第11話

 森に、夜の静寂が戻った。


 争いの跡は十と五つの屍となって屋敷の前に転がっている。

 賊が持ち帰った幾つもの松明は全て水溜りのなかで消えていた。いま在るのは雲の流れた夜空に点る星々の輝き、そして煌々と注ぐ満月の白き光だけだった。

 屋敷の板の間に腰を下ろしたまま、桃太郎はただ目の前の光景を見つめている。血を拭って鞘に納めたスサノオの剣は胡坐の前に静かに横たわっていた。


「もう……眠る気にもなれんでござるな」

 座敷から戻ってきた金時が独りごちるように言いながら隣に胡坐をかいた。

「……やはり、非道い目を見たようだ。ここから一日ほどの村にある小さな問屋の娘だったようだが……こやつらに親兄弟を皆殺しにされた上、火をつけられた」

 桃太郎は無言のままに金時の横顔を見る。

「一夜にして天涯孤独……にもかかわらず娘だけ殺されずにかどわかされたのは当然金目当てではない。桃太郎殿も見ていたであろう、傷の手当てをしようとした時の怯え方を……」

 無論見ていた。あの時の娘の怯え……以上に、金時が浮かべた哀れみの表情。それは今も目の前にある。

「急ぐ旅ではあるのだが……少し寄り道をしても良いか?」

 口ぶりこそ問いかけているが向けられた眼差しにはすでに決めた心が灯っていた。

 桃太郎は背後を振りかえり、暗い座敷の奥に疲れきった女子のかすかな寝息を聴く。

「……行ってみましょう。あの人もまたそれを望めば」

 かたじけない、呟いて金時は少し表情を崩した。


 しばし無言の間が流れ、金時がふたたび口をひらく。

「それにしても、桃太郎殿。それがし少なからず驚きもうした」

 ん?と若者が応じる。

「此度の鬼女退治に助太刀を乞うておきながらこのような事を申すのも礼にもとるが……それがしが思うていた以上に見事な戦ぶりでござった。特に、始めの一人二人を討った時のそなた……斬り捨てた相手を一顧だにせず隙なく構える姿を見たときは、父上殿の推挙が正しかったことを思い知らされた」

 金時が桃太郎を見やる。

「その若さにして幾つの戦場を経験してきたでござるか? 帝の御威光だけでは天下の乱れは無くならぬ……このような野党も数知れぬが諸国の諍いも絶えることを知らぬ世だ」


 視線を受け流すように若者は月下の惨状へと面を戻した。

「……人を殺めたのは、初めてです」

 金時が目を剥く。その驚きを感じ取りながら桃太郎は言葉を続ける。

「一人目の胴を薙いだ感触、二人目の背なを割った手応え……スサノオの剣は凄まじい切れ味でしたが、俺の手には途轍もない重みが伝わりました」

 彼は己の両手を見つめた。

「刀が通り抜けたのはただの肉ではなく、人の命そのもの……互い喰らうために獣と奪い合う命とは、何かが違いました」

「……左様でござったか」

「特に、二人目の者……」

 桃太郎は闇の中の一つの骸に眼差しを向ける。

「あの頭目の制止も聞かずかかってきました。仲間を殺された怒り……あるいは俺が討った者が親しき友だったのか……あの者には賊である以上に人らしさを感じました。もし斬らねば殺されるとあれほど明らかな状況でなかったなら……或いは一目で拐かしと判るあの女の人の姿が無かったら……俺の振る剣はもっと鈍ったかもしれません」


 金時は眼を落とす。そこには握りしめた右拳を左手で抑えこむ若侍の姿があった。それを見てふっと表情を緩める。

「少し……安堵した」

 え、と若者が振りむく。

「あれほどの強さを持ちながらそなたは賊の首を一つもねておらぬ。生殺しになるほど浅い斬り方はしなかったようではあるが、されど全て胴薙ぎ。非道な賊には因果応報といえどもやや酷な仕打ちに思えた」

 桃太郎は眉根を顰めて惨状を見る。

 息のある者は……もう一人もいない。

「人間の首を刎ね飛ばす、戦場の情けでもあると頭では分かっても初陣で容易く踏みきれる一歩ではない。しかも我武者羅になれぬほど力の差があってはなおさらにな。そしてそなたは初陣だった、賊を苦しめようと選んだ戦い方ではなかった、そうであろう?」

「はい…… しかし今は……己の心の弱さを恥じております」

 暗がりのなか若者が奥歯を噛みしめたのを感じ、金時はその背を軽く叩いた。

「夜が明けたら仏をひとところに集めよう。山で大きな火は焚けぬし土を掘る時もないが、草葉で覆うくらいならしてやれよう」

「……ええ、そうですね」

 桃太郎はようやく力を抜いて微笑んだ。

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