3-2. 奔放

 四時限目の授業が終わり、昼休みに入った。

 教室内は賑やかになり、互いに机を並べてすでに弁当を食べ始めている人たちもいた。


「おーぃ、遥斗、弁当一緒に食べようぜ」

「お、いいぜ」


 武彦が机を持ってきて、俺の前につける。


「ちょっといいか、遥斗」


 俺はカバンから弁当を取り出していると、武彦が周りから口元が見れないように隠しながら、俺に尋ねてきた。


「どうした、武彦?」

「お前、久東さんと付き合っているのか?」

「――ぶっ」


 思わず、吹いてしまった。


「おいおい、そんなに動揺するなよ」

「いや、お前までそれを聞いてくるとは思わなくてな」

「へぇー、他にも聞きに来た奴らがいるっていうわけか」

「そういうことだ。……で、どうしてそう思うんだ?」


 武彦は弁当を開けながら、


「いやさ、転校初日からお前をどっかに連れて行くし、放課後一緒に帰っているし、何か怪しいなっていうことでさ」

「……なるほどな」

「で、実際はどうなんだ?」

「いや、お前が思っているのとは違うよ、とだけ言っておく」


 俺は真剣な眼差しで、武彦を見つめる。


「お前……、わかったよ、これ以上は追求はしない。だけどよ」

「どうした?」


 武彦もこちらを向いて、武彦にしては真面目な顔で、しっかりとした口調で、


「何か問題があったら、力になるからさ、何かあったら俺を呼べよ?」

「お前……、どうした急にそんなこと言って、頭どっかで打ったか?」

「おま、せっかく親切に言ってあげたのに」


 きっと武彦的には、ここの会話には『www』と、間に入っているのだろう。

 話が一段落ついたところで、俺も弁当を開けて、食べようとすると、


「ちょ――っと、そこのお二人さん、私たちも一緒にお昼食べていいかね?」


 声をしたほうを見ると、そこには優里と葵が立っていた。


「葵さんに優里さん! いいですとも!」


 武彦が喜んで承諾している。……俺の意見は無視ですか?


