5-2. 勇気
「さぁ、着いたぞぉ!」
クラス一同がバスを降りたところは、森林の入り口だった。
「沢ちゃん先生? あの、ここにバーベキューするところあるんですか?」
「いや、ここを登るの」
「「「「ええっ!?」」」」
「沢ちゃん先生、そんなの聞いてないよー」
「どうして、こうなっているんですか!?」
「他のクラスのバスが見当たりませんが!?」
クラスのみんながざわつき始める。
「あー、いやー……、そのー、この前、肉の質がいいところか、設備がいいところかって、多数決取ったじゃないか」
確かに、そんな多数決を取った覚えがある。
「それでうちのクラスだけ、肉の質がいいところっていうわけで、ここになったわけ」
「ちょっと待ってよ、先生! 場所がどこにあるかぐらい把握できてたんじゃないんですか?」
ある生徒が質問をする。
「…………言うのをすっかり忘れていましたっ!」
みんな、唖然とする。
「まぁ、いいじゃないか、この程度の運動は、腹の隙間を空けるためにあるっていうことで」
沢嶋先生は笑いながら、自分の腹を叩く。
「さ、沢ちゃん先生、実は、少し……体重が増えたの?」
「…………お前ら、さっさと行くぞ!」
沢嶋先生が、入り口にある階段を駆けて登り始めた。
「図星だったのね――って、沢ちゃん先生、待ってよ!」
沢嶋先生に続いて、クラスのみんなが階段を登り始める。
「俺たちもいくぞ、武彦」
俺はまだ落ち込んでいると思った武彦を引っ張り、連れていこうとしたが、
「いや、ちょっと待ってくれ」
武彦は、その場を動かず、じっとしていた。
「どうしたんだ? 置いて行かれるぞ?」
「俺はお前とちょっと話がしたい」
武彦がただごとではない真面目な顔をしていた。
「なんだよ、話って」
武彦は俺の顔を直視しながら、口を開く。
「この前、泣いている篠木さんから、電話をもらった」
「……」
――たぶん、あのデートのときのことだろう。
「俺はあの時、どうして篠木さんが泣いているかわからなかったし、内容が久東さんと優里さんが街にいるという情報だったから、どうして俺に連絡したのか、余計にわからなかったんだが」
武彦は俺を睨みつけるように、鋭く視線を俺に向ける。
「この数日のお前らの態度を見ていると、察しがついたよ。――お前、篠木さんと付き合ってたんだろ?」
俺は静かに頷く。
「やっぱりな、それでいざこざになって、こういう状況っていうわけか」
武彦はため息をつく。
「……それで、俺に用があるのか?」
俺が武彦に尋ねた。
「まぁ……な、つまり俺の出番ってことだ」
「というと?」
「篠木がお前や久東さんや優里さんの口を聞かなくなってしまったら、残っているのは俺だけだろ?」
「!?」
「まぁまぁ、そんなに驚くなって。ぶっちゃけると俺が篠木さんと遥斗を一対一で合わせるように手を回してやるから、ちゃんと話をつけてこいっ! ってことだ」
「武彦、お前……」
「いいってことよ、なぁに、静かなバーベキューなんか俺は願い下げだ、どうせなら、賑やかにやりたいっていうだけだからさ」
武彦が俺の肩に手を置き、
「まぁ、そこんところ、いっちょ頼むわ」
「――任せろ」
「よーし、そうこなくちゃ! さて、早く行かねえと、置いていかれるぞ!」
武彦は俺を置いていき、階段を登り始める。
「お、おい、ちょっと待てよ!」
俺も武彦を追いかけて、階段を駆け登る。
――武彦、ありがとな。
◇
「おい、眞柄と鎌瀬、お前ら遅すぎるんだよ」
バーベキューの会場に着いたと思いきや、始める前に沢嶋先生のお説教をもらっていた。
「いやー、ちょっとこれには事情がありましてね……」
「この馬鹿たれが……、でもまぁ、今日のところは許してあげる。早く自分の班のところへ行きな。女を待たせちゃいけない」
「それって、自分の体験――ぐふぇっ」
