4-3. 嗜好
服の専門店街が並ぶところへ行くと、そこには女子たちがたくさんいた。
「さすがに賑わっているね」
「そ、そうだな……」
休日に普段こういう場所に行ったことがない俺にとっては、少し難関な場所なのかもしれない。
――こんなに人が多いと、同級生に会ったりしないか?
そう思って足が進まない俺と反し、葵はずかずかと進んでいく。
「はやく、こっちこっち」
「おう、ちょっと待てよ」
俺は人を避けながら、葵の元へ行く。
よく見ると、女子だけではなく、カップル連れや家族連れも多いみたいだ。
「ねぇ、思ったんだけど」
「ん?」
「遥くんの服って、自分で買っているの?」
「あぁ、これか? これはいつも遥奈を連れて、買いに行っている。俺が選ぶより、
遥奈に選ばせたほうが正解だと思ってさ」
「へぇー、そうなんだ」
「前行ったときに、ピンクのダウンを着せられたのは驚いたぜ」
「ふーん、遥くんにピンクか……」
葵は何やら考え始めてしまった。心なしかものすごく真剣に考えているように見える。
――なんか、身の危険を感じるのは、気のせいであろうか。
「よし、それじゃまず、遥くんの服を見てみようか」
「え?」
葵は俺の手を握って、俺をメンズの場所へ連れて行く。
「ほら、こっちこっち」
「おいおい、ちょっと!」
俺は連れられるままに、葵のあとを着いていく。
◇
「遥くん、このピンクのTシャツなんてどうかな?」
葵は目を輝かせながら、俺に手に持っているピンク色のTシャツを押し付ける。
「と、とりあえず合わせてみればいいんだな?」
葵は二回頷く。
俺は羽織っていたジャケットを脱いで、葵のピンクのTシャツをあててみた。
「……どうだ?」
葵は少し後ろに下がり、全体を見る。
「――うん、可愛い」
「か、可愛いか……」
「そうだよ、でも、少しかっこいいのかも知れないね」
「……そうなのか? 男としては、ピンクって女子が着るっていう印象しかないもんでな」
「え? 違うよ、今の男の人でも、ピンクを着ている人はいるよ?」
「……そっか、そうじゃなかったら、売ってないもんな」
「そういうこと」
葵は再び、俺に着せるために、店内のものを物色している。
俺は深いため息をして、目の前をみてみると、少し離れたところで花音と優里を見つけた。
二人とも、口を抑えながら、笑いをこらえているように思えた。
――やっちまったな、俺。
俺は二人にこのことをネタとして扱われないことを祈りつつ、あてていたTシャツをたたみ、元の場所へ戻した。
「ねぇねぇ、遥くん、このTシャツなんてどうかな?」
葵が戻ってきて、手にしていたのは、またしてもピンクのTシャツだった。
「お、結構、デザインいいんじゃないか、それ」
「でしょでしょ? ほら、つけてみて」
そう言われたので、俺がそのTシャツを手にしようとすると、葵は手放さなかった。
「ん?」
「――遥くん、もう少し近くに来てくれないとあてることできないじゃん」
「さっきは自分でやったぞ!?」
「いいからっ!」
俺は葵に近づくと、葵は手に持っていたピンクのTシャツを俺にあててくる。
俺の目の前には、葵の顔があり、葵は恥ずかしそうに、頬を染めていた。
「……私があててたら、みれないじゃん」
「今さらかっ!?」
俺は葵からピンクのTシャツを受け渡してもらい、鏡の前に立ってみる。
「ホント、これいいじゃないか」
「そうでしょ? 遥くん黒ずくめだから、色加えてもいいかなって思ったんだ」
葵は照れくさそうに言う。
「それにしても、いい線いっているぞ。結構俺こういうデザイン好きだし」
「えへへ、だって彼女だもん」
「そ、それもそうだな」
俺たちは笑いながらそんな会話をした。
「それじゃ、俺これ買ってくるよ」
「えっ? 購入決定?」
葵は意外そうな顔をして、俺を見つめる。
「いや、だって、葵が俺に似合いそうなのを選んでくれたわけだし、失敗はないだろ?」
「え、でも……いいの、その色で?」
「なーに、お前が選んだ色で、似合っているんだったら、大丈夫だよ」
「そ、そう」
