#5

5-1. 決意

 あの出来事以来、葵は朝、俺の家に来なくなった。

 学校でも、俺や花音や優里とは話をすることなく、過ごしていた。

 あのあと、追いかけていった優里は、葵と話すことはできたものの、ちゃんと伝わったかわからない、ということらしい。

 そして、学校の遠足――決意の日がやって来た。


   ◇


 俺は上下黒のジャージを着て、中にはあのとき買ったピンクのTシャツを着て、小さなカバンを持って、家を出ようとしていた。


「お兄、忘れ物ない?」

「あぁ、大丈夫」

「そう?」


 遥奈が見送りがてら、荷物の確認をしてくれていた。


「……あのね、お兄」

「どうした、遥奈?」

「最近葵ちゃんが家に来ないから、電話してみたの」

「――っ!? それで?」

「そしたら、葵ちゃんね、『もしかしたらもう、二度と行けないかもしれない』って言ったんだ」

「そうか……」


 遥奈は、俺の胸に飛び込んで、瞳を潤ませながら、口にする。


「いやだよぉ……、また葵ちゃんと会いたいよぉ……」


 俺は、泣きじゃくる遥奈の頭をやさしく撫でる。


「大丈夫、今日お兄ちゃんがちゃんと話してくるから」

「大丈夫なの?」

「大丈夫かどうかはわからないけど……、俺の思いをちゃんと伝えるつもりだ」

「それじゃ……、私の思いもちゃんと届けてね」

「任せろ」

「う、うん、よろしくね、お兄」


 遥奈は涙を拭い、笑って俺を見送ってくる。


「じゃ、お兄、いってらっしゃい」

「あぁ、行ってくる」


 ――今日こそ、ちゃんと俺の気持ちを伝えるんだ。

 俺は胸元をぎゅっと強く握り、歩き出した。


   ◇


 今日は遠足ということで、学校近くの広い道路脇の駐車場のところを貸してもらって、集合場所となっていて、そして、生徒はみんな私服で来ている。

 集合場所へ行ってみると、そこには生徒たちがもう半分くらいが集まっていた。

 俺は知っている奴らを探していると、自分のクラスが集まっているところを見つけた。


「沢ちゃんー、今日着ている服、気合入れているでしょ?」

「そ、そんなことないわよ!」

「本当? ちょっと如何わしいんじゃないのかな?」

「こ、こらっ! 教師をいじるのをやめなさいっ!」

「沢ちゃん先生、焦りすぎだよ」

「そうだよ、沢ちゃんまだまだ若いんだから」

「も、もう……」


 と、沢嶋先生がいじられているのを片手に、俺は先に到着していた花音たちのところへ行った。


「おはよう、花音、優里」


 花音はこの前とは一見変わって、ジーパンに、黒いTシャツを着ていて、ボーイッシュに決めている。

 変わって優里は、黒のチノパンにグレーのVネックにピンクのショートジャケットを着ている。


「おはよう、遥斗――っ、あら、だいぶ決めてきたんじゃない?」

「おっはよー、遥斗! おぉ? 首元からみえるピンクが目立っているんじゃありませんかぁ?」

「まぁな。今日、ちゃんとこの問題にケリをつける」


 俺は花音、優里を順に見て、決意を示す。


「まぁ、せいぜい頑張ることね……、ちゃんとフォローするから」

「私もちゃんと協力するから、安心せいっ!」


 優里はそう言うと、俺の背中をいつもより強く、一発気合の入ったビンタが襲いかかる。


「――っいてぇな……。でも、ありがとな」

「へへっ、私たちの分までよろしくな」

「おう」


 俺はそういうと、あたりを見渡して、葵を探し始める。


「篠木さんなら、まだ来てないわ」


 誰を探しているのか見抜かれたらしく、花音が言ってくれた。


「そっか……」

「でも、ちゃんと来るよ、あの子」


 優里が迷いのない声で、言ってくれた。


「どうして、そんなこと言えるんだ?」

「いやー、だって、伊達にあの子の親友してないから」


 ――そうだ、葵は、こんなときでも、逃げないやつだ。

