第13話
街道沿いにひたすら進み、幾度か休息を挟みつつもやがて夕刻が近づく頃、一行は少し道を外れて目的地へ迫っていた。
半ば強引に白雲の
やえが再び口を噤んだのはもう案内の必要もなくなったから、では無いだろう。
そして、やはり胸に告げるような不吉が漂っている。
白雲がぶるると軽くいななく。
ちょうどそれにかき消される程度の声音でやえが呟いた。
「ん、何か申したか?」
金時が見上げる。やえは小さく息をためて絞り出すようにもう一度言う。
「……降ろさせて……いただけますか」
それを聞いて一度村を見やり、金時は愛馬の歩みを止めた。
「気付かなんだ、すまぬな」
白雲に膝を折らせ、それから右手を差し伸べる。
やえはぎくりと僅かに身を強張らせ、馬の上で戸惑いを浮かべた。
金時は声にならぬほど微かに喉の奥であっと呻く。
「……そうで……あったな」
少し哀しげに手を引こうとしたその時、やえは引き留めるようにぎこちなく右手を伸ばした。
金時も、また黙して見つめていた桃太郎も、同様の小さな驚きを浮かべる。
言えば手を借りるほどもない高さ、それでも彼女は微かに触れる程度ながらその手をあずけて、鞍から降り立ったのだった。
すぐにその両手は離れ、三人と一頭は再び村へ歩を進める。
だが桃太郎は見逃していなかった。
金時も気付かないわけがなかった。
あの一時、やえの指が微かに震えていたのを。どれほどの勇気を振り絞らなくてはならなかったのかを。
遠くから見た時に感じたものの正体は足を踏み入れて程なく分かった。
内へ進むほど爪痕が酷くなっていく。
最初は壁が煤けた程度の家、次は半壊、その次はほぼ全壊、時々目にする生き
足を止めたやえに
「ここ……が」
桃太郎の言葉が失われる。
「……やえ殿の家、でござるか」
その先を金時が引き継いだ。目の前の、“炭の山”をして。
問屋と言っても小さな村の小さな土地にこじんまりと建っていたのであろうそれは、今や黒ずんだ木屑の集まりでしかなかった。
昨日のあの雨はこの村にも注がれたのだろう。でなければ恐らく大火はさらに飛び火し、今でもぶすぶすと幾つかは煙を立ち昇らせていたに違いない。
だが雨は僅かな人々にとっての天の恵みとなるも、それ以上に多くの村人にとって救いの手としては遅すぎたのだ。
せめて骸だけでも探し弔ってやれたらと思ってここまで来た。桃太郎も金時も互い示し合わせたわけでもなく同じ想いだった。恐らく、賊達の骸をそうしたあの時から。
だが……この燃え尽くした焼け跡の下では仮に残っていても骨の欠片ていどだろう。
やえは俯いたまま微動だにしない。
通しのよくなってしまった村をそよ風が流れ、彼女の短い髪が微かに揺れるだけだ。
向き合うも地獄、うら若い娘がその縁まで己の足で来たことだけでもこの上なく勇敢だったと言って良いはずだ。
桃太郎も、金時も、掛ける言葉を探そうともしなかった。今しばらく、少し離れているが独りにもしないこの距離に立っていることだけが出来る事だった。
「―――やえちゃん……かい?」
不意に、おずおずと投げられた声。
今まで俯いて人形のように立ち尽くしていた娘が意識を取り戻したように振りむく。
「やっぱり……やえちゃん無事だったんね!?」
「おばちゃん……」
金時は初めて、“やえの声”を聴いた気がした。
彼女はやや
女は大きな憐れみに少しの喜びが混じった表情で娘を見つめ返す。
娘は何かにそっと引かれたように焼け跡を振り返る。それは僅かな時でありながら、まるで全てが止まったかのようなひと時。彼女の眼が“我が家”を映し込み、瞳が息を吸うように膨らみ、そしてもう一度女に振り向いて……
「おば……ちゃん―――」
上ずった声が消え入った直後、娘は駆け寄ると女の肩に縋りついた。そして堰を切ったように泣いた。おばちゃん、おばちゃん、とただその一言を繰りかえして泣きわめく姿はまるで母を見つけた迷い子のようだった。
「やえ……よく生きていたね」
頭を撫でられながら掛けられた涙交じりのたったひと言。その温かな声に娘は言葉すら捨てて、わあっと泣き続けた。
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