Scene.4
「そもそも、あんたたち警察の力で何とかできんのか」
町人の一人がニーアに尋ねる。ニーアは困ったように首を振った。
「決して見逃したいわけじゃないけどね……ギルギス一味は規模も影響力もこのあたりじゃちょっとしたものよ。今より勢力を拡げさせないようにするのがせいいっぱい、ってところね」
「あの子たちは……」年老いた町人が尋ねた。「警察の関係者なのかね?」
ニーアは首を振る。
「いいえ、あの子たちは『教会』のほう。ちょっと影響力が強すぎるから、あたしが動向を監視してるの」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ」若い町人が戸惑ったように尋ねる。「教会ってなんだ?」
「あー……簡単に言うと、意識的に世界を浄化しようとしてるグループよ」ニーアは足元に靴先で三つの円を書く。「この世界を暴力で支配しようとしている輩がいるわよね。この町で言えばギルギスの一味ね。それに対して、治安の維持や、新たに暴力組織が生まれないように目を配っているのがあたしたち警察組織。基本的に警察組織は専守、暴力的な組織であっても、勢力を拡げようとしたり、実際に暴力行為に及ばないあいだは動いたりはしない。教会は、攻めの組織。意図をもってこの世界の暴力組織に対抗し、平和な世界を取り戻すために暴力を振るう、という思想の集団」
「じゃ、いいやつなのか?」
問われて、ニーアはさあ? とそっけなく答える。
「いまのところ、警察の警戒する対象と、教会が排除しようとしている対象が一致していて、警察が守ろうとする対象に、教会は牙を剥いてない、ってとこかしら」
「あの子たちは、あの若さでそんな思想を持っているのか……」
「うーん、それもちょっと違ってね。あの子たちは教会にとっての『兵器』の一つなの。あの子たちは思想じゃなくて、利害が一致しているから教会に属している。教会はあの子たちの有用性を評価して、手元に置いてるって関係」
「利害……?」
「そう。聞いたことがあるかもしれないけれど、あの子たちは『賞金首狩り』の双子だから」
ま、その中でもちょっと、いや相当偏屈な二人なんだけど、とニーアは言って、大きなため息をついた。
パレットとバレッタは砦を進む。テンガロンハットの男を退けた先、通路の先の階段を上がり、さらに進むと、そこは天井の開けた大きなホールになっていた。
目の前には台座に乗ったガトリングガンと、男が二人。半裸の大男と、その従者らしき小男だった。小男はパレットとバレッタの二人に向かって銃を構えている。
「ガトリング・ギルギス」
「ああ」大男が笑う。「俺がガトリング・ギルギス様だ。よくここまで来た。だが残念だったな、ここでゲームオーバーだ」
ギルギスがげらげら笑う。直後、パレットとバレッタの後ろで靴を擦る音がした。
パレットが振り向く。二人の男が、パレットとバレッタそれぞれに銃を向けて立っていた。
「手ェ挙げな」ギルギスが二人に向かって言う。「逆らえば即こいつで肉片にするぜ」
言われて、バレッタはその場で両手を挙げた。パレットもナイフを足元に置き、両手を挙げる。
「おい、女ァ連れてこい!」
ギルギスがバレッタの背後の男に指示する。男はバレッタの背中に銃を突きつけると、バレッタに前へ歩けと支持をした。バレッタは言われたとおりに、ギルギスのほうへと歩いていく。
「ナイフのガキ、お前はそこから動くなよ」ギルギスはパレットをにらむ。「ネタは割れてんだよ、女のほうが銃弾をもってやがるな。お前らを離しちまえば、もうそれでお前の武器はそのナイフだけになるってわけだ。お得意の曲芸もできやしねえ」
