Scene.1

――隔歴の世、世界を覆う荒野に点在する、ごく一般的な集落のうちのひとつ――


「はいよ、ピザトーストお待ち、そっちのお嬢ちゃんはラズベリーパイだったね。それと、ミルクを二杯」


エプロン姿の若いウェイターが皿を二つ、丸テーブルに置く。


「やったぁ!」シャツにジーンズの少年は、テーブルに乗ったのとほぼ同時に、ピザトーストにかぶりついた。「ぅんめえー!」


 年のころは十二、三か。まだ筋骨に幼さの残る、少女のような細身の少年だった。


「ありがとうございます」


 ワンピースの少女は、ウェイターに恭しく会釈をすると、落ち着いた手つきで、まずはミルクを少し口に含んだ。

 同じく年のころは十二、三と思われる。髪を短く切り揃えた、少年のような凛々しき顔の少女だった。


 少年と少女、それぞれを見て、ウェイターは笑顔で尋ねる。


「よく似てるねぇ、双子かい?」

「ほうあお!」

「ええ」


少年は「そうだよ」と言ったのだが、口いっぱいにトーストが入っているせいできちんとした音にならない。少女は愛想よく微笑んで答えた。


「二人だけで旅してるのかい?」


 ウェイターが続けて尋ねる。少年も少女もひとつ頷いた。

 ウェイターは一瞬の間、眉をひそめたが、すぐににこやかな顔で「そりゃ立派だ」と言って頷いた。彼なりの配慮と思われた。この時代に、子どもだけで出歩いているとなれば、それは相当な「訳あり」にちがいない。


「そうかぁ、まぁ、いろいろ大変だろうが、この町は――」


 そこまでウェイターが話したとき、店のカウンターの扉が乱暴な音を立てて勢いよく開かれた。

 店にいた十数人の客たちが、一斉に扉へ注目する。

 血相を変えた中年が店に飛び込んできた。


「あ、あああ、テリーのおやっさんが、やられちまった!」


 悲痛な声で中年が叫ぶ。店内が一気に騒がしくなった。

 店長らしき禿げ頭の男性がカウンターから出てきて、客をいさめる。


「落ち着け、落ち着けよお前ら……くそっ、あれほど思いとどまれと言ったのに……それで、テリーは無事か」


 尋ねられて、中年はそのまま、絶望的な顔で号泣した。

 それが、答えだった。

 食事の手を止めていた少年と少女に、ウェイターは静かに、低い声で言った。


「食ったら、この町から早く出て行ったほうがいい」声は震えている。「ぼうやたち。悪いことは言わない。荒野のほうがこの町、ガンパウダーパラダイスよりいくぶんマシなはずさ。三つくらい離れた集落まで行けば多少は安心できる」


