1-2. 波乱

 俺たちが通う高校は、徒歩およそ十分で着くところにある。

俺はこの高校にした理由が家から一番近いからっていうのがある。

 俺と葵は、学校についた。

 無論、登校中の話は一切なし。お互い気遣っているのだろうか、目が合うとすぐそらしてしまう。

 ――俺たちって前からこんなんだっけ。

 と疑問に持ちながら、生徒たちが群がっているのに気がつく。


「何してんだ?」

「た、たぶん、クラス分けが貼り出されているんだよ」


 俺が質問すると、話すきっかけができたと葵が答えてくれる。


「そっか、クラス分けか……」


 そう言いながら、俺と葵は、生徒たちが群がっているところに近づいた。


「ほ、ほら、クラス分けが貼り出されているよ」


 葵が指でクラス分けの張り紙をさしながら、俺の方を見る。


「一緒のクラスだといいね」

「そ、そうだな……」


 ――ここでクラスが違えば、この苦労も減るのかな。

 ――って、そんなこと考える彼氏がいるのか。

 俺の中で思考が相対する。そう、俺は今、葵の彼氏なのだ、一応は。

クラスが一緒になったほうがいいに決まっているじゃないか。

 そう自分の中で唱えつつ、クラス分けの張り紙から自分の名前を探す。


「2年1組……ないな、2組……」

「遥くんは4組だよ」


 探していると、葵が見つけてくれたらしく、教えてくれた。


「ありがとな。……ところで葵はどこだった?」

「私も4組だったよ。これから一年間よろしくね」


 葵が微笑む。よほど、俺と同じクラスでよかったと思っているのだろうか。


「お、おう、よろしくな」


 俺は戸惑いつつ、そう返事をする。


「えーとね、他には――」

「葵―――――!! お久しぶり―――――!!」

「――きゃっ!?」


 そう叫びながら、不意に誰かが葵に飛びついてきた。


「……優里か」


 葵が驚いてもがいているのを、楽しんでいる人こそ、遠野優里である。


「なになに? そんな呆れたような感じで?」


 葵で遊びながらこちらに目線を送ってくる。

 優里は、至って普通の女子じゃないと思う。

 スポーツ万能、勉強があまりできない、よくあるスポーツマンである。

 容姿もそうで、黒髪を束ねてポニーテールを作っていて、動くたびに右往左往している。輪郭もしっかりしていて、余分な肉がないようだが、出るところが出ていて、目のやり場が困ることがたまにある。

