その⑥ 私の服装と美人秘書

 私が選んだ赤色のプラスチックフレームは、派手すぎるという理由で却下されてしまい、本気で落ち込む。

「彩ねぇは顔が元々派手だから、色を入れると喧嘩をし合うような気がします」

 どうやらその一言が決め手になり、彩子さんは試着する事なく、礼奈ちゃんが選んだ地味めで小さい眼鏡に決めた。今は視力検査をしており、どのレンズにするかを決めている所。

 眼鏡を作る所なんて初めて見る。私は勉強ばかりをして小さな文字を毎日読んでいるが、目が悪くなる気配すら無い。ちょっと眼鏡に憧れる。

 私は特に意味も無く、彩子さんに手渡す事の無かった、自分が選んだプラスチックフレームの赤い眼鏡をかけた。そして所々に設置してある、鏡の前へと顔を持っていく。

 そこには、意外にも眼鏡が似合っている私の顔が、映しだされた。

 眼鏡はやはり派手ではあるが、嫌味が無く、違和感も無い。こんな顔をした女性、既にどこかに居そうである。

「あっ! 千香さんそれ、似合ってますね。女子力アップしてますよ」

 礼奈ちゃんが、太陽のように明るい笑顔をパァッと作り、私の目をまっすぐ見つめ、そう言ってくれた。

「えっ? えっ? えっ? えっ?」

 私は突然の事に、困惑する。

 自身の容姿を褒められた事なんて、今まで一度だって無い。

「似合ってます似合ってます。わぁー派手な眼鏡が似合うんですね。印象がガラッと変わりましたよ。美人秘書っぽいです」

「びじびじあわわわわ……! そんな……そんなこと」

 私は今、気が動転している。とてもパニクっている。

 北海道一可愛い子が、まっすぐな目で私を見つめ、ガチのマジで、褒めてくれている。

 どう返事を返せばいいのか、分からない。

「でも今は、休日のOLって感じです。服装がそんな感じです。もっとビシっとしたの、着たらいいと思いますよ」

「びびびびび……ビシっとしたの、ににに似合わないんだぁー……オチチがががが大きくてててて」

「ふはっ」

 私の後ろで、松本君が笑っている。どうやら私がテンパっているのが、面白いらしい。

 畜生ちょっと容姿がいいからって人の事を笑いやがってぇっ……!

「わわわわ笑うなぁっ! オチチでかすぎて、目立たせないために、こういう服しか着れないんだよぉっ! ブラも全然サイズ売ってないんだからっ! 肩もこるし、大変なんだからっ!」

 私は松本君のほうへと振り返り、顔を指差してそう言った。

 しかし松本君は、今まで見た事の無いほどに、ほぐれた表情で、笑っている。

 うわぁー……なんか、凄いな。なんか、凄い。

「いや、俺もそう思う。ビシっとした服、着たほうが絶対似合う」

 その言葉を聞いて、私の脳味噌は、停止した。

「あば……ばばばばホルスタイン千香って呼ばれるー」

「……呼ばねぇよ」

 顔が、熱い。熱い。汗が出る……。

「ホルスタ……? よく解りませんけど、その眼鏡と、おっきいオチチで、悩殺ですっ!」

 礼奈ちゃんがそう言い、松本君が「……誰をだよ」と、小さな声で、そう突っ込んでいた。

 初めて二人が言葉を交わしたと、思う。会話と呼べるかどうかは、謎だが。

「ひぁー……じゃあ私も眼鏡かおー……これくださーい」

「買うんですか!」

「買うのかよ」

 私は必要の無い眼鏡を買う事を決意した。

 こんな気持ちは、初めてだ。必要の無いものを、買うなんて、初めてだ。

 ……いや、必要の無いものでは、無いの……か?

 よく、分からない。とりあえず携帯電話から発せられているブルーライトから目を守ろうと、思う。

 私の今の服は、良く言えばゆるふわ。悪く言えば、ダボダボ。

 こんなんじゃ駄目だ。うん、二人からあれだけ言われるって事は、駄目なんだと思った。

 この後、服を買いに行こう。絶対、行こう。そう決めた。


 私と彩子さんの眼鏡が仕上がるまで、四十分と言われた。そんなに早く出来るものなのか。凄いぞ眼鏡屋さん、見事にお客様のニーズに応えている。

 私達は時間を潰すために、眼鏡屋さんの前にある、大きめな洋服屋さんへと入ってきた。私は、ビシっとした服を探すため、キョロキョロと目を動かす。

「千香ちゃん、なんで眼鏡買ったの?」

 彩子さんが当然の疑問を投げかけてくる。それを言われても、困る。私自身、よくわかっていない。

「んー……なんか良くわかんないけど、なんか買っちゃった。でもほら! ブルーライト! ブルーライトが防げるんだよ! すごいね科学の進歩! あのブルーライトが防げちゃうんだよ!」

 ブルーライトが、どう目に悪いのかすら分からないが、とにかくごまかすためにブルーライトを連呼した。

 しかし彩子さんは、目を細めて、私の顔をジィーっと見つめている。口元はうっすらと、笑っているように見える。

 なんだろう……心の中身を見透かされているような、気がする……。

「色気づいたな、お主」

「はうあっ! そんな事無いよそんな事ないっ! 興味無いって言ったでしょっ! ふっ……服見よう! 礼奈ちゃんが! 礼奈ちゃんがね! ビシっとした服が似合うって言ってくれたんだよっ! 礼奈ちゃんがねっ!」

「あ、はい。そうですよ、千香さんはおっきいオチチを強調したような服を着たほうが、絶対にいいですから」

「そうそうオチチを強調させるんだよっ! あれっ? 強調させるんだよねっ? あれっ?」

 なんだか、凄くテンパっている。自分が何を言っているのか、よくわからない。

 こんなに簡単に、テンパッてしまうなんて……恥ずかしい事この上無い。

「強調させて、どうするつもりなんだか」

「ねー彩ねぇ。どうするつもりなんだろうね」

 ああああああ……頭が沸騰するぅ……。

 どうするつもりなんだろう、私……。

「とりあえず、ダボダボの服はやめようね。大人っぽく、ブラウスにしてみよう」

「ブラウス……ブラウスいいよね、ブラウス、いいよ……」

 どうやら、私は、熱が出てきたようで、頭が、クラクラと、する……。

 眼鏡が出来るまで、耐えられるだろうか……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る