Scene.3
立ちふさがる一味を退けながら、パレットとバレッタは通路を突破し、建物中央部に位置する階段から二階へとあがった。
階段を上がると、一階よりも広いロビーが見える。先を歩いていたパレットは階段を上りきる直前で、つと立ちどまった。
「……パレット?」
バレッタが尋ねる。その声は、この建物に入って初めて、緊張を帯びていた。
「少し、使う人がいるみたいだね」
パレットが小さくつぶやいたときだった。
「――出てきな! そこにいるんだろ、ガキ共」
言われて、パレットはナイフの刃だけを伸ばし、刃に映る景色でロビーの状況を探った。
ロビーには男が一人。空間はやや広く、いくつかの柱がある。男は銃をこちらに向けてはいない。
「殺気はひとつだけだね」
バレッタもつぶやく。
パレットとバレッタはどちらともなく、階段を上がった。
「ほんとにガキじゃねえか」
男はうんざりしたような声で言った。
二十メートルほど先、扉の前に男は立っていた。テンガロンハットを深く被り、腰の左右にホルスターがある。
「が……こんなガキが下の野郎どもを越えてここまで来れたってんだから、侮るわけにゃあいかんか」
男は左右の手にリボルバーを握る。
「パレット」
「うん」
パレットとバレッタは、一瞬だけ目くばせする。
それからパレットは、懐からもう一本のナイフを抜き、両手に構えた。
バレッタは――スカートのすそをつまみ、恭しく男に向かって礼をする。
お互いに背中を合わせるように、男に対して半身になる。
「おいおい、マジかよ、舐めてんのか? ガキだからって殺されないとでもタカくくってんのか?」
見下す文面とは裏腹に、男は試すような声を二人に放った。
二丁拳銃に対して、パレットはナイフが二本。バレッタは武器すら構えていない。
「……」
男の周りの温度がすうっと下がる。
殺気。
男はゆっくりと右手の拳銃を持ちあげ――パレットの顔に向かって銃弾を放つ。
パレットはそれを、顔の動きだけで避けた。銃口の向きと殺意の高まりを察知し、引き金が引かれる前に射線から身を躱していた。
放たれた銃弾がパレットたちの背後の壁を抉る。
「なるほどな」男はにやりと笑う。「大した能力だ。で、近づいてブスリ、ってわけだな」
男は笑いながら銃をバレッタに向け、放つ。バレッタもまた、それを躱した。それで男の顔から笑いが消えた。それが本格的な戦いの始まりの合図となった。
パレットとバレッタはそれぞれが逆の方向へ、男を中心に円を描くように走り出す。弾丸の軌道は直線。横に動くことが定石となった。
男は丸腰のバレッタへの注意を切らないまま、パレットへと銃撃をつづけた。しかし、パレットも緩急を織り交ぜた動きで翻弄し、男の銃弾を躱し続ける。
男のリロードが両手それぞれ二回に及んだころ、パレットは男との直線距離を五メートルほど詰めていた。パレットなら一足飛びで懐までとびこめる距離だった。
パレットがナイフを握る手と、両の足に力を込めた瞬間、男は左手に握っていたリボルバーをパレットに向かって投げた。
「!?」
パレットはそれを左腕で払う。次の瞬間、パレットは強い殺意を感じてそこから後ろにはねた。パラタタタ、と軽い音が連続する。
リボルバーを棄てた男の左手には、新たにサブマシンガンが握られていた。
サブマシンガンの掃射を受けて、パレットとバレッタの二人は男への接近を諦め、柱の後ろへと避難を余儀なくされた。
「実際、ここまで獲物がそれだけで来たってんならガキとしちゃ恐ろしい使い手だがな。それでもここを通ろうなんてのは虫のいい話だ」
男はサブマシンガンのリロードをしながら、柱の後ろのパレットとバレッタへと言う。
「そうだね」パレットが肯定する。「だから――僕たちも、使わせてもらうね」
