Scene.2

 砦の門の監視役のマドックは正真正銘のクズ野郎だ。

 マドックはもともと、ガンパウダーパラダイスがその名前になる前からの集落の住人だった。自堕落でいつも住民に迷惑をかけてヘラヘラしていて、住民みんなにとっての厄介者だった。

 そんなふうにクズ野郎で、住民と面識があるところがギルギス一味にとっては都合がよかった。マドックは唯一、住民からギルギス一味に引き抜かれ、今も住民に迷惑をかけ続けている。

 マドックへの報酬はギルギス一味のお下がりだ。ギルギスをはじめとした一味がさんざんお愉しみの上で壊れ切ったものと、マドックは笑いながらした。その狂気もギルギス一味にとっては恰好の酒の肴になった。


「ん……なんか歩いてくるな」ギルギス一味の門番の一人が双眼鏡を構える。「ガキと女だ。おい、マドック!」

「へいよ」


 マドックがズボンを上げながらどてどてと走ってくる。痩せた上半身はタンクトップ一枚で、不摂生に出た腹の肉がぶるぶると震えた。


「あいつらだ。住人か?」


 マドックは手渡された双眼鏡を覗き込む。


「いや……見覚えは無えですなぁ」

「そうか。じゃマドック、お前行って来い。ガキのほうは帳簿につけるか死ぬか選ばせろ。女は連れてこい。女もガキでボスの好みじゃねえが、いっぺんくらいは使うだろ」


 門番はマドックにセミオートの銃を渡し、マドックはけだるげな顔でそれをズボンのベルトに乱暴に挿した。


「あー、男のガキのほうなんですがね、殺したら貰ってもいいですかい?」

「あ?」門番は怪訝な顔をする。「死体か? なんでだ?」

「あー……、使おうと思いましてね」


 マドックの言葉に門番は目を丸くし、それから下品にげしゃげしゃ笑った。


「ぶはっはは、そりゃいいな! ま、とっとと行って来い、女は殺すなよ」

「へーい」


 マドックはずるずると靴を引き摺って階段を下りていった。



「砦、って言ってたけど」パレットは門からギルギス一味の砦を見渡す。「新たに建てたんじゃなくて、もとからここに遺っていた建物を使ったみたいだ。いくらかくたびれてる、だいぶ古いものだ」

「きっと前世紀、学び舎として使われていたものじゃないかしら。古い書物で似たような構造をみたような気がする」


 バレッタの返事を聴いて、パレットはふーん、と平坦な声を発した。

 砦は東西と北にそれぞれ長い廊下を持つ、全体としてはコの字の構造の建物だった。東側と北側の棟は扉が全て破壊されているか、またはバリケードで封鎖されている。入口を西側の一カ所に絞って守りを重視しているのだろう。

