その⑨ 天然と寡黙について
私と彩ねぇは、メガネ屋さんの前で千香さん達と別れ、ただ何の気無しに雑貨屋さんを回ったりしていた。
チラッと彩ねぇの顔を見ると、眼鏡が掛けられている。それは私が本気で選びに選び抜いた、小さくて可愛いデザインの眼鏡だ。思った通り、彩ねぇによく似合っている。
「ねぇ彩ねぇ、なんで眼鏡試着しないで買ったの? サイズとかも、あるだろうし」
私は当然の疑問を、彩ねぇに尋ねる。
すると彩ねぇはチラッと私の顔を見て「ふふっ」と笑った。
「私さ、眼鏡選んでる時、自然と礼奈ちゃんに似合うと思うやつを探しちゃってたんだよね。そうじゃないーって思っても、なんでか礼奈ちゃんの顔が浮かんでさ」
あぁ、だから私に眼鏡をかけさせたのか……と、納得する。
「はい」
「……礼奈ちゃんにも、同じようにしてもらいたかった。だから信頼して、試着しないで買っちゃった」
彩ねぇはニコッと笑って、いつも私がしているように、舌をペロッと出した。
その表情がとてもとても美しくて、私の心臓がキュンと縮まるのを感じる。
そんなに、私を信頼してくれていたのか……嬉しい。
「もぉー彩ねぇ……もし大きかったらどうするの」
「眼鏡ってサイズ調整出来るんだぜぃ」
彩ねぇは私の頭を帽子越しにグリグリと撫でた。
「に……似合わなかったら……どうするんですか」
「似合わない訳無いって思ってたけど、もし似合わなかったら、その似合わない眼鏡姿を礼奈ちゃんが毎日、見る事になるんだよ。そして礼奈ちゃんが毎日、苦しむ事になってたね」
彩ねぇはニコニコとした表情で、そう言った。
……心底、似合って良かったと、思う。
彩ねぇには、こういう一面がある。サディストというか、私が困っている姿を見るのを、楽しんでいるというか……。
しかし、本当に私が困っている時は、果てしなく優しくなるので……嫌じゃない。
というより、そういうコミュニケーションだと、思っている。
「もぉー……彩ねぇのイジワル……いじめっこ」
私はプクッと頬を膨らませて、怒っているという事をアピールした。
しかし、本当は全然怒っていない。これもこれで、私のコミュニケーション方法のひとつだ。
「あはっ。ごめんね礼奈ちゃん。礼奈ちゃん可愛くて、つい」
彩ねぇはそう言いながら、私の腕を掴んで、ギュッと抱きしめた。その時の満面の笑みが本当に可愛くて愛しくて、浮気と自殺以外の事なら、なんでも許してしまいたくなる。
彩ねぇは、どちらも絶対にしないだろうが。
「もぉっ。彩ねぇ可愛いから、特別ですよ? 許します」
「やったぁっ」
彩ねぇはそう言いながら、私のほっぺにチュッと、キスをした。
それだけで、心がポカポカになる。デレデレになる。メロメロになる。
「そういえば、ツンデレだよね、千香ちゃん」
フードコートのテーブルでお茶をしながら、彩ねぇは先程、小声で耳打ちしてきた事について話しだした。
「あ、聞きたかったんですけど、ツンデレって、何ですか?」
「……あぁ、礼奈ちゃん知らなかったのか。ツンデレっていうのは、普段ツンツンした態度を取ってるけど、ある時突然、デレデレした態度を取るっていう、愛情表現……なのかな?」
なるほど、それがツンデレ。
「そっかぁ、確かに千香さん見てたら、怒ってるのかと思いましたよ。全然怒るような内容じゃないのに」
あんなに激しく怒っていたら、逆に嫌われてしまうと思うのだが……そうでは無いのだろうか。
私なら、どうだろう……嫌いにならないのかも知れないが、絶対に、好きにはならないと、思う。
そう考えると、早急にあの態度を改めさせるべきなのでは……。
「そうそう。ビックリしたよ、天然で、天才で、巨乳で、ツンデレって。凄いね千香ちゃん」
「私も彩ねぇも、愛情表現はとても素直ですからね」
「愛してるぜ」
「私もだぜ」
私と彩ねぇは「ふふっ」と笑い、チュッとエアーキスを飛ばしあった。とても幸せである。
「でもなんだ……松本君のあの困った表情を見ると、ちょっと、合わないのかなとか、思っちゃった……」
「えっと、千香さんって、確か彩ねぇが松本さんの家庭教師にしたって、言ってた人ですよね」
随分前の事と思えるが、ある日の昼間、彩ねぇの携帯電話に鬼のような着信の嵐が吹き荒れ、それをしていた犯人が、千香さん……だったと思う。
その時に千香さんの事をサラッと教えてもらったと、記憶している。相手が女性だったので安心してしまい、あまり覚えてはいないが。
確か、男性と喧嘩をして……口利いてくれないとか、そんな内容の電話だったと、彩ねぇが言っていたような、言って無かったような。
かなり記憶が曖昧だ。旅行の記憶が色濃いせいで、詳しく思い出せない。
「そうそう。紹介した手前、上手く行って欲しいとは思うんだけどね……受験も恋愛も」
彩ねぇは飲み干したジュースのストローを咥え、歯でいじり、ピコピコと動かした。
「ん……受験はまだしも、恋愛に関しては、あまり首を突っ込んでも、野暮になるだけですよ」
「おっ? さすが色多き女。分かってらっしゃる」
色多き女って……。
それは、言い過ぎ。
「多くないですよっ! いや……多かったですけどっ! 彩ねぇにそう言われると、ショックですっ!」
私は立ち上がり、少し大きな声で彩ねぇに向かってそう言った。
本当に……その部分に面白半分で触れるのは、やめて欲しい。私が一番、気にしている部分だ。売春と、殺人と食人が……未だに拭い切れない、私のトラウマ。
「あ……ごめんね……ごめん、悪い癖……直さないとね、ごめんね」
彩ねぇは本気で焦った表情を作り、瞼をプルプルと震わせながら、私を見る。
「ん……彩ねぇだから、許しますけど……私結構、気にしてます……」
「そうだよね……ごめん……反省する……」
彩ねぇは立ち上がり、頭を下げた。
そんな姿、見たくはない……胸が締め付けられる。
「ううん……もう大丈夫です。私も、大声出して、ごめんなさい……」
私がそう言いながら座る所を見て、彩ねぇもゆっくりと席に座った。
「ん……礼奈ちゃんが言うように、二人の事は、二人に任せたほうが、いいよね」
彩ねぇは急に元気を無くしたように、シュンとしてしまっている。
良くある光景ではあるのだが、早く元通りの彩ねぇに戻って欲しい。
「ん。ですけど彩ねぇは、頼りにされる人ですからね。もし前みたいに千香さんから相談されたら、それは乗ってもいいと思います」
「うん……そうだね。そうする事にするよ」
彩ねぇはニコッと笑い、再びストローを噛んで遊びだした。
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