3-4. 変動

 翌日、俺は遥奈にいつもどおりに起こされ、朝食を食べて、支度をして、学校に出かけようとしていた。


「ってあれ?」


 玄関で靴を履いているとふと思った。

 ——なんで今日、葵が来ていないんだ?


「おはよー、葵ちゃ——ってあれ? ねぇ、お兄、葵ちゃんは?」


 遥奈もいつもどおりに挨拶をしかけて、葵がいないことに気づく。


「いつもなら来ていてもおかしくない時間だよな」

「うーん、風邪でも引いちゃったのかな?」

「でも、それだったら、携帯に連絡が来ているはずだよな」


 俺は携帯を取り出し、見てみると、何も連絡が入っていない。


「きっと、何か忙しくてうちに来れないのかも知れないよ」

「それもそうだな、それじゃ、行ってくるか」

「うん、いってらっしゃい」


 俺は遥奈の見送りで、学校へ向かった。


   ◇


「おはよーっと」


 俺は教室に入り、葵の席を見た。

 だが、そこには葵の姿がなかった。


「あ、遥斗、おはよー」


 武彦が俺に手を上げ、俺はカバンを自分の席へ置いてから、武彦の席へ近づく。


「なぁ、ちょっといいか?」

「ん? どうしたんだ?」

「葵がいないんだが、何かあったのか?」

「おいおい、それだったら、俺じゃなくてお前のほうがよく知っていると思うぜ」

「それもそうだな……」

「なんか葵さんとあったのか?」

「いや、別にそういうわけじゃ——」


 そのとき、教室のドアがばしっと音をたてて開いた。


「——鎌瀬遥斗っ!」


 ドアの音と声を出した人物を見てみると、そこには、遠野優里が立っていた。


「どうした、優里?」


 すると、優里が今までに見たことのない形相でこちらに近づき、


「——っ!」


 急に胸倉を掴んできた。


「おいおい、どうしたんだよ!」


 武彦が止めに入ろうと出してきた手を優里は振り払う。


「どう、したんだっ、優里……」

「——ちょっと、屋上まで来な」


 と、言って俺は引っ張られながら、優里についていくしかなかった。


   ◇


 屋上につくと、俺は近くの壁にたたきつけられた。


「ど、どうしたんだよ、優里……」


 俺が再度、優里に尋ねる。


「……どうした? それはこっちが聞きたいね」


 優里は、怒りのこもった口調で、静かに話しかける。


「昨日の夜、葵から電話をもらったんだ。出てみたら、葵、泣いてたんだよ」

「!?」

「事情を聞くとな、葵な、お前の妹から、放課後いつもうちに久東さんっていう人が来るんですが、お兄さんとはどういう関係ですかって、聞かれたらしいんだよ」


 ——昨日の夜って、遥奈が花音と一緒に家を出ていったときのか!?


「でな、葵、お前が久東さんと仲良くしててな、しかも放課後いつも家にあがらせて、何かをしているって聞かれて……、すっごくショックを受けてた」

「……そうか、それは、すごく悪いことをしたな」

「何なんだよ、お前はっ!」


 優里が強く、俺を壁に突き飛ばす。

 そして、優里は叫びに近いような声で、強く、言いつける。


「何なんだよ、お前は、葵と付き合っているんじゃなかったのかよ!」

「——なんでそのことを知っているんだ!?」

「そんなことはどうだっていいんだよ! それより、お前はどうなんだ! 久東さんとはどういう関係なんだよ!」

「——それはっ」

「なんだよ、はっきりしろよ!」

「——っ」


 俺が無言になると、優里は涙ながら、話しかけてきた。


「私は、葵が幸せになるならって、応援してたんだ……、だから、私は、葵の恋を応援してたんだ、そしたら、葵、泣いているんだよ。その相手が葵の彼氏だからって関係ない。私は、葵を泣かせるやつらを許さない」


 再び、優里は壁に——弱い力で揺さぶる。


「なぁ、答えろよ、答えろよ!」


 俺は、優里がどれだけ葵のことを思っているかを聞いて、思った。

 ——こいつは、葵のことを親友のように思っているんだ。

 本当に悪いことをしたと、自分でもわかった。

 だから、俺は、あのことを話さなければならない。


「——あのな」


 俺は、重い口から、今までのことを、包み隠さず、優里に話した。


  ◇


「——という、わけなんだ」


 すべて話し終えると、優里は俺を開放してくれた。

 優里は制服の袖で涙を拭きながら、


「——あんたって、最低ね」

「……あぁ、自分でもそう思うよ」

「そっか……」


 優里は一歩二歩歩き、空を見つめる。


「でも、ちゃんとどうにかしようって思っているだけマシかな?」


 そう言って、こちらを向いて笑ってくれる。


「遥斗の状況がどうなっているか把握できたわ、このことは葵には話さない、とりあえず、問題ないからっていうことを伝えるつもり」

「そっか」

「だーかーらー」


 優里は俺を指さし近づきながら、こう言う。


「ちゃんと、自分の口で伝えるのよ、あなたの気持ち」

「——おう」

「うん、それでこそ遥斗だな」


 優里は、笑っていた。

 やっぱり、優里は笑っているときが一番輝いている、とそう思った。


   ◇


 放課後、下校しながら、朝の一件を花音に伝えた。


「そう……、それじゃほとぼりが冷めるまで、私はあなたの家に行かないほうがよさそうね」

「だろうな……」

「仕方ないわよ、あの妹さんも興味本位でやっているわけで、こういうことになるとは思っていないと思うから」

「そうだよな……」


 重々しく歩いていると、携帯が鳴り始めた。

 俺は携帯を取り出し、電話相手を見てみると、

 ——葵!?

 葵からの電話がかかってきていた。

 俺は一呼吸を入れて、電話に出た。


「もしもし」

『——もしもし、遥くん』

「おう、今日休みだったらしいが、大丈夫か、葵?」

『う、うん、大丈夫、ちょっとした風邪だから』

「そっか、それで何か用か?」

『うん、明日、土曜日だよね?』

「お、おう、そうだな」

『遥くん、明日、私とデートしてくださいっ!』

「……え?」

『時間と集合場所はまたメールで連絡するから、それじゃ』


 そう言い残して電話が切れた。


「篠木さんからの電話だったんでしょ? 何かあったの?」

「……明日、デートに誘われた」

「——えっ?」


 花音が驚きの表情を見せた。

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