2-4. 体験
俺の部屋に着くと、部屋のドアを閉め、パソコンの電源をつけた。
「お、おい、勝手に人のパソコンを触るなよ」
「別に私は変なファイルがあっても構わないけど?」
花音はそう言いながら、俺の部屋を見渡す。
「うーん……、想像していたのと全然違うわね」
「どういう意味だよ、それって?」
「散らかってない」
「そりゃ、片付けてますから」
「……妹? 母? それとも幼馴染?」
「俺がやってるんだよ!」
「へぇー……」
花音がじーと、俺のほうを見てくる。
「嘘じゃないって」
「ま、いいんだけど」
パソコンが起動したらしく、花音は椅子に座り、自分のカバンからディスクを取り出し、俺のパソコンに入れた。
「で、これから何をしようとしてるんだ?」
「ん? あなたと幼馴染との問題についての解決策をやるに決まってるじゃない」
「そうじゃなくて……、パソコンで何をするんだ?」
「あぁ、これはね……、はい、説明書読んどいて」
そう言って、花音から渡されたのは、可愛い女の子の絵が描かれている箱だった。
「――って、これ、ギャルゲ!?」
「そう、ギャルゲよ」
これは、以前武彦が『めっちゃいいゲームなんだよ!』と薦めてきたものだった。
「それより、なぜ、花音がこのゲームを持っているんだ!?」
「え? 持ってちゃ悪い?」
花音は平然としたまま、設定をしている。
「悪くないけどさ……、ホント、なんで持っているんだ?」
――まさか、俺のためにわざわざ買ってきてくれたとか?
「べ、別にいいじゃない、うちにあっただけよ。それよりさっさと説明書読んでおきなさい」
「あ、あぁ」
――うちにあったっていうことは、つまり……、家族にギャルゲをやっている奴がいるっていうことだよな……。
と思いつつも、花音に急かされるままに、箱から説明書を取り出し、読み始める。
「なぁ、花音」
「何よ?」
「これのどこが、俺の問題の解決に繋がるんだ?」
「いいところをついたじゃない」
花音は作業を一旦やめて、こちらを向いた。
そして、胸ポケットの黒いボールペンを抜いて、俺を指し、
「あなたには、恋というものを知るところから始めてもらうわ」
「…………と言いますと?」
「……なんか、思ってたのとリアクションが違ってがっかりだわ。
まぁいいわ、とりあえず、説明してあげる。
あなたが幼馴染をふるにあたり、相手の気持ちを尊重する遥斗だからこそ、今、幼馴染が置かれている心境を知る必要があると思うの」
俺は軽くうなずき、花音が言い続ける。
「でも、あなたは篠木葵を女の子として見ることができない。となると、他の方法で、相手の心境を把握しなければならない――恋する乙女の心境をね」
「なるほどな……、でもさ」
「何か不満でも?」
「それってさ、ゲームじゃなきゃいけないのか?」
「と言いますと?」
俺は頭をかきながら、思ったことを口にする。
「別にゲームしなくても、お前の恋愛体験談とか、友人たちに尋ねるとか……、そういう方法はなかったのか?」
「…………」
花音の動きが止まる。ペン先がカタカタ震えているのが見て取れる。
「だ、だいたい、私は転校して来てばっかりなのよ? まだ友人は作ってないわ。それに、私の恋愛体験談ですって? そんなのあるわけないじゃない!」
――そもそも恋愛体験談があったなら、ギャルゲをやって、恋愛を学ぶ必要がないじゃない!
「すまん、聞いた俺が悪かった!」
俺は花音に逆ギレされてしまった。
「はい、あんたはさっさと説明書を読む!」
「は、はい!」
と、俺に怒鳴りつけるや、花音はパソコンへ視線を落とし、設定を再開する。
俺も説明書を再度読み始めた。
――これで、問題は解決できるのか?
