その⑧ 瑛太の心境2

 千香は新しい服を買い、彩子の勧めでその服を着て行くという事になり、再度試着室へと入り、新しい服を身にまとって、出てきた。

 正直、見違える。

 今までの田舎娘というイメージから、一気に都会的というか、ビシっとした服装になり、格好よく見え、驚いた。

 今まで多少、太っているのかと思っていたのだが、なんて事は無い。ただ服が大きく、ゆったりと着ていただけなのだ。へこむべき所はへこんでおり、出るべき所は、これでもかというほど、出ている。

 白いブラウスの中にグレーのタンクトップを着ており、そこから素肌の谷間が、ほんの少し見えていて、なんとも言えない気分になってしまう。

 見るつもりは毛頭無いのだが、どうしても、そこばかりに目がいってしまって……俺も例に漏れず、若い男子だと言う事だろうか。

 今まで、彩子としか付き合った事が無いし、彩子以外の女性に興味すら持った事が無いが、やはり胸は、無いよりはあるほうが、好きなのかもしれない……。

「似合うっ! 凄く似合ってるよ千香ちゃんっ!」

「ホントですよ! 学校でモテモテになっちゃいますよ!」

「はわわわわ……」

 千香は顔を真っ赤にして、手で顔と胸元を隠していた。何故か歩き方も変になっており、いつもより内股になってしまっている。

 服装に無頓着で、よく知りもしない男の家に、平気で泊まるという事を考えたら、男の事なんて意識していないものだと思っていた。こんな一面があるだなんて、想像もしていなかった。

「あっ……あまりからかわないでっ! 私恥ずかしくて顔熱いっ! もー帰りたいよぉっ!」

「いいから。ビシっと立って歩いてみなって。今の歩き方のほうがよっぽど恥ずかしいから」

 彩子がそう言うと、千香は「うーうー」と唸り、文句を言いたそうな表情を作るが、何故か彩子には弱いらしく、千香はうつむきながら、顔と胸から手をどけ、ピシッと立った。

 千香の身長は礼奈という娘より少しだけ低いくらいで、一般的に言ったら高いほうだ。その長身によく似合った格好だと、素直に感心する。

「ほら、格好良い。ね」

「うんうんっ。格好いいですよ千香さん」

「そ……そうかな?」

 なんだか、少し前から千香がしおらしくなったように感じる。

 自分が女性だと言う事を、意識してきたのだろうか。

「松本君はどう思う?」

 彩子がニコニコとした表情で、俺へと話をふってきた。からかっているような嫌らしさは感じられず、素直な感想を求めているようだ。

「あぁ……似合ってる」

「はわわわわわっ……! まっ! 松本のくせにぃっ!」

 千香は急に語気を荒くさせ、俺の顔を睨んだ。

 ……なんだと言うのだ。本当に千香の思考回路は、理解不能だ。しおらしかったのは、彩子と礼奈の前だけだったらしい。

 もしかして俺は、嫌われているのだろうか……何かしただろうか……。

「わっ……私の服をににに似合ってるとか、そういう事言う前に、松本君はまずちゃんと勉強して、大学に合格する事を考えるんだよっ! だいたい、なんで参考書買いに来たのに、どうして私の眼鏡と服を買ってるの!」

「……それは、俺が聞きたい」

「とりあえず眼鏡受け取ったら、本屋さん行くよっ! まったく受験生がこんなに時間を無駄にしてぇっ……私の努力も無駄にしたら、絶対許さないんだよっ」

 千香は頬を赤くさせ、プイッと俺に背中を見せて、眼鏡屋さんへと向かって歩き出した。

 彩子と礼奈がニヤニヤした顔をし、コソコソと何かを話しているのが気になったが、俺は耳の後ろをボリボリと掻き、仕方なく千香の後ろに付いて行く。


 彩子と千香は無事、眼鏡を受け取り、彩子は早速、眼鏡を装着した。

「お……おぉピッタリだ。流石礼奈ちゃん」

 彩子がそう言い、礼奈の顔を見た。

 その時の満面の笑顔もそうだが、眼鏡をしている彩子を見るのも初めてなので、なんだか少しドキドキする。

 彩子の眼鏡は、かなり似合っていた。ふち無しタイプの眼鏡で、レンズが小さい。色は薄い茶色の単色で、彩子の濃い顔を更に強調させるように魅せる。

 悔しいが、礼奈は彩子に似合う一本を本気で考え、選び出したんだなと、思う。俺には選択権すら与えられなかった。

「やっぱり、凄く凄く似合ってますっ! 彩ねぇ可愛いですっ可愛さアップです!」

 礼奈は彩子の満面の笑みを、満面の笑みで返し、両手で小さな拍手を贈っていた。

 友人と言うよりも、本当に、女同士で付き合っているように見える。実際、付き合っているのだが……正直お似合いだ。二人が作る空間は、俺なんかが触れてはいけない領域のように思える。

 雰囲気だけで、排他的だ。

「あははっ。嬉しいな、ありがとう礼奈ちゃん。あい……」

 彩子はそこまでを言い、ハッとした表情を作って、俺の顔をチラッと見た。

「彩ねぇ、あい? あいってなぁに?」

 礼奈がまたニヤついた顔を作り、目を細め、彩子の顔に自分の顔を近づける。

「あい……してるよ」

 彩子は、俺には一度も言った事が無い言葉を、礼奈の顔をじぃっと見つめながら、言った。

 頬を赤くさせ、上目遣いで……色っぽい表情で。

 なんだか、物凄く、惨めな気分だ……。

「へえっ? あ……あ……わ……私も、愛して、る……」

 どうやら愛してると言ってもらえるとは思っていなかったらしく、礼奈も頬を真っ赤に染めて、彩子に対して、愛してると言う。

 そして礼奈は、彩子の頬を撫でて、トロンとした瞳でどんどんと彩子との距離を詰め、軽く唇を重ねた。

 ……コイツら、マジか……流石に、驚いた。

 眼鏡屋の店員も、目をまんまるくして、二人の様子を見つめていた。口が少し、開いている。そんな顔にも、なるだろう。俺も恐らく、似たような顔を、している。

「うわわうわわわわっ! ききききキスしてるぅーっ!」

 彩子の隣で眼鏡を受け取っていた千香は、大きな声を出し、指をさして驚いている。この反応は、無神経とか関係ない。友人なら、そうなるのも当然だ。

「もぉー……千香ちゃんうるさいよっ」

 彩子はニヤニヤと微笑みながら千香の背中をペシッと叩いた。

 しかし、うるさくさせたのは、お前達だ。お前達が悪いと、俺は思う。

 俺だって……大騒ぎしたい。畜生と叫びながら、サンドバックを殴りたい。


 彩子の持つ雰囲気が変わったのは、確実にこの礼奈という娘の、影響だろう。

 あの刺々しかった彩子の雰囲気を、こんなにも穏やかなものに変えるなんて……悔しいが、彩子は、礼奈を本気で、愛している……。

 俺には出来なかった事を、こんな短期間で、やってのけるなんて……どれほどの、女だと言うのだ、礼奈は。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る