そう声がし、同時にナイフのように研ぎ澄まされた戦意を感じられたので、男は自身も殺意を高めた。次に出てくるときは、二人とも銃を構えているかもしれない。二人の運動能力を考えれば少し男の分が悪い。男は立ち位置から斜め後ろに位置する扉を意識した。遮蔽物を確保しておく必要を考えていたのだった。
――が。柱から飛び出した二人はさきほどと同じく、パレットがナイフを二本、バレッタが丸腰だった。
男は舐められたと感じ、怒りに血管を浮き上がらせて両手の獲物を連射した。バレッタが踊るように舞ってそれを避ける。スカートがふわりとひらめいた。パレットもまた回転し――
「っがっ!?」
男は右肩に衝撃を感じ、声を漏らした。なにが起こったのかわからず、肩に目をやる。銃弾が男の肩を貫いていた。
「は――?」
男は目を丸くする。銃弾が飛んでくる要素などどこにもない。両の眼でしっかりとみていた。パレットとバレッタはどちらも、手にも、脚にも、銃など構えてはいない。
考えている暇はないと、男はサブマシンガンを掃射する。パレットとバレッタが跳ねる。
「あがぁっ!」
声を挙げたのはやはり男のほうだった。こんどは左腕の肉を銃弾が抉っていた。
「ふざけんなよ、そんな芸当ができてたまるか……」
男は怨嗟に満ちた声で言った。男は、今度は何が起こったかをしっかり目で見ることができた。
バレッタが踊るように跳ねたその瞬間、スカートの裾から弾丸がこぼれた。
パレットは舞うように回転し、その弾丸の雷管をナイフで叩いた。
撃ちだされた弾丸は、正確に男の腕を抉った。
「できるわけがないだろ!」
流血する両腕をだらりと下げて、男が叫ぶ。テンガロンハットが地面に落ちた。
パレットとバレッタは、さいしょに男と対峙したときと同じように、男に対して半身を保ち、背中合わせでぴたりと静止していた。
二人の顔は、薄く微笑んでいる。
「がぁっ!」
男が流血する両腕を無理やりに持ちあげ、銃を構えた。
パレットとバレッタが舞う。
バレッタの袖から銃弾が四つ放たれた。
パレットはそれらを正確に叩く。
男の両腕の獲物にそれぞれ二発ずつ。銃弾の衝撃を受け、男はリボルバーとサブマシンガンを手放した。
「あ、あ……」男は絶望的な目で二人を観た。「銃弾ってのは砲身があって初めて弾道が安定するんだろうが……! それをナイフで叩いて狙ったところに飛ばすなんて芸当、人間にできるわけがないだろ……一体どんな鍛錬を積めばそんなことができる? その歳で!」
男はじわじわと後ずさったが、やがてその場にあぐらをかいて座り込んだ。
「殺せ」
男はそう言ったが、パレットとバレッタは意にも介さないように薄く微笑んでいた。
「あんたらのボスはどっち?」
パレットがあたりを見回す。ロビーからは通路が二本、扉がひとつ。二人が昇ってきた階段は、本来はさらに上階へ続いていたようだったが、破壊され途切れている。
男はあごで通路のひとつを示した。
「ありがとうございます」
バレッタが恭しく言う。そして、二人は立ち去ろうとし――
「おい、殺せ」
男がいら立った声を挙げた。パレットとバレッタは立ちどまり、男を見て肩をすくめる。
「せっかく生きてるのに」
「俺の獲物がもう残ってないと思ってるのか」
「武器がなにか残ってたとして、僕たちがそれを避けられないと思う?」
「……」
「死を免れたのであれば、その命は大切にすべきだと思いますわ」
バレッタが慈悲に満ちた微笑みでそう言い、男はそれで反論することをやめた。
パレットとバレッタは通路の奥へと駆けていった。
「……死神みたいな目で言いやがって」
男は身震いし、その場に倒れた。
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