パレットは小さく溜息をついた。バレッタは男に指示されてギルギスたちの斜め後方に立たされる。男はバレットの首に腕を回し拘束し、銃をバレッタのこめかみにつきつける。
「さぁて」ギルギスが舌なめずりをする。「お前ら『教会』のもんだな。俺たちをツブそうってハラだったんだろうが、たった二人ってのは舐めすぎたな。いいか。これから女のガキは犯す。そのあと、お前か女、どっちかを生かして返してやる。教会のやつらに伝える役さ、もうあの砦を狙うのはやめましょうってな。残ったほうは殺す。お前らに選ばせてやる。さあ、お話合いで決めようじゃねえか、平和的に。なぁ!」
ギルギスが下品に笑い、すこし遅れて部下の男たちも笑った。
「ええと……」パレットは怯えるでも怒るでもなく、淡々と話す。「まず、この町に来たのはたまたま。僕たちは教会のお世話になってるけど、指令を受けたりする立場じゃなくて、だから今日も、この砦に来たのは別に、教会の意図でもなんでもないよ」
ギルギスたちの笑いが止む。
「あ? じゃあなんだ、お前らは町中のバーに入るような感覚で俺たちの砦を襲ったってえのか?」
「……そうだね。僕たち子どもだからお酒はやらないけど」
パレットの答えに、ギルギスは明らかな怒りを見せた。部下の緊張が高まる。
「ガキが……ふざけてんじゃあねえぞ」
「あと、おじさんたちはちょっと、失敗をおかしているんだよね」
「あ?」
「バレッタと僕を引き離したのは作戦として悪くないけど、バレッタが僕に銃弾をトスするだけの役割だと思うのは、間違い」
そこまでパレットが言ったとき、バレッタを捕まえていた男は反射的にバレッタを見た。
だが、もう遅かった。
バレッタは男の腕からするりと抜け、そのまま地面を蹴り、男の肩を台に反転、一瞬にして男の背中側に回る。
そして――その両手にはパレットと同じ、ナイフが握られており、男の腕を切り裂き、ナイフの内の一本を男の足ごと地面に突き刺した。
「いでぇっ!!」
男が悲鳴を上げる。バレッタは男が取り落とした銃を蹴って遠くへやると、ギルギスの後方へと飛んだ。ちょうど、パレットとバレッタの中間地点にギルギスという位置関係になる。
「バレッタがなんの武器も持っていないと思うのは、ちょっと甘かったね。それから」パレットは片手を空に向かって振り、それから地面のナイフを拾い上げ――舞う。
「あうがっ!」
パキュン、と音がしてパレットの背後にいた男が銃を取り落とした。その手からは赤黒い血が流れている。
「僕がナイフしか持っていないと思ったのも大きな間違い。ま、そういう風に思わせるために、バレッタが僕にトスしてくれてるっていうのも確かに戦術のひとつではあるけど」
「て、めえら……!」
ギルギスの顔に青筋が浮かぶ。ギルギスはガトリングガンを構えると、パレットに向かってそれを撃った。轟音が上がり、同時にパレットは横に跳ぶ。銃弾の雨がパレットの背後にいたギルギスの部下を砕いた。
パレットは走る。直前までパレットがいた地面を、ギルギスのガトリングガンは正確に撃ち抜いていた。ならず者たちを束ねるだけの腕は確かにあるようだった。
「ぬうん、さらに!」
ギルギスは足元のもう一丁のガトリングガンを構える。両腕に装備したガトリングガンは、合計すればすさまじい重量であるはずだが、ギルギスはそれをぴたりと支持してみせた。鍛え上げた筋肉のなせる技であった。
「肉片になっちまうがいい! がはは!」
ギルギスは倍量の銃弾の雨をパレットに浴びせる。
パレットはさらにスピードをあげ、ギルギスの両手の武器の射線上からかろうじて逃れた。
一方のバレッタはじっと戦況を見守っていた。ギルギスの部下がバレッタに銃を向けていたし、バレッタが介入することでパレットの逃げるコースを阻害してしまうことは避けたかった。だから、バレッタはじっと見守っているしかなかった。