 性格も大らかで、いつも明るく、接してくれる。

 そして何より……、女子に対するスキンシップが激しいのだ。


「ふむふむ、だいたい合っているよ、それで」

「なに俺の心を覗いたようがことを言っているんだ?」

「まぁまぁ、気にせず気にせず」


 何を考えているか、わからないし、どんなことを仕出かすかもわからない優里が、俺はちょっとした苦手意識がある。


「はむはむ」

「ちょっと……、やぁっ、やめてよっ優里んっ……」


 優里が葵の耳たぶを甘噛みしているらしい。葵の瞳が潤んでいる。

 俺はその光景を直視しないため、クラス分けの張り紙に視線を移す。


「むっふー。余は満足じゃ♪」


 優里が満足したらしく、葵を開放する。


「うぅっ……、遥くん、み、みてないよね……?」


 葵が涙ながら俺の方へ聞いてくる。


「お、おう……、大丈夫だ、みてないから」

「最初のほうはちゃんと見ていたけどね」


 優里が小声でそう付け足してくる。


「お前な……っ!!」

「――っ!! やっぱり見てたんだぁぁぁぁ!!」


 葵が優里に抱きついて、泣きじゃくる。


「あーぁ、遥斗、葵っちを泣かせたー」


 優里がじーっと、俺のほうを見てくる。

 ふと気がつくと、周りの目線も俺たちのほうに向いていた。


「あいつ……幼馴染がいるからってヘラヘラしやがって……」

「それに、優里ちゃんと楽しく話しやがって……」

「許せない、許せないぞ……」

「排水口に突き落としてやりたい……」


 様々な男たちの怨念の声があちらこちらから聞こえてくる。

 何かと葵といるせいか、女子と話す機会が多いために、俺は妬み、恨み、嫉妬の的になってしまうことがしばしばあるのだ。


「そ、それは、優里がいきなりあんなことするから!」

「他人に自分の容疑をなすりつけるの? うわー、さいてーだー」


 ――優里のやつ、楽しんでやがるな……。

 ふと耳を済ませると、金属バットを振る音や、竹刀を振り下ろす音、カッターを研ぐ音なのが聞こえてくる。イカン、このままだと俺の生命が危うい。


「あ、葵、突然だったから、ちらっと見てしまっただけだからな、そ、その……、ごめんな」

「うぅ……、本当?」


 葵が顔を優里の胸から俺の方へ動かした。


「本当だって!」

「う、うん、それじゃ、許すね……」


 葵の機嫌がなおったようで、優里から離れる。


「よっ、さすがは葵の彼氏、機嫌を治すのもお安いようだね」


 ――っ!

