ワガママ

やがて、やっと少女が泣き止んだ所で、少女が言いにくそうに口を開いた。

「あの・・・退院、しても・・・・・・また来てもいいですか?」

その言葉に、幾斗は少し低めの声で言った。

「それは駄目だ」

「っ・・・・」

「病院なんて、願うなら誰にも来て欲しくないんだ」

その言葉は、医療に携わる者としての純粋な願いだった。

「では・・・・・貴方に、会いに来ます」

――少女はいつの間にか、幾斗に恋心を抱いていた。

「それも・・・・駄目だ」

消え入りそうな声が聞こえ、少女は思わず見えない幾斗へ手を伸ばした。

「っ、どうして・・・・!」

幾斗の服らしき物を掴み、問い掛ける。

「私が、子供だからですか?」

「違う」

「じゃあ、どうし―――」

「俺、海外へ行くんだ」

はっきりと告げられたその言葉に、少女は頭が真っ白になる。

「しばらく日本へ帰って来ない」

「そんな、何で・・・・」

困惑を隠せない少女は、力なく幾斗の服から手を放した。

その手を幾斗の大きな手が優しく包む。

「遠い国で、俺の薬を待ってる奴がいる。俺は、1人でも多くの人をこの手で救いたい」

幾斗の強い願いに、少女は包まれている大きな手の中で、自分の手を握り締めた。

少女のように、幾斗の手で救われる人がいる。

それは、少女にも充分理解出来た。

「世界は今も、医療の手が必要だ。だから、今日で・・・・・さよならだ」

静かに、はっきりと言われた別れの言葉。

「・・・・・っ」

再び溢れそうになる涙を堪え、少女は告げられた現実を必死に受け入れようとした。

「大丈夫。独りだなんて思うな。お前は強い」

そっと包まれていた温もりが手から離れ、すぐ傍で幾斗が立ち上がる気配を少女は感じた。

「待って・・・・っ!」

「・・・・!?」

立ち上がり、無我夢中で伸ばした少女の両手は、幾斗の背中の服をしっかりと掴んでいた。

「私っ・・・・・決めました!」

「え・・・・?」

少女は小さく息を吐き出すと、強い口調で告げた。

「少し前から悩んでいましたが・・・・・・・・・今、やっとその決心が出来ました。私・・・・・・・高校を卒業したら、音楽の道へ進みます。貴方に貰ったピアノの腕を磨いて、たくさんたくさん勉強します。もう・・・弱音なんて言いません。盲目だからって、泣いたりしません! 全てを受け止めて、もっともっと強くなります!」

少女の言葉を、幾斗は静かに聞いていた。

「貴方に教えて貰ったこと、絶対に・・・・忘れません」

そこまで聞いて、幾斗は小さく微笑んだ。

「だからっ・・・・頑張ってしっかり、自信を持って、私が人前に堂々と立てた、その時は・・・・・・」

「・・・・・」

「また・・・・日本に・・・私に、会いに来てくれますか・・・?」

消え入りそうなその声の後、幾斗が小さく吹き出した。

そして、幾斗は少女の手を自分の身体からそっと放すと、少女へと向き合い、ポンポンと軽く少女の頭に手を置いた。

「・・・・・・好きです」

少女の小さな告白に、幾斗の手がピタリと止まった。

「最後に・・・・・1つだけ、ワガママを言ってもいいですか?」

「・・・・ワガママ?」

「・・・・・・・・キス、して欲しい・・・です」

高鳴る心臓と熱を持つ頬を隠すように、少女は言ってすぐに顔を伏せた。

「・・・・・・・」

何も言わない幾斗が、今どんな顔をしているだろうと考えると、少女はこの時ばかりは目が見えなくてよかったと心底思ってしまった。

そして、幾斗の指先が少女の顎に添えられ、そのまま少女の顔を軽く上げた。

「っ・・・・・」

破裂しそうなほど高鳴る心拍数に、少女は身体を強張らせる。

そして――――。

「・・・・・・・・んっ」

酷く柔らかい感触が、少女の口元に触れた。

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