2-3. 兄妹

 翌日の放課後。


「遥斗! 早く帰るよ!」

「わ、わかってる! それじゃ、武彦また今度な」

「お、おう」


 俺は武彦に別れを告げて、花音と一緒に教室を後にした。



「……いつからあんなに久東さんと仲良くなったんだ、あいつ」

「さぁーね、わかんないやー。ねぇ、葵っち、何か知っちょるさかい?」


 眞柄くんの言葉を聞いて、疑問に思った私――遠野優里は、遥斗の幼馴染である葵に尋ねた。


「…………私もなんにもしらないよ」


 葵は悲しそうな感じで答えた。

「ありゃりゃ……、あいつ幼馴染をほったらかしにして、他の女とつるんでいるのかい」

「そんなひどい言い方しなくていいよ、優里」

「そうかい? ならいいんだけどさ」

「うん……登校は一緒にしているし、私部活あるし、放課後は一緒にいられないから……」


 葵は下を向きながら、そう語る。


「ほんと、どうなんだろうね……」


 私は、葵の頭を撫でながら、そう言った。


  ◇


 俺と花音は俺の家を目指しながら歩いていた。


「で、うちで何をするんだ?」

「まぁまぁ、焦らない焦らない」


 花音は落ち着いた口調で――何か裏がありそうな口調で――言う。


「それもそうだな……、まず突破しなきゃいけないこともあるし」

「ん? 何かあるの? あんたの家には」


 花音は俺の顔を覗きながら尋ねる。


「いや、うちのがな、ちょっと……ね」

「あぁ、親ね……、ま、なんとしても上がらせてもらうから」

「いや、親はまだ帰ってきてない」

「それじゃ、誰なのよ?」

「妹だよ、妹」

「へぇー、あなたって妹がいたんだ」


 花音が意外なことを聞いたように、そう言った。


「意外っていうほどじゃねぇよ」

「まぁいいや、妹さんがどうであろうと私は行くまでだから」


 花音は俺の親なんぞ無視してまで家へ入るつもりらしい。

 ――ってか、葵意外の女子を俺の家に上がらせるのは初めてじゃないか?

 俺はそんなことを考えていると、


「きっと驚く……。物語的にもこの展開はありだわ……」


 と、隣で花音はつぶやいていた。

 歩いていくうちに、見慣れた家が見えてくる。


「ここだ」


 俺たちは俺の家の前で足を止める。


「これがあなたの家?」

「そうだ。……何かご不満でも?」

「いや、普通すぎて、何もコメントができないわ」

「そうかい」


 ――花音の言葉が嫌味にしか聞こえないんですけど。

 一方花音は、そんな俺の思いにお構いなしに、


「これじゃ、いいネタにはならないじゃない!」


 と、ぼやいていた。知るか、そんなこと。


「まぁ、いいわ、さっさと入るわよ」


 花音は玄関に手を置いて、ドアを引いた。


「あのさ、まず人の家に入るときにはチャイムをだな――」

「開いたわよ?」


 花音はこちらを向いて、玄関を指さす。


「そりゃそうだよ、妹が帰ってきているんだから――」


 そう言いつつ、俺は家の中に入ると、そこには、


「お、おおお、お兄?」

「え――」


 そこには、バスタオル一枚の遥奈の姿があった。

 シャワーを浴びたのか、遥奈の顔が火照っていた。

 髪が濡れており、バスタオルから出ている肩や太ももがややきわどく見えている。


「あら、これがあなたの妹さん? いつもこんな格好なの?」


 ひょこっと覗き込んだ花音が不吉な笑みをしながら尋ねてくる。


「いや、そうじゃないんだがな……」


 俺は花音と遥奈を交互に見ながら、どうしようか頭をフル回転する。

 今の状況が若干把握した遥奈は、


「へ、ヘンタイ! お兄! みるな!!」


 と言って、近くにあるスリッパやら靴やらを俺に投げつけてきた。


「いたっ、いっ、お、お前は早く、服を着ろぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 俺は玄関――しかも開いている状態のなか、遥奈に服を着るよう、叫んだのであった。