 優里はふざけて言ったようだが、今の俺にはちょっときつい言葉だった。


「?」


 優里は俺の引きつった顔を見て疑問に思ったみたいだが、


「まぁ、いいや。ねぇ、葵、一緒に教室行かないかぁ?」

「え、う、うん、いいよ。それじゃ遥くん、また教室で」

「んじゃぱー」


 気にすることなく、優里は葵を連れて教室のほうへ向かっていった。

 ――最後の言葉は何なんだ。

 騒がしいことが終わったので、見ていた人たちも自分の教室へ歩き出していた。


「ふぅ……、俺も教室に向かうとするか」

「人気者は大変だな、遥斗」

「た、武彦!? いつの間に!?」


 不意に後ろから現れた武彦に俺は驚いた。


「いやー、クラス分けを見に来たらさ、お前らが相変わらず戯れていたから、ちょっくらそこで傍観していたわけよ」


 そこですかさず、手に持っているカメラをこちらへ見せてくる。

 眞柄武彦、中学からの俺の友人だ。

 趣味は撮影(女子のみに限る)。いかなる時でもカメラを所持しており、写真部に所属している。

 そのためか、神出鬼没であり、いつ、どこにいるかなんてわかるもんじゃない。


「……葵の写真をあまり売るなよ?」

「な、なんのことかなぁ? 俺にはわからないなー」


 武彦は、裏で写真の販売をしている。なかには秘蔵の写真があり、男たちに人気がある。その反面、女子から危険視されているのである。


「で、お前はどこのクラスなんだ?」

「ん? 俺はお前と同じ4組だぜ」

「お前もかよ……」

「おいおい、何そんなにがっかりしているんだよ、遥斗よ」


 俺はため息をつく。武彦とは長年一緒のクラスになっているので、今年こそはと思ったら、願いはむなしく、今年も一緒ということらしい。


「武彦、荷物はどうしたんだ?」


 ふと、武彦がカメラしか持っていなかったので、気になって聞いてみた。


「あぁ、まず自分のクラスを確認して、教室においてきたんだ

 それで、またここに来て、自分のクラスの女子やら他のクラスの女子やらをチェックしに来たわけよ」

「お前……、物好きだな……」

「ん? それって褒め言葉として受け取っていいのかい?」

「いや、ただ呆れているだけだよ」


 俺は朝のホームルームまでまだ時間があったので、武彦と一緒にクラス分けの張り紙を眺めた。

 女子を確認するためではなく、知り合いがどこのクラスにいったのかを把握するためである。


「ん?」


 武彦から、疑問の声が出る。


「どうした?」

「いやー、見たことのない女子らしき名前を発見してしまったもんでな」

 そう言うと、武彦はその名前のところを指さす。

 そこには、『久東花音』と書かれてあった。

「前からいたんじゃないのか?」

「いや、そんなはずはない! 俺は学年の女子の名前をすべて網羅しているんだ! 見落としているはずがないっ!」

「その言葉の自信ははたから見れば、危険視されるものだぞ……」


 でも、武彦が言うとおり、こいつは学年の女子のことなら俺より詳しい、たぶん、学年の誰よりも詳しいだろう。その武彦がいうのだから、その『久東花音』という女子は、


「転校生……か?」

「そ、それだっ! それだよ、遥斗!」


 武彦はすぐに、携帯を取り出し、どこかへ連絡をし始めた。


「おう、俺だ、緊急事態発生だ、2年4組に転校生らしき人物が入ってくるらしい

 はぁ? 何を言っている。女子に決まっているじゃないか。

 名前は久東……久東……」


 武彦の言葉がそこで止まってしまう。


「おい、どうしたんだ?」

「なぁ、遥斗、あれ、名前なんて読むんだ? かね?」

「かねって、お前な、さすがにそれは違うぞ」


 武彦は名前をなんて読むかわからなかったらしい。正直俺もそんなに漢字が得意というわけではないので戦力にはならない。


「あぁ、もういい。とりあえず久東という女子が入ってくるはずだ。職員室を見はってくれ!」


 そう言うと、携帯を閉じて、


「それじゃ、俺、職員室で隊員と一緒に待ち伏せをしてくるから」


 と言い残して、職員室のほうへ向かっていった。

 どうやら、電話した相手は、写真部の部員(武彦曰く、俺の仕事を手伝ってくれる隊員)ということらしい。

 ――きっと、先生たちに見つかって怒られるだろう。

 俺はそんなことを考えながら、自分の教室――2年4組へと向かった。

 ……武彦の叫び声を無視して。


   ◇


 俺が教室に着くと、クラスのみんなが自分の席へ座り始めていたころだった。


「おーぃ、遥斗の席はそこだからー」


 声がしたところに視線をやると、優里が俺の席の場所を指さしてくれていた。


「サンキューな」


 俺は優里にお礼を言いつつ、その場所へ向かう。

 その席をふと見ると、そこの席には『久東花音』という名前が貼ってあった。


「おい」


 俺が優里のほうをみて言うと、優里は目をそらしながら、吹けもしない口笛を吹こうとしていた。


「ったく……」

「遥くん、遥くんの席はここだよ」


 今度は葵が(たぶん)俺の席を指さしてくれていた。


「あ、ありがとな」


 そこへ行ってみると、確かに自分の席だった。


「ううん、べ、別にいいから」


 葵が頬を少し赤く染め、手を横にふる。

 こいつは、俺のために……彼女だから? 幼馴染だからか?

 そんなことを考えていると、

 ――っ!!

 そこに、刺々しい目線が刺さるのが、俺には感じられた。


「俺にも、あんな幼馴染が欲しかった……」

「アイツウラヤマシイ…… ボクアイツナグル……」

「しょうがないよ、あいつら、ああいう奴らだからさ…… いつかぶちのめす」


 俺はそんな言葉をスルーしながら、自分の席へ着く。

 俺が席に着くのと同時に、武彦が滑り込んで教室へ入ってくる。


「セーフっ!!」


 武彦は自分の席へ着こうと移動するが、


「何がセーフだって?」


 武彦の首元を後ろから、掴んで離さないようにしている女性教師がいた。


「あ、あれ? 沢嶋先生……?」

「ん? どうしたの? もう一回、生活指導の先生に怒られに行きたいのかな?