「そうだ――んじゃ、ちょっと待っててくれ」
「うん」
俺は近くにあったレジに並んだ。
少し並んでいたが、すぐに順番が回ってくるだろう。
並んでいる最中、俺は考えた。
――これはこれで結構楽しい。
でも、この楽しいは、幼馴染としての葵と一緒にいるのが楽しいのか、それとも、恋人としての葵と一緒にいるのが楽しいのだろうか。
そこで俺は悩んでしまう。わからない――けど、この答えが俺は知りたい。
探さなければならない、その答えを。
「次のお客様どうぞ」
「あ、はい」
俺は会計を済ませ、葵のところへ戻った。
「悪い、待たせたな」
「ううん、大丈夫だよ」
「それじゃ、次は葵の服を見に行くか?」
「えっ?」
「なんだ、嫌か? それだったら、他のところに――」
「ううん、いいよ、それじゃいこいこっ!」
俺はまた手を握られ、葵に連れていかれた。
◇
「ねぇ、遥くん、どうかな?」
今、葵が着ているのは、うすいピンク色のワンピースである。
胸に小さなリボンがついていて、スカートの丈は膝を隠している。
「い、いいんじゃない?」
「――もっとはっきりと」
「か、可愛いと思うよ」
「う、うん、良かった」
そう言うと、試着室のカーテンを閉め、
「そ、それじゃ着替えるから、ちょっとあっち行ってて」
「――わかった」
そう言われて、俺は少し試着室から離れる。
葵が試着室に閉じこもったところで、周りの目線が気になる。
――この場を今にも離れたいが、そうにもいかないんだろうな。
俺はじっとこらえて、周りを見渡す。すると、向こう側の試着室で、優里が俺に手を振っていた。
――なんだ?
すると、試着室から、うさぎの着ぐるみを着た花音が出てきた。
顔だけが出ていて、それ以外はうさぎの格好をしていて、うさぎの耳が少し垂れている。
それに加えて、花音が優里より背が低いが、より小さく見えて、第一印象としては、小動物を眺めるような、可愛さだった。
優里がにやにやしているのを不思議に思った花音は、俺の視線に気づくと、右手を握りしめつつ、顔を赤くしながら、試着室の中に戻った。
優里は腹を抱えて笑っている。
――ホント、あいつらいつの間に仲良くなったんだよ。
「遥くん、着替え終わったよー」
更衣室から葵の声が聞こえた。
俺が振り返ってみると、そこにはボーイッシュな服装を身にまとった葵の姿があった。
「ど、どうかな?」
「んー、正直言っちゃっていいか?」
「ど、どどど、どうぞ」
葵は恥じらいながら、回答を待つ。
「うーんとな、俺はそういうのが好きだけどな、葵が着るんだったら、なんていうか、ふわふわっとした感じのやつのほうがいいと思うんだ」
「そ、それって?」
「長年幼馴染している俺からの意見だ」
「……そう。長い間一緒にいる人の意見だったら、参考にしないといけないね」
そう言って、葵は微笑みながら、試着室の中に戻りカーテンを閉めた。
その刹那、葵の目に涙が輝いているような光が見えた――が、俺の見間違いだろう。
数分後、試着室から葵が自分の服に着替えて出てきた。
それから、試着した服を元の場所へ戻し行って、戻ってくる。
「それじゃ、どこ行こうか?」
「んー、そうだな……」
俺は携帯で時間を確認した。
「そろそろ、飯でもいいんじゃないか?」
「ん? 結構早くないかな?」
「いいや、十二時とかジャストで行くと、混んでいるのが目に見えている。それなら、少し早めに行って、混む前食べるのがいいんだよ、こういうのは」
「そうなんだ! それじゃ、ご飯食べに行こ」
葵が歩き出そうとするが、立ち止まって、俺の方を見る。
「ん? どうした?」
「あ、いや……、なに食べたい?」
「そうだな……、できればハンバーガーでいいか? 安いからさ」
「う、うん、そうだね、高校生にとって定食屋さんとか結構の出費だからね」
「それじゃ、混む前に行こうか」
「うん」
俺と葵は、隣を歩きながら、ファーストフード店へ移動した。
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