 少年は憮然とした顔でトーストを齧り、少女は黙祷をささげていた。




テリーは娘を助けに「奴ら」のねぐらの砦に赴いていた。


 もとは穏やかだった町を賞金首「ガトリング=ギルギス」が部下を引き連れて襲撃し、一夜で制圧したのが、おおよそ三か月ほど前の出来事だった。

 ガトリング=ギルギスは暴力と恐怖で町を支配した。町から出ることは許さない。食事と酒と金と女を用意しろ。あらゆる財産の勝手な処分を禁ずる。

 町の名は「ガンパウダーパラダイス」に改められた。

 人々は、町はずれにある砦から銃声がするのを怯えてくらすことになった。

 逆らえばガトリングで逆らった奴を殺す。

 モノが用意できなければガトリングで貧者を殺す。

 用意された女が醜ければガトリングで女とその家族を殺す。

 やりたい放題だった。


 二名の女性が砦へと拉致され、そのうち一名は筆舌に尽くしがたい凌辱で全身を破壊され、死体で帰ってきた。

 もう一人は生きて家に戻ったが、精神と肉体は破壊され、顔は二倍に膨れ上がっていて、死んでいないだけだった。

 娘の供出を拒んだ家が家屋ごとまとめてミンチにされ、それから先は各々の家の娘が自主的に砦へ身を捧げた。家族を守るために。

 そうして、合わせて六人の娘が終わった。


 七人目、テリーの娘のアンナは、不幸にも美しかった。

 そしてテリーは、ごく普通に、家族を愛していた。

 だから、結果としてテリーは、娘のアンナより先に、帰らぬ人として帰ってきた。

 執拗に執拗に弾丸を打ち込まれつづけたテリーの遺体は、人の形をしていなかった。



「……テリー、ちくしょう、ちくしょう……!」


 街はずれに放置されたリアカーを囲んで、近隣の住民たちが嗚咽を漏らす。

 中にはテリーだったものが無造作に積まれていた。

 リアカーの周囲の家々の屋根には、屍肉を狙う野鳥が目を光らせている。


「どうして、俺たちがこんな、理不尽な目に合わなきゃならない……!」

「なんとかできないのか、もう限界だ!」


 そう憤る若者の肩を、年長の男性が無言で叩いて諫める。


「今は耐えるしかない。戦力差は歴然だ。逆らえば町は全滅、金だけ持って次の町を目指す気さ、あいつらは」

「けど、こんなことされて黙ってられませんよ!」

「落ち着け!」

「生きてりゃいつかチャンスがあるかもしれねえ」

「俺も我慢できねえ! これから何人死ぬのを見ればいいんだよ!」


 言い争う町民たちの横へと、バーでの食事を終えた少年と少女がやってくる。

 少年はテリーだったものを見て目を細め、眉をひそめた。

 少女はテリーだったものを見て、黙祷をささげた。


「ん、ぼうやたちはバーにいた……ああ、悪いことは言わない。砦と反対側から町を出るんだ。まだ君たちは町人帳簿につけられていないだろう。いまなら悟られずに出ていける」


 壮年の男性が、テリーの遺体を隠すようにして二人の前に立ち、やさしく諭す。

 町人帳簿とは、ギルギス一味がつけているガンパウダーパラダイスの住人名簿だった。

 もしも帳簿が合わなければ、合わなかった分のペナルティを町全体が被る

 増えたやつは新たに町人帳簿に載る。

 入ってきたやつは逃がさないのが、ギルギス一味のやり口だった。


「……なにがあったのですか?」


 男性の忠告を聞いているのかいないのか、少女が尋ねる。

 屍臭の薄く漂う中で、少女は嫌な顔ひとつ見せない。


「ガトリング=ギルギス一味さ。このあたりを牛耳ってる。暴虐の限りを尽くして、従わない奴はご覧の通り。従っても搾り取られて、末路は似たようなもんかもしれんが」

「……ふうん」少年が大人たちを見回す。「その、ガトリング=ギルギスっての……賞金首?」

「ああ、だけど、誰もあいつには……」


 言いかけた男性は、なぜか寒気を感じて言葉をとめ、ぶるっと身を震わせた。


「そう」少年の声は少し低く震えた。「賞金首なんだ」

「よろしければ」少女が言う。「その者たち、私たちにお任せください」

「……?」


 少女の言葉があまりに突拍子もなかったので、その場の大人たちは全員、反応ができなかった。


「な、なに言ってんだ嬢ちゃん!」ようやく、男性の一人があわてた声を挙げる。「子どもにどうにかできるわけないだろう! 悪いことは言わない、はやく逃げなさい!」


「どうかな?」忠告にも関わらず、少年は笑顔を見せる。「じゃあ、もし僕たちがあいつらを退治できたら……」


 少年と少女は、ばさりと音を立てて、懐から大きな布を取り出し、それで自身を包む。

 次の瞬間には、少年と少女のいでたちは様変わりしていた。

 少年は、黒い上下の姿に。

 少女は、黒いドレスの姿に。


「退治できたら、さっきのピザトースト、おごりってことで、おねがいできない?」


 少年と少女は、ギルギス一味の砦に向かって歩きだす。

 呆気にとられる大人たちの一人が、大声を挙げた。


「そ、その姿……もしかして『賞金首狩り』の双子!?」


 どよめきが走る。

 少年と少女は、大人たちをおいて、振り返らずに歩いていく。


「僕はパレット」


 少女のような少年が、どこへともなく笑顔で言う。

 黒い上下に身を包み、碧眼金髪、両手にナイフを構えている。


「私はバレッタ。さあ、祈りましょう」


 少年のような少女が、誰へともなく笑顔で言う。

 黒いドレスに身を包み、碧眼金髪、その手に十字架を握っている。


 賞金首狩りの双子、パレットとバレッタ。

 その双子は、この銃弾と血と欲望の時代にあって、銃を持たずに、事を為す。

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