 心配していた自分が恥ずかしい。長い間、幼馴染をやってきたのだから。


「おー、遥斗ー、もういたのか」


 クラスの集まりの中から武彦がこちらへ近づいてきた。


「まぁな」

「そうかい、そうかい。……で、篠木さんはどこなんだ?」

「いや、葵とは一緒に来ていない」

「ふーん、そうか……。悪いな、変なこと聞いちゃってよ」


 ――たぶん、武彦も最近俺が葵と話していないから違和感を持っているんだ。


「いいよ、別に」

「ならいいけどよ――っと、その前に」


 武彦は首にかけているカメラを手に取り、自分と俺の間から、女子の写真を撮ろうとし始める。


「……武彦、お前だけは、変わってないな」

「ん? なんか言ったか?」

「……いいよ、別に」


 武彦はカメラごしにシャッターを切り続けている。

 俺がそーっとその場所から去り、巻き込まれないようにする。


「あ、あんた、何しているのよ!」

「やだ、こいつ、眞柄だわ」

「マジ!? あの盗撮魔それってやばくない?」


 女子に気づかれた武彦は、俺に助けを求めようと駆け寄ろうとするが、俺は武彦を見捨てて、無事を祈ることにした。


「この、人でなしぃぃぃぃぃぃぃっ!」

「お前は、社会的にどうなんだよ……」


 後ろで、武彦の悲鳴を聞きながら、俺はため息をつく。


「あら、遥斗ったら、実は紳士だったりするの?」


 花音が俺のところに来て、先程までの武彦とのことについてちょっかいを出してきた。


「いや、俺は犯罪者の片棒を担ぎたくなかったまでだ」

「まぁ、そういうことにしてあげるわ」

「……そういうことってな、俺はまったく関係ない」

「ふふっ、そうだったらいいんだけど」

「おいおい、俺を信用しろよ」

「あら? 私はあなたを信用しているつもりよ?」

「そ、そうか」

「ええ、そうよ」


 花音が迷いのない眼差しで、俺を見つめる。


「そ、そっか……、悪かった、信用しろとか言って」

「いいわよ、別に。信用なんていつでもなくなるものだし、創り上げることもできるから」


 そう言い残して、花音は優里のところへ戻っていった。

 ――あれは、俺への声援だったのかな?

 と、考えをしていると、後ろの方々が静かになったので、振り返ってみると、そこにはカメラを壊されてしまった武彦の姿があった。


「オウ、ノー、私の、マイキャメラが……」

「大丈夫、眞柄くん? さっきどたばたやってたけど、何かあったの?」


 武彦のところへやってきたのが、葵だった。

 葵は、ズボンに水色のTシャツに、ふわふわした白いジャケットを着てきている。


「あ、篠木さん……」

「ありゃりゃ……、カメラボロボロじゃん」

「うぅ……」

「何があったかわからないけど、ご愁傷様」


 と、言い残して、女子の集まっているところへ行こうとしたところで、俺と目線が合う。


「あ、葵――」

「――――っ」


 葵は俺の言葉を無視して、さっさと女子の集まりへ行ってしまった。

 ――ダメか? でも、諦めない。

 俺は今日、ちゃんと言うって決めたんだから。


「おーぃ、お前ら集まれー」


 沢嶋先生が受け持つクラスの生徒たちを呼び始めた。

 俺は魂が抜けている武彦の腕を引っ張り、クラスの人だかりへと向かっていった。


   ◇


 バーベキューをやるところまではバスで移動するらしく、俺たちはバスに乗って移動をしていた。

 バスの中では、武彦の隣に座り、カメラが壊されて意気消沈しているこいつを、呆れた眼差しで見つめていた。

 葵は何をしているか見てみると、隣には優里が座っていて、何やら話をしているように見えた。

 何の問題もなく、ただ目的地へ着くことを、俺は祈っていた。

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