そして人は蟲になる

NUJ

第1話

 それはある事件から始まった。

 15歳の少年、ルドルフ・アーチャーが公園のベンチに座ったまま動かなくなった。彼は両親によればそれより以前から体の節々の痛みを訴えてたと言う。そして食べ物の好き嫌いも変化し、おかしいと思っていた頃に、その事件が起きた。

 石のように硬いルドルフを見て妙に思った近所のおじさんが救急車を呼んだ。しかし彼の心臓はすでに停止していた。口も石のごとく閉ざされていたので人工呼吸は難しく、電気ショックを流したものの、彼はもう動く気配すらしない。

 前例のない事態に困惑した医者は、両親の許可を得て切開手術をすることにした。まだ腹が柔らかかったので、医者が丁寧にその皮膚を切り開いた時、彼は悲鳴をあげて後ずさりした。その中は見た事もない臓器が隠されていたのだ。まるで、虫の腹のような、細長い黄緑色の。



 そんなルドルフ事件も5年前の話。彼と同様の事件が次々と各地で現れ始めた。発症者は殆ど第二次性徴を迎えようとする男女である。硬化した身体を切開すれば、それはまだ未熟な軟体であったものの、明らかに手足が節足動物の形状をなしており、人非ざる何かに変化しようとしていた事が明らかとなった。


 「・・・それで、」

 社会の豊久先生が咳払いする。

 「この奇病の解明にアルトゥール・ベルリニツェ博士は全力を注ぎました。その結果、変異したウイルスがヒトの遺伝子を改造していることがわかったのです。皆さんもご存知かもしれませんが、このウイルスは世界中に蔓延しています。ただ、全員が変異するわけでもなく、体質によって感染するかしないかは様々な様です。」

 チャイムが鳴る。

 「あー、今日の授業はここまで。皆さんにとっても大事な事ですから、ようく勉強してくださいね。」

 佐鞍さくらトオルは教科書とノートを机の中にしまう。

 「トオルくん!」

 目の前に現れたのは佐鞍トオルの近所の幼馴染、琉田るだルリだ。

 「なんだい。ルリ。」

 「今日の授業、トオルくんが昨日ツイッターで紹介していた記事とほとんど同じだったね!」

 「『奇病ルドルフ病の実態とは?』だっけ。あっちの方が詳しいよな。」

 「そうそう。」

 「卵の写真気持ち悪いよな。」

 「うん。沢山糸からぶら下がっててね。」

 「うん。」

 「でもね。」ルリはちょっと目を背けた。「私、年上のお友達がいたんだけど、昔、あの子も変異しちゃったの。」

 トオルはおもわず言葉を失った。ルリは言葉を続ける。

 「あれ思い出してちょっとつらかったよね。」

 「そうか・・・。」

 ルリは窓を見た。トオルも窓を見た。空には人になった虫、通称ヒトムシが群れている。キャアキャア、ワアワアなどと嬌声が聞こえる。

 「私たちも14歳ね。」ルリが言った。

 「うん。」

 「私たちのクラスも何人かああなっちゃうのかな。」

 「そうね。この前僕があげた記事でも、変異者の割合が増えてるって噂があるじゃないか。」

 「ええ。」

 「僕たちもなるかもよ?」

 「怖い事言わないでよ。」

 「だってさ。」トオルはため息をついた。「普通だったら抗体がつくと思うんだよ。だけど人間の細胞は、この変異をだんだん受け入れてるみたいなんだ。もしかしたらこれは、次の人類への進化に過ぎないのかなあ。」

 「めんどくさ。」今度はルリは鼻でため息をついた。「そんな話題、どうでもいいや。」

 「すまないね、僕の悪いくせだ。」トオルは頼りなさそうな笑みを浮かべてルリを見た。

 「いいよ。でももうこの話題いいや。ちょっと楽しい話しようよ。」

 「ああ、そうだな。」

 チャイムが鳴る。

 「あ、次の授業。」

 「そうだね、じゃあね。」ルリはそう言って元の席にもどっていく。僕は再び窓の外を眺める。空は相変わらず騒がしい。

 

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