俺は不安を抱えつつ、ギャルゲの説明書を読んでいった。
◇
「じゃあ、ゲーム始めるわよ」
花音は椅子から立ち上がり、俺を座らせる。
「説明書は読んだのよね?」
「ま、まぁな」
「それじゃ、操作は大丈夫よね、んじゃ、ゲームスタート!」
花音は俺の手を掴みとり、マウスに置いて、ギャルゲのアイコンを選択する。
「!!」
そのおかげで、背中に、小さいが柔らかいものを感じる。
当の本人は気づいていないらしく、マウスを操作していく。
「そうね……、音量はこれくらいにしといてっと」
ゲームオプションをいじり、設定を保存した状態で、操作が俺に譲渡された。
「ささ、『はじめから』でゲームを始めましょう」
「そ、そうだな……」
俺は花音に言われつつ、『はじめから』を選択した。
『名前を 入力 してください』
「名前って……、これどうすればいいんだ?」
「もちろん、あなたの名前に決まっているじゃない」
「え?」
「え? じゃないわよ! 何? ギャルゲで自分の名前以外でやる人なんて論外だわ、論外。それに、今あなたが置かれている事態を考えなさい、あなたのことなのよ!」
「そ、そうだな……、悪かったな」
なんだか迫力のある叱責をうけ、俺は自分の名前を入力し、決定を押した。
すると、このゲームのオープニングが流れだし、終わると、本格的にゲームが始まった。
「さっきの映像で出ていた女の子の誰かが主人公と恋人になるのか?」
「そうよ、オープニングで出ていた女の子が攻略対象ね」
と、会話をしつつ、テロップを読み進めていく。
読んでいくうちに、画面に攻略対象らしき女の子が登場してきた。
「この子、主人公の幼馴染ポジションね……」
「そうなのか……」
俺は、テロップを読んでいく。
『おはよう、遥斗くん』
『1おはよう』『2おう』『3無視する』
「なんか、選択肢出てきたぞ?」
「いいから早く選択しなさいよ!」
俺が花音のほうを向こうとしたら、頭を捕まれ、画面のほうへ持っていかれた。
「それじゃ……、無難に1だな」
1を選択すると、幼馴染は普通に言葉を返して、話が進んでいった。
「なぁ、これってそんなに大それたことは起こらないのか?」
「今のは幼馴染との会話でしょ? そんなものよ、それに、1以外を選択したら、何そのそっけない態度は――とか言われて話が進むのよ」
「そんなもんなのか、幼馴染って?」
「それは、あんたが一番知っていることじゃないの?」
「……それもそうだな」
俺にとっては、葵との会話は日常茶飯事のことだったから、普通のことだったのだと、改まってそう感じた。
「その仲が、どのように恋人の関係になっていくか、それが今回ゲームを選んだ理由よ」
「なかなか奥深いんだな、花音の考えって」
「ま、まぁね、感謝しなさいよ。――物語的に、こっちのほうが面白そうだったなんて、言えないわね」
「ん? 何か言ったか?」
「い、いいえ何も! とにかく今後、放課後は遥斗の家で、このゲームをする。いいわね?」
「あぁ、たぶんこの時間帯なら大丈夫だろう……、お前何時ぐらいに帰るんだ?」
「私は何時までいたっていいんだけど?」
「親に俺が問い詰められるので、それだけはやめてください!」
「冗談よ、そうね……、あなたの親が帰ってくる前ぐらいには帰らせてもらうわ」
「悪いな、助かるよ」
「いいわよ、別に。私もそれほど長居するのも悪いと思うから」
花音は何かを感づいたのか不意にドアのほうをみるが、気のせいだったらしく画面
に視線を戻す
「どうしたんだ?」
「いや、私の気のせいだったみたい」
「?」
何があったのかはわからないが、気にせず、ゲームを進めていく。
「で、俺はどの女の子を攻略すれば――って、決まってるよな、そりゃ」
「そうよ、幼馴染の女の子に決まってるじゃない」
「そうですよね」
こうして、放課後に俺と花音はギャルゲで幼馴染の女の子を攻略する日々が続くようになった。
――怪しい、すっごく怪しい。
ドア越しに耳を当てて、部屋の中の様子を探ろうとする遥奈。
――さっきこっちを見てきたけど、気づかれていないよね?
お兄と久東花音さんは、どういう関係なのか、妹として――興味本位で――知る必要があると思う。
――わからないなら、葵ちゃんに聞いてみたほうが手っ取り早いのかな?
遥奈は、部屋の中の音を聞こうとしてもまったく聞こえないため、諦めてドアから耳を離した。
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