「遥くん、いい?」

「遥斗は否定しないよね? こんなに可愛い子が頼んでいるんだし」

「遥斗の意見なんて、聞かなくてもいいでしょ」


 葵、優里、武彦の順にそう言ってくる。


「お前らは……、別にいいぜ」

「ありがとう、遥くん」


 葵はにっこりと微笑み、弁当を俺たちの机に置いていき、自分たちの机を持ってくる。


「いやー、ごめんね、ただ飯を食うだけじゃないからさっ」


 優里が俺の背中を叩きながら、自分の席に座る。


「それって、どういうことですか?」


 武彦が優里の言葉に食いつく。葵も席に着いたところで、優里が口を開く。


「いやー、あの遠足の班決めをさ、どうしようかっていう話を葵っちとしていたわけですよ」

「あー、なるほどな、もうそろそろだからな」

「そうそう、そういうこと」


 来週、俺たちは遠足でバーベキューに行くことになっている。そういや担任の沢嶋先生がそんなことを朝のホームルームで言っていた。

 優里が弁当のエビフライを加えながら、しゃべり続ける。


「それでさ、良かったら一緒の班にならないかって、遥斗たちに話を持ちかけようっていう話になってさ、こうやって聞きに来ているっていうわけ」


 俺は葵たちの顔を見渡す。葵は恥ずかしそうに弁当を食べており、優里は笑っている。武彦が無言なのはどういうわけだろうか。


「おい、武彦?」

「なぁ、遥斗」

「どうした?」

「これは……、夢じゃないよな!」

「そりゃ、まぁ、現実だけど?」


 武彦は立ち上がり、優里の手を取り、


「光栄です! 一緒の班にしてください!」

「おうおう、元気だな、あはは……」


 優里は少し手を取られて困りながら、笑いながら対応をする。


「やった――っ! 今から遠足が楽しみだ――っ!」


 武彦が盛り上がっている。だが、その周りにクラスの男子数人が集まっているのに、気づいていないらしい。


「おい、武彦」

「お、どうした? おおは――――ってぐふっ」


 武彦の腹に拳がめり込む。武彦はそのまま気絶し、拳を放ったクラスの男子にもたれかかる。


「お、おいおい、大丈夫かー? 眞柄くーん」

「ご心配なく、遠野優里さん。こいつをちょっと借りてきますね」


 クラスの男子の代表らしき人物が、そう言った。


「おー、分かったー……」


 優里は勢いを失い、暖かい目で武彦たちを見送った。


「遥斗は幼馴染絡みでそういうことになることはわかっていたけど……」

「武彦は俺たちの仲間だと思っていたんだが、まさか遥斗つながりで女子と一緒の班になるとは……」

「許せないぞ、これは許せないぞ」

「処刑じゃ――っ! 処刑じゃ――っ!」


 と、クラスの男子数人は言い捨てて、教室を出ていった。


「……大丈夫なのかな? 眞柄くん」


 優里が心配そうに見つめていた。葵も突然のことで驚いているが、武彦のことを少しばかしか心配しているように見えた。


「大丈夫、あいつ遠足までには治してくるから、きっと」


 武彦のことだ、ケガをしても、女子と一緒にご飯――しかも遠足で一緒に食べれるのだから、当日には必死こいて治してくるはずだ。


「ま、それもそっか」


 と、優里も笑いながら弁当を食べる。


「でも、あと一つ問題があってだね」

「まだなんかあるのか?」

「うん、そうなんだ」

「実はね」


 優里に変わって、葵が話し始めた。


「班が五人班で、あと一人足りないんだよ」

「あと一人?」

「そうなんだよ、今決めたのが、私でしょ、葵っちでしょ、遥斗でしょ、眞柄くんで、あと一人! 誰か心当たりいないか?」


 優里が人差し指を立たせながら、首を傾げる。


「お前らの仲の良い奴を入れるっていうのは?」

「それがね、もう班決めちゃったっていう人たちが多くて」


 と、葵が言う。女子たちは何かとこういうことを決めるのが早いからな。


「そうだな……」


 考えていると、ふと思いついた人物が一人いた。


「それじゃ、花音を誘ってみるっていうのはどうだ?」

「!?」

「えっ!? 久東さんっすか!?」


 葵と優里が驚く。


「どうしてそんなに驚くんだ?」

「いやー、だって、遥斗から女子を誘おうなんて言い出すとは思わなかったし」

「……しかも、久東さんだなんて」


 優里は俺の肩をばしばし叩き、葵はししゃもをかじかじ噛んでいる。


「だってさ、あいつ転校してきて、あまり友達多そうに思わないしさ、俺たちが誘ってあげないとな、とか思ったから」

「……まぁ、確かに、遥くんが言っていることは事実だからな」

「え? 本当か?」


 自分で言ってはなんだが、本当に花音は友達が少ないのだろうか。


「そうなんだよなー、久東さんって、なんていうか、身にまとうオーラが違うっていうか、なかなか近づきにくいっていうのがあるんだよ」

「……それに、転校初日早々、遥斗をどっかに連れていくんだから」

「……確かに、そう言われちゃそうだな」


 場の雰囲気が静まり返り、弁当を食べる音しか聞こえなくなる。


「よっしゃ! そうと決まれば、誘うっきゃないでしょ!」


 この静寂を壊したのが、優里だった。優里は立ち上がり、あたりを見渡す。


「いたいた、おーぃ、久東さーん!」


 優里は教室に帰ってきた花音を見つけて、花音の元へ駆けていった。


「何か用?」

「いやー、久東さんって、遠足の班って決めた?」

「いいえ、まだだけど?」

「それじゃ、私たちの班に入らないか?」

「えっ……?」


 驚く花音に、優里は葵と俺を指さす。班の面子を教えているのだろう。


「……なるほど、わかりました」

「よっしゃ! それじゃ、決まりだね」


 優里はにやっと白い歯を輝かせ、花音の肩をぽんぽん叩く。

 ――俺のときは叩くの強いんだけどな、差別なのだろうか。


「よかったね、遥くん。久東さんも一緒の班になって」


 不意に葵が、そう言ってきた。


「お、おう、そうだな。……なんかごめんな」

「いいよいいよ、全然気にしてないから。遥くんが優しいのは知っていることだし」

「そ、そうか……」

「よーよー、お二人さん」


 優里が花音を連れてこっちに来た。


「よっ、花音、すまないな、一緒の班よろしくな」

「ええ」


 花音が俺の隣に立ち、葵たちに聞こえない声で、


「この遠足がイベントになるかも知れないからね」


 ――イベント?

