#1

1-1. 変化

 目覚まし時計が鳴り響き、俺は目を覚ました。

昨日は遅くまで出かけていたせいか、体が少し重く感じるが、些細なことだと思い、体を起こす。

 昨日――そう、葵が俺に告白をしてきたのだ。

 俺はそれを承諾してしまったのだ。


「これってつまり、恋人同士っていうことなんだよな……」


 そう、独り言をつぶやく。


「ねぇ、恋人同士って、なんか昨日あったの!?」


 突然、部屋のドアが開き、妹――鎌瀬遥奈が入ってきた。


「お、お前っ! 入るときはちゃんとノックしろよ!」

「いやー、だってさ、お兄を起こしてこいって母さんに言われてきてさ、ノックしようとしたら、小言で恋人とかお兄言うんだもん。驚いちゃって」


 遥奈は、自分の頭に自分の拳でポコッと叩く。


「お、お前なー……」

「で、どうなの!? まさか、本当に!?」


 遥奈が目を輝かせながら、俺に接近してきた。


「どうなの!? もう、楽になっちゃえよー」

「べ、別に、お前には関係ない話だろ」

「いいや、関係あるね、だって、お兄に彼女さんができたっていうことは、何かの前

触れだって、そう私の直感が訴えているね」

「いや、ないない」

「もう……。ま、お兄に彼女さんなんかできるはずないし、できたらできたで、葵ちゃんと一緒に拷問してまで吐かせるまでだし」


 笑顔で話すわりには、ひどいことをおっしゃっていませんか?

 妹の遥奈は、背中までかかっている茶髪で、背は中学生らしく、俺から見れば小さめだが、学校の中では高い方だと言っている。ちなみに胸の発育は上々らしい。


「それじゃ、起きたことだし、早く朝ごはん食べに来てね、今日から学校でしょ? 葵ちゃん待たせちゃいけないよー」


 遥奈は人事のように(実際人事なのだが)言って、部屋から出ていく。

 ――ん?待てよ。


「朝から、葵に会うことになるのか……」


 学校がある日は一緒に登校しているのだから、今日も例外なく迎えにくるだろう。


「どう接すればいいんだよ――っ!!」


 そんな俺の叫びが、虚しく部屋に響き渡った。


  ◇


 朝食を済ませ、部屋に戻り、学校にいく支度をしていた。

 今日から高校二年生になるわけであり、始業式のため、今日は半日で帰宅できる。

 そんなことを考えつつ、制服に着替える。

 うちの高校の制服は紺色のブレザーに、赤いネクタイで、紺色のズボンという、どこにでもあるような制服である。

 ちなみに、これは冬服であり、夏はワイシャツである。

 と、着替えているうちに、玄関のチャイムがなり、母さんが玄関に向かっていく足音が聞こえた。


「遥斗ー、葵ちゃんが待っているわよー」

「わかった、今行くー」


 俺は着替えを済ませ、カバンを持って、玄関に向かう。

 ――葵と何を話せばいいんだ?

 ――どういう態度でいればいいんだ?

 そんな不安を抱えつつ、玄関にいくと、葵が待っていた。


「お、おはよう、遥くん」

「あぁ、お、おはよう」


 なんとも言えない、ぎこちない挨拶を交わす。


「…………」

「…………」


 お互い、恥じらいがあるのだろうか、無言になってしまう。

 ――この状況どうすればいいんだよぉっ!?

 と、心のなかで助けを求めていた。


「あ、葵ちゃん! おっはよー!」


 遥奈が、カバンを持って、玄関にやってきた。


「あ、遥奈ちゃん、おはよう。遥奈ちゃんも今日から学校?」

「まぁね、中学校も今日は半日だから、午後は友達とカラオケに行く予定なんだ」


 ――遥奈、ナイスタイミングだ。

 遥奈のおかげで、無言の状態を打破することができた。

 これほど、こいつを崇めたことはないだろう。

 葵の顔を見ると、恥じらいが消えたのか、いや、きっと葵も同じなのだろうと、勝手に、解釈してしまう。

 ――お互い、考えることは一緒っていうわけか。

 ――ん? もしかして、恋人ってこういうものなのだろうか。

 と、ふと思いついてしまった。

 ――でも、違う。

 俺は、葵の恋人という資格がないから――自分の感情を優先せず、変化を受け止める勇気がなかったから――恋人とはどういうものか考える権利はないのだ。


「で、なんでさっきまで、お兄と目で語り合ってたわけ?」


「「えっ?」」


 遥奈の質問に、俺と葵の声が重なる。


「だってさ、ちょっとだけ、お兄たちのことみてたけど、挨拶してからなんにも喋らなくなるし、なんかあったの?」

「え、ええっとね、そ、それはね、つつつ、つまりね」


 まずい、葵が明らかに挙動不審になっている。

 これでは遥奈に俺たちが付き合っているということがばれてしまい、あちらこちらに噂が広がってしまう。

 そうなると、この事態の収拾がつかなくなってしまう。


「それより、早く学校行かないとな、遅刻しちまうぞ」

「あ、お兄そうやって逃げるつもりだなぁー」


 遥奈はこういう話はめっぽう好きで、気になることには納得するまでしつこく付きまとってくる。


「ほら、早く三人とも学校行きなさい」


 台所から、母さんの声が聞こえる。

「ん、タイムリミットか、また今度、じっくり聞かせてもらうから、それじゃ、行ってきまーす」


 遥奈は、そう言って、家を出ていく。


「「ふぅー……」」


 俺と葵はお互い肩を下ろし、ため息をつく。


「……俺たちも行きますか」

「……う、うん」


 そうやって、朝の事態を収めることができた。

 ――本当にこれで良かったのだろうか。

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