 西側の入り口から、マドックが二人のところへ歩いてくる。右手でベルトに挿した銃に手をかけていた。


「あー、お前ら、この町のもんじゃねえな」

「そうだよ」パレットは薄く微笑んで返事をした。「おじさん、そこがこの砦の入り口?」

「んじゃ、死にたくなかったら両手を挙げろ、武器とか持ってたら足元置けよ」


 マドックがけだるげな声で言う。パレットとバレッタは顔を見合わせた。


「話、繋がらないね」


 バレッタが困ったような溜息をついた。



「おい、マドックのやつ、どうなってる?」


 仲間から言われて、一味の一人が双眼鏡をのぞく。


「んー……、っ!? おい!」双眼鏡をのぞいていた一味が驚きの声を挙げた。「マドックの野郎、血ィ流して倒れてるぞ!」

「ガキどもはどこ行った!? 侵入してくんのか、おいサイレンならせ!」


 一味は慌ててドタドタと音を鳴らして階下へ降りていった。



 パレットとバレッタは砦の廊下を奥に向かって走っていく。

 パレットは右手にナイフを握り、バレッタはドレスの裾を床に引き摺ってしまわないように持ちあげていた。

 砦の中にサイレンが響き渡る。


「さっきのおじさんが見つかったかな」

「特に隠してもいなかったものね」


 二人は特別に警戒を強める様子もなくそう言った。

 直後、二人の進む先の角から数人の男が飛び出してくる。


「いたぞ!」

「撃て!」


 声が聴こえるが早いか、銃声が響く。パレットとバレッタは反射的に横へ飛びのいた。ふたりが立っていたあたりを銃弾が飛んでいく。

 バレッタが廊下にあった部屋の扉をあけ、二人はその中に飛び込んだ。一見して、一味が隠れている様子はない。

 二人は扉の横の壁に貼りつくようにして息をひそめた。粗野な足音が近づき、そして二人の入った扉を乱暴に開ける。

 同時に、バレッタが開いた扉の前へと躍り出た。


「……――っ!」


 扉を開けた男は、バレッタを視認するとすぐに右手のサブマシンガンをバレッタに向けた。その狙いは正確だったが、男が引き金にかけた指に力を入れるよりも前に、男の死角に潜んでいたパレットが空いているほうの手でサブマシンガンを持ちあげた。パタタタ、と音がして、銃弾は天井を打つ。


「っがっ!」


 男が声を挙げ、サブマシンガンを取り落とした。パレットのナイフはサブマシンガンを持っていた男の右腕の肉を深々と切り裂いていた。男が痛みに背を丸めると、男の前に躍り出たバレッタからはちょうど、男の後頭部が露わになった。バレッタは全体重をかけて目の前の男の後頭部に肘を落とす。

 男は声もなく地面に倒れた。

 男の意識を確認もせず、パレットは低い姿勢を保ったまま部屋から飛び出した。ドア付近には男が二人。パレットはまず一人目の男の懐に飛び込むと右腕を裂き、そのままナイフを握った手で男の下あごを殴りつける。

 直後、パレットはしゃがみ、続けて大きく横に跳んだ。

 残った一人の男は獲物のハンドガンでパレットを狙ったが、パレットは男が狙いをつけるより早く男の懐に飛び込み。そのまま男が拳銃を持つ腕を裂いた。


「いでぇっ!」


 男は拳銃を取り落とす。が、戦意までは落としていなかった。残った手で拳銃を拾おうとする。


「やめておいたほうがいいよ」


 パレットは淡々と男に告げた。いつのまにか、バレッタが部屋からでてパレットのとなりに控えている。


「もう一本の手も使い物にならなくされたくなかったらね。一人で慰めることすらできなくなりたいってんなら、かまわないけど。べつに、命まで取りたいってんじゃないからさ、こっちは」

「ううっ……!」


 男は屈辱に満ちたうめき声をあげ、それから拳銃を取り落とし、その場にがっくりと崩れ落ちた。


「いこ」

「ええ」


 パレットとバレッタは、通路を建物の奥へと進んでいく。




「しかし、いくら『賞金首狩り』とはいえ、たった二人で大丈夫なのか、あの子たちは」

「そうだ、目だった武器も持っていないのに、あいつのガトリングガンに太刀打ちなんて……」


 パレットとバレッタがいなくなったあと、町民たちは砦から少し離れたあたりでまごついていた。

 そこに、一台のスクーターが煙を挙げて近づいてくる。

 スクーターにしては明らかにスピードが出過ぎているそれは、町民たちの前でタイヤを滑らせ音を立てながら止まった。


「すいません! 男の子と女の子を見ませんでしたか、えーと、その……十代前半くらいの、なんかちょっと白けたような態度の!」


 スクーターから飛び降りるようにしながら叫んだのは、警官姿の女性だった。肩のあたりまでのびるウェーブのかかった金髪、青少年に悪影響を及ぼしそうなプロポーションが制服でまったく隠せていない。


「は、はぁ……あの、アンタは……」

「あたしはニーア。見ての通り警官よ。あの子たちを探してるの」

「なんだって、そりゃ……いや、しかし」町民の男は言いよどむ。「たぶんあの子たちじゃろうが、しかし……」

「知ってるのね! どこ!?」


 ニーアが顔を輝かせると、町民たちは顔を見合わせしゅんとし、そのうちの一人が砦の方角を指さして言った。


「賞金首とその一味のいるアジトに……」


 言われて、ニーアは口をぽかんとあけて、それからへたり込む。


「な、なんてこと……」ニーアは深く深く溜息をついた。「大量のケガ人が出るわ。ああ……クッソめんどくさいなぁ……」


 ニーアのその声は、それは本当に心底めんどくさそうだった。

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