   ◇


「花音、とりあえずお茶な」

「ん? 気がきくのね、ありがと」


 俺は、リビングのソファーに座っている花音に冷蔵庫に入っていたお茶を注いだコップを手渡す。


「……で、お兄。どういうことなの?」


 そして、そのソファーの向かいにいるのが、機嫌の悪い我が妹である。

 今も、肘をつきながら、こちらを睨みつけている。


「どういうことと言いますと……?」

「お兄が葵ちゃん以外の女の子を家に連れてきていることについてだよ!」


 遥奈はソファーの肘かけを強くたたく。


「あ、いや、これにはいろいろと事情があってだな……」

「なんなの!? お兄の彼女なの!?」


 遥奈が俺に接近し、顔を近づける。


「決して、遥斗くんの彼女ではないわ」


 花音が落ち着いた口調で、お茶を飲む。


「そうなんですか?」

「そうだ、花音は俺の彼女とかじゃないから」

「お兄には聞いてない」

「ひどいな」

「そう、私は、遥斗の彼女ではないから」

「そう……ですか、お兄、どんまい」

「どういう意味だ、お前?」


 ――何がどんまいだ、俺だって、彼女の一人ぐらい……そのことで花音に頼っているんだっけな……。

 それに伴い、遥奈の発言に怒りを覚えた俺を無視して、遥奈は花音のことが気になっているようだ。


「それで、花音……さんでいいのかな? お兄とはどういう関係なんですか!?」


 遥奈の目が輝いているのがわかる。


「ええ、自己紹介がまだだったわね、私は久東花音、花音さんでいいよ」


 遥奈の質問に応じず、自己紹介をする花音。

 それに答えるように、遥奈は、


「わ、私は鎌瀬遥奈です! そこのお兄の妹です!」


 と、深々と頭を下げる。


「あんたとは正反対で、まっすぐでいい子じゃない」


 花音は俺を見ながら、また嫌味のように言ってくる。


「……」

「それで、お兄とはどういうご関係で!?」


 俺は無言をつき通そうとして、遥奈が俺と花音の会話を妨げてくれた。


「……そうね、師弟関係と言っておこうかな?」

「え、師弟関係? それってどういう……」

「こいつ、この前この街に引っ越してきたばっかりなんだよ、それでたまたま席が隣になった俺がこの街について教えようと……な」


 話がややこしいことになりそうだったので、俺が二人の間に入り、ごまかした。


「……」


 花音が冷たい視線でこちらを見ている。俺はそれを気にしないよう振る舞う。


「そうなんですか、引っ越してきたんですか!」


 純粋な我が妹は、師弟関係っていう話よりも、俺の話のほうが正しいと思ったらしく、俺の話を信じてくれた。


「……えぇ、そうよ、そういうわけ」


 花音は、胸ポケットの赤いボールペンを取り出し、どこからかメモ帳を出して、何かを書き込んで、俺にだけ見えるようにさりげなく見せてきた。


『覚悟しておきなさい』


 死の宣告のような、悪寒がした。

 赤いボールペンが、その寒気を一層強いものとしている。

 たぶん、黒いボールペンと赤いボールペンの二本は、使い方が違うのだろう。


「それじゃ、二人の間を邪魔するのもいけないので、私は部屋に戻りますね」


 遥奈は俺たちを気を遣ってか、リビングから出ようとする。

 出る際に、俺の近くをわざわざ通り、


「……あとで、詳しく」


 と、こちらも鋭い視線が俺の背中に突き刺さった。

 ――いよいよ、俺の安全地帯が完全に消えた、そんな気がする。

 リビングから遥奈が出ていくと、花音は立ち上がる。


「さて、あなたの家にパソコンはないの?」

「え、パソコン? 何に使うんだ?」

「あなたの、問題について……でしょ? なんのために私がここに来たのよ?」

「あぁ、そうだったな」


 ――パソコンを使って、何かされるのかと、一瞬思ってしまった。

 先ほどの、赤い字がかなり印象づけられており、何をされるか怖かった。


「それなら、俺の部屋にあるな」

「それじゃ、あなたの部屋にいきましょうか」

「ちょ、ちょっと待て!」


 花音はリビングを出て、俺の部屋を探そうとしようとしていたところを止める。


「何? どうかしたの?」

「いや……な、そんなにやすやす男の部屋に入るもんじゃないって……」

「ん? まさか、私をいやらしい目で見て、押し倒そうと?」

「いやいや、そんなことはしないけど……、一応……な」


 花音は俺をあざ笑い、こう言った。


「あなたは、そんな勇気、持っていないでしょう?」

「――――っ!!」


 ――確かにそうだ。

 俺には、葵の告白に対して、変化が怖くて、その変化を認める勇気がなかったんだ。

 俺は、花音の言葉に言い返せる言葉が見当たらなかった。


「……さぁ、あなたの部屋にいきましょう」

「……あぁ」


 ――勇気、か……。

 花音に言われた言葉をしかと噛みしめながら、俺は花音とリビングを後にした。

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