5-5. 記帳

 みんなはしゃぎ過ぎたのか、帰りのバスの中は静かだった。

 私――久東花音は、そんな中、メモ帳を取り出し、遠足で思いついたネタを記していた。


「おーぃ、花音?」


 通路を挟んで隣の座席から遥斗が呼びかける。


「何、どうかしたの?」

「いやー……、武彦が寝ちまって、暇になったっていうか……」


 窓側の席を見ていると、武彦が口を開けながら寝ていた。

 私は書き留めていたメモ帳を閉じた。


「つまり、時間潰しに私とお話をしようっていうこと?」

「まぁ、そういうことだ」

「それだったら、葵さんたちと――って、寝てるわね」


 私の一つ前の座席に葵さんと優里が座っているが、二人とも疲れきって寝ていた。


「わかったわ、話し相手になってあげる」

「お、サンキュな」


 私は手にしていた黒いボールペンを遥斗に向ける。


「あなたって、勇気と覚悟の違いって知ってる?」

「はぁ? 急になんだよ?」


 私が質問した内容が唐突すぎて、頭をかしげる。


「知ってるかって聞いているだけよ、勇気と覚悟の違いを」

「んー……、なんか同じように感じるんだけどな」

「それじゃ、何のために二つあるのよ? 意味ないじゃない」

「それもそうだな」


 そう言って、少し困った顔をする。


「で、結局はわからないっていうこと?」

「そういうことになるな」


 なんとなくそうだろうと思っていた。


「それじゃ、私がわかりやすく例えてあげる」

「え……」

「何? 不安?」

「ま、まぁな。お前の例えって……な?」

「そっ! そんなことないわよ……」


 大きな声で言いそうになってしまったが、ぐっとこらえた。


「まぁ、言ってみろよ」

「そうね……、こういう二つの違いを例えるのには、文で表したほうが受け取る感じが違ってくるのよ」

「と、言うと?」

「それじゃあ……、RPGとかのゲームで、ダンジョンの奥へ進む勇気と、ダンジョンの奥へ進む覚悟。伝わってくる感じが違うと思うんだけど」


 遥斗は私の発言に頷く。


「確かに。勇気のほうは勇敢に先に進むぞっ! っていう感じがして、覚悟のほうは、奥にボスがいそうな感じだ」

「そう、それよそれ」

「お前の例えも時にはちゃんとしたもんになるんだな」

「う、うるさいわねっ!」


 そう、勇気と覚悟には違いがある。

 勇気は、先のことを考えず、自分の意志を貫き通そうとする。

 覚悟は、物事が起こりうるであろう状況を予想しながら、先に進もうとする。

 この二つは、似ているようで若干異なるもの。


「こらっ、お前ら、周り寝ているから、少し静かに」


 沢嶋先生が私たちのところへ来て、注意を促した。


「うーん……、それじゃ、俺も寝るかな」

「そう」


 遥斗はそう言って、体を正面に向けて目を閉じた。

 私はそれを見た後、メモ帳を再び開く。

 そこには、こんなことが書かれてある。

『恋に、まず必要なものは、告白する勇気と振られる覚悟である。

 相手を気遣ってはいけない、相手が告白する時点で、相手には振られる覚悟があるのだから。

 だから、自分の気持ちを正しく相手に伝えることが大切なのだ』

 私はその次のページを開き、黒のボールペンで書き記した。

『主人公はクズとかではない。ちゃんと考えを持っている。

 タイトルの変更が必須。ひどいタイトルではなく、もっとこう――――』

 メモ帳とボールペンをしまい、遥斗のほうを見て、こうつぶやいた。


「お疲れ様、主人公――」

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