に突っ込んだ。
好きなのは、あの二人だろ……。
「刻印お願いします」
私は事務室で半分寝かかっていた、女店長に向かってそう言った。
あまり好きな人では無いが、刻印は店長にしか出来ない。
「んぁ……? なんて?」
「……S&K&Rで」
「またイニシャル三文字? かわってんなー」
店長はそう言い、私に向かって手を差し出した。
私は何も言わず、手のひらにそっと、指輪をのせる。
「お? これ最後の一個のやつじゃん。でっかくて、売れないと思ってたやつ」
「そうですよ」
「売れたんか。買ってったのは、ふとっちょだった?」
「いえいえ」
私はニコッと微笑み首を左右に振る。
そして小声で「失礼します」とだけ言って、事務室を後にした。
仕事が終わり、更衣室から出てきた私の右手には、二人とお揃いのアクセサリーケースが握られている。
それを見て、私はつい、ニヤニヤと笑みを浮かべてしまった。
出来る事なら三人、お揃いで首から下げて、仲良しアピールをしたい。そしてその格好でまた旅行がしたい。
思い切って、服までお揃いの着ちゃったりして。某有名大型テーマパークに団体で歩いている、女子大生みたいな。
したい。してみたい。マジで憧れる。量産型とか言われているが、ああいうのは外野は関係ない。本人たちの気持ち次第なのだ。ほっとけ。と思う。
「ぬふふ」
しかし、この指輪を首から下げた状態で、彩子と礼奈ちゃんの前に、出れるだろうか……引かれたりしないだろうか……だって、二人の記念の指輪なのだ。更に言うと、安奈ちゃんの慰霊碑のようなものなのだ。何をとち狂って、私が買っているんだっていう話だ。そんなに蚊帳の外が嫌か。
……嫌だけど。
「うううぅぅ……しくじったか……?」
私は勝手に思い悩み、駅への道をトボトボと歩き出す。
駅に到着し、何の気なしにスマホを開いた。そこには、彩子からのメールが届いているという通知画面が映し出される。
私はその画面を見た瞬間に、テンションが上がり、体温が上がり、糞寒い筈の駅のホームが、真夏の太陽の光が差し込む、南国のリゾートホテルへと変わったような気がした。
内容は、どうやら今日、彩子は眼帯が取れ、眼鏡を買ったらしい。それを見せにいくから、今日は佳代の家に行く。ピザを注文しろ。といった内容のものだった。
私は急いでメールの返信を書く。仕事終わりで疲れていたというのに、私の全身に血が滾ってくるのを感じる。
どうにもこうにも、私は二人が好き過ぎるようだ。どっちも大好きだ。
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