第8話
じり、じり……。
扇状の囲いが僅かずつ狭まっていく。
賊は頭目を除けばあと十と一人。先に襲いかかるのは誰か、怒声や仕草による脅しを思い思いに見せては引っ込む。灯火を背負った幾つもの影が伸びては縮み絶えず揺らめく。粗暴ながら慎重な揺さぶりが二人に対して繰りかえされていく。
それは目の前の侍を対等以上の敵として認めたがゆえ。しかし一つの勘違いが、賊側にあった。
“囲む側と囲まれる側”――その形勢なら殆どの場合がそのまま攻める側と受ける側の構図だ。
今まで命を奪ってきた手合いの中で今回ほどでなくとも落ち着いて応戦しようとする者達は居た。
だがそれらも背中を寄せあって必死に身を守るばかりだった。仮に飛び出てくる者があればまず恐怖に耐えかねた窮鼠であり、甲高く喚きながら我武者羅に得物を振り回すも結局は数の力に打ち殺されるのが常だった。
内に
より侍然とした男の方はまさに隙なく受けに徹する身構えだった、が―――
「なっ!?」
突然、まるで四足の獣を見るような俊敏さで若武者の方が攻めに転ずる。
自らとの間合いを一息の間に潰された賊が驚声をあげながら目を剥く。
太刀の突きが最短の奔りで喉元を貫く。
油断などしたつもりはなかった。だが力を籠めて構えていた斧が手から落ちて水花を咲かせる。
真っ先に打ち倒されたのは囲いの端の男だった。そこから横へ、次の男へと若武者――桃太郎は間髪入れずに飛び込んでいく。
まさかの後手、迎え討つ賊もまた動揺を浮かべながら両手の鉈を構えた。
桃太郎の先手が膠着していた空気を砕く。
金時側の賊もまた声を上げて突っかけてきた。
こちらは二人同時だ。短刀の男と斧の男が金時を狙い、まず間合いを持つ斧が大上段から振り下ろされる。
まともに受け止めようとすれば刀が傷むだけでなく重さで押し切られよう。ゆえに金時はサッと左へ身を避けるがそれだけではなく、立てた刀身に斧の柄を軽く接触させて軌道を右側へと導く。そうしながら左足を一歩大きく踏み出すと斧撃の圧を反動にして刀を横薙ぎに奔らせた。
短刀による突きを繰り出してきた男。斧の攻撃によって生まれるであろう隙を狙ったその動きには武の心得こそなくとも暴力慣れした鋭さはあった―――が、金時の方が疾さも身のこなしも得物の長さも上回っていた。金時に隙は生じず、短刀は内から払われ暗中に消え、返しの薙ぎに男の首が胴から離れる。
外薙ぎの遠心力のままに金時は身を反転させた。
眼前には斧を捌かれたよろめきからなんとか体勢を立て直した男。太い腕が張りつめて再び得物を振りあげる……が、刹那早く向き合った金時が一瞬腰を落として刀を右脇に引き絞ると、
「――ぃやあ!!」
裂帛の気合に乗せて賊の腹部へ突きを放った。
振りかぶりきる前に斧の動きは止まり、直後の喀血とともに手を離れて背後へこぼれる。
ここに至って首を失くした男が水溜りに倒れ、金時が剣を引き抜くと斧男も膝から崩れ落ちた。
鉈を二本握りしめた男は桃太郎から間を取らんと背後へ飛び退く。武の判断というよりは野の反射だろう。
その男と入れ替わって背後の賊が打って出る。手に持つのは金棒。太刀程ではないが長さのある得物、何より非常に頑強だ。
突如現れた金棒による胴体への一薙ぎを、桃太郎は咄嗟に飛び退がることで際どく躱した。
ただの野党と侮れぬ連携だ。今までどれほどの荒事を重ねてきたのか否応なく伝わる。
しかし、だ。
隙を突くこと、予想を超えること、その点において山中棲まう獣達に勝る人間などそうそういやしない。
桃太郎に武を叩き込んだのは伝説の兵法者と評された父だが、生存の術を幼き頃より厳しく教えてくれたのは無数の獣達なのだ。
ゆえに、桃太郎の反応は賊徒如きの読みを易々と超える。
闇の中に鉈を握った手首が二つ舞った。
―――槍の使い手がいなくて幸いだ。
二人返り討ちにした直後、金時は次にどの者が飛びかかって来るかと身構えながら胸の内でつぶやく。
このようなあからさまに多対少の戦いで囲う側に一本でも槍があれば、それを扱うのが戦い慣れした者なら今よりだいぶ厳しい状況になったはずだ。しかもこの暗がり……相手側にのみ僅かな灯火がある状態では遠間から放り込まれる切っ先はいっそう見極め難い。
それに対する僅かな安堵―――だがその時、よく知る音が
即座にその方向へ身を向ける。刀は反射的に動かしていた。
眼前に敵が立っているわけでもなく、だが振り払った刀身に強い衝撃が生まれる。
左肩に微かな熱を刻んで背後へ吹き抜けていったそれは―――
「矢か……!」
呟きと同時にバシンッと戸板に弾ける音が聴こえた。
初めての隙を逃すまいと外側の賊が大胆に飛び出し、大鉈を両手で握って渾身の勢いで斬りつけてくる。
矢は力強かった。弾いた時の痺れが手元に残ったままで体勢も悪い金時は迷わず退く。
一振り目は目と鼻の先で空を切る。ここで反撃、と当然の判断をしようとしたが、踏ん張るためについた後ろ足がぬかるみに取られて僅かに流れた。
隙がさらに大きくなる。相手の大鉈の方が先んじて振りかぶられる。
“まずい―――”
そう思った瞬間、自分の背後から風のように飛び出した刀が鉈男の心の臓を貫いた。
眼前の光景に、しかし驚きによる呆けの欠片も浮かべず金時は即座に身をひるがえす。予感的中、目の前に迫り来る一人の賊と金棒。
殴りつけてくる棒の先端ではなく手元寄りを狙うため半歩踏み出して強く斬り結ぶ。
それでも重い手応え、あるいは刃を傷められたか、しかし金棒の一振りを見事に止めたその刀身を手首の動きで返し、そのままもう半歩の踏み込みと共に賊の首を斬り払った。
激しい死線の交錯に爆ぜ散った血と水の飛沫が、まるで鈍化した時の狭間に舞い漂う―――。
とん……とぶつかり合う二つの背中。
相身伝わる熱、耳には平時より荒い互いの呼吸音。
そして感じる、命を預けるに申し分ない頼もしさ。
「かたじけない、桃太郎殿」
「お見事です、金時殿」
修羅場にあって何故かふと口元に込み上げた笑みを、このとき不思議と背中合わせのまま互いに感じ取れた。
新たな二体の骸が
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