その⑦ 千香ちゃんと宇宙

 千香ちゃんの顔が、心配になるほどに真っ赤になっている。目の焦点が合っていなく、足元がフラフラとおぼつかない。

 少し、からかい過ぎただろうか。

 やはり、千香ちゃんは純情だった。恐らく……というより、確定的に処女であろう。

 不思議なもんだ……容姿では私が一番幼く、年齢では礼奈ちゃんが一番幼いと言うのに、この中ではオチチの一番大きな彼女だけが、処女なのだ。

「まぁまぁ、千香ちゃん落ち着きなよ。ビシっとした服着るのはいい事だよ。綺麗に見えるから」

 私は千香ちゃんの背中を手で支えながら、千香ちゃんに向かってそう言った。

「そうですよっ! 絶対にモテます! 保証します!」

 礼奈ちゃんが目をキラキラと輝かせて、千香ちゃんに更に追い打ちをかける。

 顔を見たら悪気が無い事は分かるのだが、これ以上モテるだとかモテないだとかを、千香ちゃんに言うのはマズい。相変わらず礼奈ちゃんは、綺麗だとか可愛いだとか、相手を賛美する言葉を、遠慮しない。

 いい事では、あるのだが、今は少し、控えたほうがいい。

「ほら、モテるとかモテないとかじゃなくてさ、ピシッとした女性って綺麗だって、言ってたじゃん。スーツじゃなくても、ピシッとした格好っていっぱいあるからさ」

 私は千香ちゃんの背中をポンポンと叩いて、白いブラウスを一枚手にとって、千香ちゃんの体に当てる。

 やはり思った通り、千香ちゃんはデブでは無い。体を軽く触ってみたら分かるが、オチチ以外は標準体型だ。ブカブカの服で、損をしていると感じる。

 夏は一体、どんな格好をしていたのか、思い出せないのが悔しい。

「うん、似合いそう。このブラウスと、暗めのパンツとジャケットだね。それで一回、試着してみよう」

 私はそう言い、少し離れた所で私達のやり取りを見ていた、瑛太のほうへと顔を向けた。

 私と目が合い、瑛太は表情を変えずに、すぐさま目を逸らす。全く動き出す気配が無い。鈍感なのだろうか。

「ほら、松本くん、荷物持ってあげて」

 私がそう言わないと、瑛太は動かない。

 瑛太は「あぁ……」と、小さく低い声を発し、ようやく私達に近づいて、千香ちゃんが持っていたバッグと、ニット素材の上着を受け取る。

「あああああ……ありがとうー」

 千香ちゃんは顔を真っ赤に染め上げ、瑛太の顔を見る事無く、俯いたままそう言った。

「……いや」

 いやじゃ、ないだろう……今、千香ちゃんは、明らかに瑛太を意識し始めていると言うのに、全く気付かない。

 やはり、鈍感だ。昔はそんな所も気に入っていたのだが、こうして外から見ていると、ヤキモキする。


 千香ちゃんが試着室から、顔だけをひょこっと出した。

「やっぱり駄目だってっ! オチチが閉まらないーっ! 彩子さんおっきいブラウス持ってきてぇっ!」

「駄目じゃないって。タンクトップ着てるでしょ? それでいいの」

 私はそう言い、試着室のカーテンの中へと首を突っ込もうとする。

 しかし千香ちゃんはそれを静止させるように、私の頭をグググッと押し返した。

「だめだめだめだめっ! ほんっとーに格好悪いから! ブラウスぱっつんぱっつんだもんっ! 私おデブだからっ!」

「おデブじゃ……ないからっ……見せてよ」

 私はなおも頭を更衣室に入れようと、力を込めた。

「おデブだってっ! オチチがおデブなんだよっ!」

「それは、長所なんだってっ……」

「長所じゃないよーっ! 肩凝るし服着れないしぃっ!」

「……痛っ! 痛い首がっ……リクに蹴られた首がっ」

 私はそう言い、自分の首を押さえ、しゃがみこんだ。

「ええええっ! ささささ彩子さん大丈夫っ!」

 千香ちゃんはそう言い、カーテンを全開に開き、私の首辺りを触ろうかどうしようか、悩んでいた。

「ええっ! 彩ねぇっ! 大丈夫っ?」

 ……礼奈ちゃんまで、心配している。礼奈ちゃんは演技だと気付いてくれ。

 本当に、綺麗な魂を持った二人だ。なんだか、二人は共通している部分が結構あるように思える。

「うん、治った」

 私はそう言い、立ち上がり千香ちゃんの姿を見た。

 腰周りには、まだ若干の余裕が有るように見えるが……。

 なんだ、これは。コンビニに置いてるエロ本の、表紙か……。

「さい……わあっ……」

 礼奈ちゃんも、思わず言葉を失ってしまったようだ。

 これは、ただ事では無い。大事件だ。

 優に一メートルを超える胸囲が、ブラウスのボタンを今にも弾き飛ばしそうなほどに、自己主張している。高校の時には、これほどのバストを持っている友人は、一人も居なかった。

 こんなもの、テレビや雑誌でも、滅多にお目にかかれない。ドエロい体をしている。

 確かに、前田ホルスタイン千香だ。いい意味で。

「すす……凄いです、千香さん……うわ、触りたい」

「こら、礼奈……」

 私は礼奈ちゃんの頭を、軽くペシッと叩いた。

「ごめんなさい……」

 しかし実は私も、触りたい。

「え? え? 何? 彩子さん首大丈夫なの?」

 どうやら千香ちゃんは、まだ私の演技に気付いていないらしく、本気で心配している表情を浮かべている。

 千香ちゃんは、色々と、凄いな。

「うん。それより、胸、苦しそうだなーって思って」

 私がそう言うと、千香ちゃんは「あっ!」と、いつもの声を上げる。

「そうそう苦しいのっ! もぉーだから駄目って言ったんだよぉっ! 服駄目にしちゃうよっ! 私高校の制服のシャツ、何枚も駄目にしたんだから! そこで編み出したのが、大きいサイズの服を着るっていう方法なのっ!」

「いや、そうなんだろうけどさ……タンクトップ着てるでしょ? だから、胸は開けて着るんだよ」

「えー……胸開けるの?」

 千香ちゃんはそう言い、頬を真っ赤に染めながら、上から三番目までのボタンを開け、私の顔を見た。

 タンクトップも引っ張られており、谷間の部分でシワになっており、胸の形がどうなっているのかが、分かってしまう。これはなんていうAVだ? 何プレイだ? 絶対に見たい。

 やはり、胸を多少開けた所で、下乳でブラウスが引っ張られ、歩くとブラウスが上にあがってきそうだ。

 もうワンサイズくらい上のモノを着るべきだろうか……折角くびれている、良い体をしているのに、勿体無い。

 私はそう思い、またチラッと瑛太の居る方を見る。

 瑛太は極力、見ないようにしているらしく、後ろを向いてしまっていた。

 ……変な所が、ジェントルマンだ。気になるくせに。

「ねぇねぇ松本君、この服どう思う?」

「……ホントお前は、相変わらずだな」

 どうやら、からかっているのがバレているらしい。瑛太がこちらを振り向く事は無かった。

「ちなみに、何カップ?」

「Iカップ……どこにも売ってないんだよぉーっ……」

 Iカップ……それはもう、計り知れないという点において、宇宙と同じだ……。

 千香ちゃんはその思考も、言動も、行動も、そしてオチチも、計り知れない。

 宇宙と、同じだ……。

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