1-3. 同盟
俺は久東に引きずられて、屋上まで連れてこられた。
「おい、いい加減にしろよっ」
俺がそう言うと、久東が力強く、地面に叩きつける感じで手を離した。
俺はその勢いにつられ、体を強く地面に叩きつけられる。
「いってぇー」
俺は体を起こそうとすると、目の前には、黒のボールペンのペン先があった。
「なんなんだよ……」
俺は視線を久東に移す。すると、
「あんたは、クズ。本当ゴミクズよ!!」
教室から屋上に連れられて、地面に叩きつけられるやすぐ罵声を浴びせられた。
「……はい?」
初対面のはずなのに、久東からは怒りが表れていた。
「わからないの? あんたは最低の男だって言っているのよ!」
「なんでそんなことを言うんだ?」
さすがに、初対面でもそんな罵声を言われると俺も黙ってはいられない。
俺が睨みつけるが、久東は屈することなく言い続ける。
「それは、あんたが告白されているのを見ていたのよ」
「っ!!」
「そこであんた、告白を受けたわよね? でもそれって本望じゃないわよね?」
――見られていた? あの出来事を。しかも、俺の心を読み取られている!?
「な、なんであんな遅くにあんな場所にいるんだよ」
「あそこ、うちの近くなの、それでコンビニの帰りにちょうど告白のところを目撃してね、いいネタになるかなと思って覗き見させていただいたのよ」
「……いいネタ?」
いいネタと言われて、一種の怒りが込み上げてくる。
――葵が勇気を振り絞ってした告白をネタ扱い?
俺の怒りがわかったのか、
「ああ、言い方が悪かったわ、私、小説を書いているの」
「小説?」
「そう、小説」
それを聞いて、なんとなく察する。胸ポケットにあったあのボールペンは、何らかのアイディアが浮かんだら、メモするためにすぐ取り出せるようにしてあるのだと。
「それでいい小説のアイディアが浮かんでくるかもしれないって思って、見ていたんだけど、見ているほうだからわかったわ。あんた、自分の気持ちに嘘ついて、彼女を泣かせないためにとか、そんなことを考えて承諾したわよね?」
「……っ」
言い返すことが出来なかった。その通りだったから。
「その通り……っていうことでいいのね?」
俺は、軽く頷いた。
「そう……、だから私はあんたの顔を見たら、言いたいことが山ほど出てきたから、ここに引っ張りだしてあげたわけ。それとも逆に教室で話してほしかった?」
「いや……、それは勘弁してくれ」
この話をクラスでされたら、恥ずかしくて、学校へ行きたくなくなったかもしれない。
久東は、ボールペンを胸ポケットにしまう。
「さて、私が言いたいことを言わせてもらう」
久東は右手を上げて、俺を指さし、
「あんたの恋は、物語的に、面白くない!!」
続けて久東は言う。
「あんたは、恋っていうのを甘くみている。そもそも、告白しようとしたあの子の気持ちになってあげなさい。そんなにあの子は弱い子なの? あの子の覚悟を受け止めてあげなさいよ。女はそんなに弱いもんじゃない」
「……まったく、その通りだ」
「あら、認めちゃうの?」
ここまで俺の恋路のことについて言われてしまっては、俺だって引き下がるれるものじゃない。
「ああ、認めるさ、だって俺は……、変わってしまうのが怖かったんだ」
「変わるのが怖い?」
久東は俺の言ったことに疑問を浮かべた。
「あぁ、怖かったんだ、幼馴染から恋人になるっていう変化が……。だけど、それが怖くて、断ったところで葵はたぶん泣くと思ったんだ。それでこれからどう接すればいいかわからなかったんだ」
「だからあんたは、彼女が傷つかないように、告白を受け止めたの?」
「そうだよ、あいつが泣くところを俺は見たくなかったんだ。俺はあいつを今までただの幼馴染とでしか見てなかった。だけど、葵が俺のことを好きっていってくれて、それだけでも変化が生じたんだよ……俺の中で」
