その③ 彩子の友達
私は診察室から出て、待合室に居る礼奈ちゃんの元へと向かった。
私を見つけた礼奈ちゃんはハッとした表情をして、私の顔を見る。
「さっ……彩ねぇっ」
礼奈ちゃんは早足に私の元へと駆け寄り、私の左目付近へと手を差し伸ばした。
「ふふふ」
私は思わずそんな気持ちの悪い笑い声を発し、右目をつぶり、ウインクをする。
ついに今日の診察で、左目の眼帯が取れた。まだ眼球のほうは綺麗になりきってはいないが、目の周りの腫れは引き、変形する事もなく、元通りになっていた。
正直、眼帯を外して自分の顔を鏡で見た時は、ちょっと感激してしまい、無愛想な医者が神様に見えてしまったほどだ。
やはり、継続は力なり。ちゃんと薬を飲み、目薬を刺し、睡眠を取っていれば、怪我なんてものは、治るように出来ている。
しかし視力は、やはり右目に比べて、落ちているらしい。右目が一.〇なのに対し、左目は〇.二から〇.三。乱視だと診察されてしまった。
それも、一過性のものかも知れないし、今後良くなるかも知れない、と、曖昧でいい加減な事を言われ、私の中で神様からヤブ医者に降格させた。
しかしどうも、乱視とはそういうものらしい。疲れで出る場合があり、昼間と夜とでは、視力自体が変化するそうだ。
「よかったぁ彩ねぇ……目の周り、凄く綺麗に治ってる」
「周りはね。眼球はまだきちゃない」
私がそう言うと、礼奈ちゃんは「ううん」と良い、首を横に振った。
「なんか、写輪眼みたいで格好いいです」
「あ、写輪眼は知ってるんだ」
「知ってました。それに彩ねぇ黒目大きいから、そんなに目立ってませんよ」
礼奈ちゃんがニコッと笑顔を作り、私を慰めてくれた。
その心遣いが、ただただ嬉しい。私は思わずニヤケて、礼奈ちゃんの腕を掴んだ。
「お薬貰って診断書貰ったら、眼鏡買いに行こっ。なんか、負担をかけないために、あまり度数が強くないのが良いって言ってた。左右の視力のバランスが悪くなると、悪い方の視力に近づいちゃうんだって」
「あ、はい。メガネ屋さんって、どこにありますかね」
眼鏡屋さんというだけならば、地元の商店街にも、この病院の近場にもあるだろうが、どこも入るのに敷居が高い気がする。そして値段も、高いような気がする。
将来的に外す可能性もあるのなら、そう高級なものを用意する必要は無い。慰謝料としてメガネ代を請求する事も出来るのだろうが、旅行のお陰で手持ちのお金が、あまり残ってはいなかった。
母親は病院代と言いつつ、デート代として余計にお金を渡してくれていたが、それにはあまり手を付けたくはない。
「そうだなぁ……困った時の、ショッピングモールだね」
「あははっ。やっぱりそうだと思ってました」
「デートしよっデート。シュークリーム食べながらぷらぷらしよーっ」
「ふふふっ。ウチのルールで、食べ歩きは駄目なんじゃなかったっけぇ?」
待合室でイチャイチャしながらそんな雑談をしていると、受付のほうから「岩本さん、岩本彩子さーん」という、少しやっかむような声が聞こえてきた。
新しい薬と診断書を貰い、私と礼奈ちゃんは病院を後にし、ショッピングモールへとやってきた。
本当に、困った時の、ショッピングモールだ。ここには何でも揃っており、大抵の用事をここで済ます事が出来る。
だから、高校時代の同級生や、会いたくはないが、大学の元友人達と鉢合わせする可能性も、高い。
しかし、まぁ、そんな事はあまり気にする必要は無い。高校時代の同級生はまだしも、大学の元友人は、無視をすれば済む話だ。向こうだって、話しかけにくい筈。
「あっ! ああああっ! 彩子さんだぁーっ!」
話しかけ、にくい、筈……なのだが、早速、聞き覚えのある、大きな声が、聞こえてきた。
その人物は、私へと駆け足で向かって来て「うわっ! 目治ってる! あれ? あっ! 治ってないっ!」と、私の左目を指差している。
「相変わらず、声おっきいよ、千香ちゃん」
その娘の名前は、前田千香ちゃん。大学で現在、唯一仲良くしている娘だ。
無神経とか有神経とかでは無く、千香ちゃんは、天然。しばらく会っていなかったが、どうやら相変わらずのよう。
服装も、少しセクシーなものを着てみたら? とアドバイスをしたはずなのだが、野暮ったいセーターを今でも愛用している。
話しを聞いていないようで、聞いているようで、やっぱり聞いていない。
「あぁっ……ごめんね、彩子さん。あっ!」
千香ちゃんは再び、驚いたような表情を作り、また大きな声を出して、礼奈ちゃんを指差した。
礼奈ちゃんは戸惑ってしまっているらしく、少し苦笑いを浮かべている。
「この娘っ! この娘が例の彼女さんっ? うっわーすっごーい! すっごーい美人っ! 彩子さん学校一可愛いけど、この娘は北海道一可愛い! もしかしたら日本一かもねっ!」
「あはは。声でけぇっつーの」
「あは……」
私と礼奈ちゃんは、二人揃って引き笑った。
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