そして、好機が訪れた。ギルギスの部下が一瞬だけ、バレッタから視線を切って、ギルギスのガトリングガンの残弾を気にしたのだ。
その瞬間を見逃さず、バレッタは懐から三本目のナイフを取り出し、ギルギスの露出した左肩に向かって投擲した。ナイフは吸い込まれるようギルギスの左肩へと刺さる。
――が、それだけだった。
「ぐはは!」ギルギスは笑う。「いてえじゃねえか! 覚悟してろよ、あとでこんなものより固いぶっといやつをぶちこんでやるからなぁ!」
バレッタは眉をひそめる。ギルギスの太い筋肉に、ナイフでは致命的な傷を与えることができなかった。ダメージがゼロということはないだろうが、依然ギルギスは、二丁のガトリングガンをパレットに向けている。
ギルギスの部下があわててバレッタの足元を射撃する。バレッタはそれを跳んで避けた。
「バレッタ!」
逃げていたパレットが叫んだ。その瞬間に、バレッタは跳ねるように動いた。
一瞬遅れて、ギルギスの部下がバレッタの脚を狙った。
が、遅かった。
パレットは大きく飛び、空中で袖から銃弾を排出、それをナイフで叩いた。同時に二発。
銃弾はギルギスの部下の両手に一発ずつ命中した。ギルギスの部下はぎゃっと呻いて銃を取り落とす。
空中のパレットを、ギルギスのガトリングガンの豪雨が追う。
バレッタは迷いなく動いていた。もしもパレットが失敗していれば、ギルギスの部下にバレッタが撃たれていたことは疑いのないタイミングだった。バレッタは大きく脚を挙げた。銃弾が排出される。続けてバレッタはくるくると回転した。ナイフがひらめく。三度、四度。
「ごがああああ!」
叫んだのはギルギスだった。両手のガトリングガンを取り落とす。ガランガランと金属の重い音がひびいた。
一方のパレットは、無傷で地面に降り立った。
パレットとバレッタはそれぞれが舞い、ギルギスの手足に合計十三発の追加の銃弾を浴びせた。
ギルギスは銃弾をその身に受けた衝撃で自らも踊るように跳ねとび、声にならない叫びをあげて地面に倒れた。
「ぐ、があっ! 曲芸を、女の方まで……」
ギルギスが憎々しげに呻く。ガトリングガンを保持していた両手の指は正確に弾丸で撃ち抜かれ、ちぎれ飛んでいた。
「私にパレットと同じことができないと思い込んだのは、間違いでしたね」
バレッタはパレットのとなりに歩いてくると、恭しく礼をした。
「本当にこんなガキ二人にやられるとはな……しかも、相手を殺さねえでときた……バケモノめ」
「『賞金首』ガトリング・ギルギスだね」
パレットが尋ねる。その目は冷たく、昏い。
「お前らの勝ちだ、警察に突き出すなり、町民に引き渡すなり、好きにしな!」
ギルギスはぶっきらぼうに言う。しかし、パレットとバレッタは応えない。
バレッタは懐から光るものを取り出していた。それはナイフではなく、小さな十字架だった。
「ひとつだけ、間違い。誰も殺さないわけじゃない。僕たちは『賞金首』は、残さない――」
パレットがつぶやくと、ゆっくりとナイフを持ちあげる。
「師匠……」
バレッタは祈るように目を伏せた。
「は――?」ギルギスは二人の意図を察知して目を丸くする。「まて、俺にかけられてる賞金の条件は『生け捕りのみ』だぞ!? 正気か!? おい! おいっ!!」
ギルギスは今際のきわ、その目で確かに見た。真っ黒な服を身にまとい、慈愛に満ちた笑顔で、研ぎ澄まされた殺意を隠そうともしない、二匹の天使のような悪魔を。
刃と銃弾で、ギルギスは終わった。
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