 その言葉で思いついたのが、ギャルゲをやっていると、何かの出来事が起こる際には、何かしらの出来事――イベントがあるということを。

 ――この遠足で、俺は決意しなければならないっていうことか?


「おいおい、そこのお二人さん、なーにしているのかな?」


 優里がこちらを変な目で見ている。


「別に、なんでもない」


 俺は気をとり直して、残りの弁当を食ってしまう。


「そうかい、そうかい、なんでもないならいいんだよっ」


 優里は笑い、葵はこちらをいつもとは違う感じで見つめ、花音はそのまま自分の席へ戻り、胸ポケットの黒いボールペンを取り出してメモをしていた。

 こうして、今日の昼休みを過ごした。

 ――どことなく、武彦の悲鳴を聞こえたが、気にしないことにした。


   ◇


「それじゃ、遥くん、また明日ね」

「おう、それじゃな、部活頑張れよ」


 放課後、俺は葵を部活へ見送り、カバンを持つ。


「それじゃ、うちらも行きますか」

「そうね」


 俺を待っていてくれた花音と一緒に教室を後にする。

 昇降口まで歩いていると、そこに優里が靴を履いていた。


「お、優里、お前も帰り――じゃなさそうだな」

「あ、遥斗! ――それに、久東さんじゃないか」


 優里の服装を見てみると、うちの学校のバレー部の服装だった。


「お前、バレー部だっけ?」

「……遥斗って、去年も私と一緒のクラスだったに、知らないのかい?」

「んーまぁ、知らない」

「くっー、ちょっと悲しいぜ、少しぐらいは知っていてほしかったよ」


 優里は明後日の方向を見ながら、涙ながら(実際は泣いていないが)敬礼をする。


「そっか、ごめんな」

「謝ることないっすよ」

「で、実際はどうなんですか? 遠野さん」


 ここで花音が優里に尋ねた。


「おっと、その答えを言う前に、久東さん、私のことは優里でいいよ」


 優里が花音をびしっと指差し、『決まったぜ』というような雰囲気を出す。


「――そう、それじゃ、優里さん、どうなんですか?」

「あぁ、それとそれと、私も遥斗みたいに花音って呼んでいい? それとも花音ちゃんのほうがいい?」

「――花音ちゃんは勘弁してください。名前で呼びたかったらお好きにどうぞ」


 花音の手が震えているのがわかる。泣いているのではなく、自分の調子が崩されて、いらついているようだ。

 ――優里はそういう奴だから、仕方がない。

 俺も最初、優里とあったときにそう思った。こいつは相手の調子などお構いなく接してくる。変に元気で、誰とでも偏見なく話しかけてくるのが優里の良いところだと思う。


「それじゃ、かののんの質問にお答えしましょう!」

「かののんって……」


 花音が呆れた表情をする。それでも優里はお構いなしに言葉を続ける。


「私は、決まった部活には入ってないんだよ」

「へぇー、そうなんだ」

「……本当に知らなかったのかい?」

「悪いな」

「……それで?」

「ほいほい、それでね、私は部活の助っ人として、いろいろな部活に出張しているわけさ」

「で、今日がバレー部の助っ人というわけですか」

「そういうこと」


 優里は時間を確認すると、


「おっと、ちょっと時間が押しているから私行くね」

「おう、邪魔して悪かったな」

「いいって、いいって。それじゃね、遥斗、かののん」


 そう言って、優里は走っていった。俺の隣にいる花音は手を振って見送った。

「それじゃ、帰りますか」

「……そうしましょうか」


 俺たちは靴を履いて、学校を後にした。



 ――ふーん、やっぱり、かののんと帰っているわけか。

 優里は走りながら、考えていた。

 ――せっかく葵っちっていう子がいるっていうのに……。

 ――なんか事件になる前に止めに入ったほうが良かったのだろうか。

 ――ええい、そんなことはいいや、部活に集中しないとな!

 優里はそう思いながら、バレー部のみんなのところへ駆けていった。

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