「おーと、済まない眞柄、ちょっとゴルフの練習してたら、当たってしまった」
「そ、そうですか……。あはははっ」
武彦は腹を抱えながら、俺たちは、自分の班――花音たちのところへ向かった。
「すまん、遅れた」
行ってみると、三角巾にエプロン姿の優里が立っていた。
「やっときたか、遅いぞ、てめぇら!」
不意に手に持っていた包丁を俺たちに向けてきたので、俺は背筋が凍りついた。
「お前な、包丁を人に向けるなよ」
「おおっと、悪い悪い」
優里は包丁をまな板の上に置く。
「優里さん、そう言えば、久東さんと篠木さんは?」
「あぁ、花音だったらライターを受け取りに行ってて、葵っちは食材を洗ってもらってるよ」
「……ちょっと待って、火は木とかを燃やすのか?」
「うん、なんかそうらしい」
優里はケロッとそう言う。
――どれだけ肉に費用使ってるんだよ。
「それじゃ、俺は久東さんの様子見に行ってくるから、遥斗、お前は食材洗うの手伝ってやれ」
「うん、私もそれでいいと思うよ、それじゃ、遥斗、いってらっしゃーい」
武彦と優里はお互いに親指を立てて、俺を励ます。
「――ありがとよ、武彦、優里」
俺はそう言い残して、水道に――葵のところへ向かった。
水道の近くを差し掛かると、葵が戻ってくるところだった。
「あ、葵!」
葵もこちらのことに気づく――が、無表情のままで、俺のところへ近づき、
「野菜、洗い終わったから」
と、言って、さっさと班のところへ戻っていく。
「ちょ、ちょっと待てよ」
俺が呼び止めても、相手にしてもらえず、行ってしまう。
俺は葵のあとを追いかけて、自分の班へ戻っていった。
「はい、優里。野菜洗ってきたから」
「おうおう、ありがとよ、葵っち」
「それじゃ、私、野菜切るわね」
「あ、あぁ、それよりやってもらいたいことが」
葵と優里が話しているところへ、俺が戻ってくる。
「なぁ、葵、置いていくなよ」
「私は、置いてった覚えもないし、一緒に行った覚えもないから」
「ちょいと、葵っち、冷たいんじゃないのかな?」
「そんなことより、私にしてほしいことって何?」
「あ、いや……、その……」
優里はあたりを見渡し、仕事を探している。
「何もないなら、野菜切りますね」
「ちょ、ちょっと――」
すると、向こうから花音と武彦が戻ってきた。
「ライター、もらってきたわよ」
「お、それじゃ、いっちょ、この新聞紙を思い切って燃やしちゃってくださいっ!」
優里は花音に新聞紙を手頃の大きさに破ったのを渡した。
「おっと、その仕事は俺がやりますから」
と言って、武彦がライターと新聞紙を受け取ると、躊躇なく新聞紙に点火した。
「よしよし、燃えて――ってあっちぃっ!」
そう嘆きながら、木炭が入れられてるコンロのなかへ投入した。
「……どうだ?」
俺が火をのぞき込んでいる武彦に尋ねる。
「ん~。俺もこの手のことは初めてだからなんとも言えないが……。少し火が弱いかな。ちょっとそこのお二人さん、木炭持ってきてくれないか?」
「二人って、私と遥斗?」
武彦に向かって葵が言い返す。
「そうそう、そういうこと。頼むわ、俺はこれが消えないようにしているし、優里さんは優里さんでエプロン姿だし、久東さんは向こうで使った道具の片付けしてくるからさ」
「……それだったら、仕方がないわね」
そう言って、葵は木炭を取りに行った。
俺も葵を追って、走ろうとすると、花音が横に立って、こうつぶやいてきた。
「ちゃんと言ってきなさい、選択肢は間違えないでね――私みたいに間違えると取り返しの付かないことになるから」
「――花音、お前」
「いいから行きなさい!」
俺は花音に背中を押され、葵の元へ走っていった。
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