 廊下必死に走っちゃって?」

「い、いいえ、す、すみませんでしたっ!」


 武彦は頭を深々く下げる。


「まぁ、いいわ、遅刻者一人ということで勘弁してあげるわ」

「始業式当初から、遅刻かよ、俺……」

「なんか言いましたか? 眞柄くん?」


 沢嶋先生の鋭い視線が、武彦に突き刺さる。


「い、いいえ、な、なにも!!」


 武彦はそう言って、自分の席へ着く。どうやら俺の隣だったらしい。


「さて、全員いるようだね」


 そう言って、教壇に立つ沢嶋先生。


「えーと、今日から一年間このクラスを受け持つことになった、沢嶋美菜実だ。

 一年間よろしく頼む」


 そう言うと、自分の名前を黒板に書いていく。濃くはっきりとした字である。


「くそっ……、まさか沢嶋が担任とはな……」


 武彦が小声で俺につぶやいてきた。


「なんか言ったか? 眞柄くん」

「い、いいえ」

「ならばよろしい」


 沢嶋先生は、1年からの数学を教えている教師である。数学の教師だからかはわからないが、時間には厳しい先生である。

 ちなみに武彦調べによると、現在独身で彼氏募集中だそうだ。


「沢ちゃん、今年こそ彼氏できるといいねー」


 クラスの女子からそんな言葉が発言された。


「ば、バカ言え! おおお、お前らに言われる覚えはない!」

「また沢ちゃんパニクってるー」

「それに沢ちゃん言うな!」


 それと、男子には厳しいが、女子にはいじられキャラとして成り立っており、沢ちゃんというニックネームで呼ばれている。男子が前にふざけて言ったら、生活指導を受けさせられたらしく、男子にとっては禁句扱いとなっている。何、この男女差別。


「ごほん」


 間をつくるかのように、沢嶋先生が咳き込んで、クラスを見渡す。


「えーと、クラス分けの張り紙を詳しく見た人がいるならわかると思うが、うちのクラスに転校生が来ることになった」


 教室がざわついた。


「本当に転校生だったぜ」


 武彦が俺のほうに近寄って言ってきた。


「見れたのか?」

「こっ酷く叱られている最中にちらっと見えたんだよ、あれは学年の中でもトップを争うかもしれない美人だったよ」


 武彦の言葉を聞いたクラスの人たちがよりざわつき始める。


「武彦がああいうんだぜ、期待だな」

「このクラスの女子のレベルが高いと思っていたが、より高くなるのか」

「美人さんだったら、その秘訣を聞かないとね」

「彼氏がいるのかどうかも聞かないと」


 男女問わず、そのような会話が聞こえてくる。


「はいはい、静かに静かに」


 沢嶋先生の声が届いていないのか、静かになる気配がない。


「チッ……」


 沢嶋先生が教壇を叩く。

 すると、何事もなかったように、クラスのざわめきが消える。


「よし、それじゃ、久東、入ってきていいぞ」


 沢嶋先生は、何もなかったかのように、廊下のほうへ呼びかける。

 すると、一人の女子が教室に入ってくる。

 クラスから歓声が上がった。

 その女子が教壇の上へ上がり、クラスのほうへ顔を向ける。

 長くつやのいい黒髪に、背は少し低いものの、綺麗なスタイルで、鋭い目元をしている。

 これまた輪郭もしっかりしていて、誰も寄り付かせない一匹の狼というような、そんな印象を持った。他には、胸ポケットに黒と赤のボールペンがささっていた。すぐ取り出せるようにしてあるのだろう。


「それじゃ、自己紹介をどうぞ」


 沢嶋先生がその久東と呼ばれた女子にチョークを渡した。

 久東は、黒板に名前を書いていく。沢嶋先生とは異なり、すらすらと、綺麗な字を書いていく。

 名前を書き終わり、チョークを置いて、こちらのほうをみて、


「久東花音、名前は『かのん』だから、よろしく」


 と、単調な自己紹介だった。クラスは「他には?」という顔をしている奴らがいるだろう。

 それでも、久東は、それで自己紹介を終えて、クラスを見渡した。

 一人ひとりの顔をちゃんと見ているようで――


「――っっ!!」


 俺と目が合うと、久東は目を大きく見開いた。


「え?」


 すると、久東は俺の元へ近づいてきた。


「あんた、ちょっと来なさい」


 それは、自己紹介のときよりも感情的、少し怒りの感情がこもった声だった。

 久東は俺の首元を掴み、席から立たせ、教室へ出ようとする。


「ちょっと、久東! どこへ行くの!?」


 沢嶋先生が止めに入ろうとする。が、


「始業式には間に合うようにしますから」


 と言って、俺を連れていこうとする。


「ちょっと、なんだよ、おい」


 俺は止まろうとするが、ぐいっと、より強い力で遮られる。


「無駄な抵抗はやめなさい」

「お、おい!」


 抵抗も虚しく、久東に引っ張られる俺。


「遥くん!」


 葵が声を上げる。

 だが、それを気にすることなく、久東は俺を連れて、教室を後にした。

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