久東は黙って、俺の言葉を耳にする。
「だから、俺は……俺は……、自分の気持ちを考えず、ただあいつのことを考えて承諾してしまったんだ。あいつに最低なことをしてしまったんだ」
俺は嗚咽をこらえながら、昨日の思いを、まだ初対面の転校生に打ち明けた。
「そう……、自分がしてしまったことには気づいていたんだ」
久東は、俺の話が終わると、ボールペンを胸ポケットから取り出し、
「で、あんたはこれからどうするの?」
再び、俺にペン先を向けて、問いてくる。
「どうにかしたい。……でも、何をしていいのか、わからねぇ」
――あぁ、本当にわからない。何をすればいいのか。
「そう、ふふっ」
久東は、そうやって抑えめに笑った。
「何がおかしいんだ……? まぁ、俺がおかしいんだと思うんだけどな」
「いいや、ちょっと考えてみたのよ、そうね、そうしましょう」
久東は、ペンをくるっと、回して、再び俺を指し、
「あんた最初見たときはクズだと思ったけど、どうやら、面白い男だったようね」
「それって褒めているのか?」
久東は俺の言葉を無視してさらに続ける。
「だから、私、あなたに協力してあげる」
「……え?」
「あなた、なんかいい主人公補正がついていそうだし、なかなかいいネタになると思うから」
俺は黙って久東の話を聞く。
「私は、あなたの恋路を手助けして小説のアイディアを見つけさせてもらう、そしてあなたには、私がこの事態を解決へと導いてあげる、どう? いい案じゃないかな?」
「それは、願ったり叶ったりだが、なぜ初対面の俺の手伝いをするんだ?」
久東は何かを思い出したような表情をしたけれども、すぐに真顔になり、
「だからさっきもいったじゃない、私はいいアイディアがほしいだけなのよ」
「そうか……」
「で、どうなの? 組むのっ、組まないの?」
久東が右手を差し出す。
「俺は……」
俺は、右手を出し、久東の手を握る。
「よろしく頼む」
「うん、同盟成立ね」
そのとき、俺には久東花音が、相手を罵る悪魔ではなく恋路を助ける天使のように見えた。
こうして、俺と久東の同盟関係が成立した。
◇
「あ、そうそう、私まだあなたの名前聞いてなかったわね」
「ああ、俺は鎌瀬遥斗。よろしく、久東……さん」
「私のことは花音でいいわ」
「名前で呼んでいいのか?」
「私はただ、苗字で呼ばれるのが嫌いなだけ」
「そっか、それじゃ、これからよろしくな、花音」
「えぇ、私のほうからもよろしくね、遥斗くん」
俺たちはお互い手を離した。
「それで、今後のことについてなんだけど……」
久東――花音は、ブレザーのポケットから、携帯を取り出す。
「とりあえず、携帯の連絡先をちょうだい」
「あ、あぁ」
俺はポケットから携帯を取り出し、お互いの連絡先を交換した。
「それで、まずやることなんだけど」
花音が言おうとした直後、放送が流れた。
『全校生徒に連絡します。まもなく始業式が行われます。生徒は至急体育館に集まってください。繰り返します。まもなく――』
「残念、時間切れのようね」
「そのようだな……、それじゃ、携帯で連絡してくれ」
「わかったわ、やることが決まったら連絡するから」
そう言って、二人は、体育館に向かった。
――そうね、鎌瀬遥斗、なかなか面白いじゃない。
花音はそう思った。
――この物語、タイトルはどうしようかな?
――『恋で迷う男の物語』? そのまんまね。
もし、この主人公で物語を書くとしたら、どんなタイトルがいいのだろうか。
そんなことを考えると、胸が弾んでくる。
――でも、そんな簡単にこんな面白いことは手放したりしないわ。
――この流れを、面白くしなければ。
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