ココロ

少女と幾斗の平穏な毎日は、あっという間に半年を過ぎた。

毎日のように練習をして、少女が子供用のピアノで簡単な演奏が出来るようになった頃。

その日の幾斗の薬はいちご味のマシュマロで、ちょうど少女が口に含んで微笑んだ時だった。

「随分と笑うようになったな」

少女がその言葉に顔を上げ、見えない幾斗の方を向いた。

そして、幾斗の口から続けて出た言葉に、少女の顔から笑みが消えた。

「・・・もう、俺がいなくても大丈夫そうだな」

「え・・・・?」

一瞬、幾斗の声がひどく遠く聞こえた少女は、その言葉の意味を理解することが出来なかった。

「お前は充分笑えるようになった。だから、もう俺は必要ないだろ?」

「ど・・・・うゆうこと、ですか?」

小さく呟いた少女の不安そうな声に、幾斗は安心させるように少女の頭を撫でた。

「もう、目が見えないからって悲しんだりしないだろ?」

幾斗は、少女が目が見えないという事で感じていた悲しみや苦しみを、全て治療してきた。

少女が盲目の所為で、人を覚えられないと泣いた時は、相手の声と名前を覚えればいいと言って、歳の近い患者の元へ少女を連れて行った。

少女が盲目の所為で、色の認識が出来ないと嘆いた時は、色なんて関係ない。お前が望めば全てが虹色だと笑った。

少女が盲目の所為で、誰からも好かれないと叫んだ時は、目が見えないことを理由にするなと叱った。

「お前は治ったんだ。“心の弱さ”っていう、病気からな」

幾斗の治療は少女の心を強くし、笑顔を灯したのだ。

「っ・・・・」

大きな手の温かさを感じながら、暗闇しか映さない少女の瞳から熱い水が次々と零れ落ちた。

「泣くなって。俺の薬、ちゃんと効いただろ?」

無言で頷く少女の涙は、止まる気配がなかった。

幾斗から与えられる、薬という名のいちご味のお菓子は、いつも少女の笑顔の一部だったのだ。

「私っ、貴方がいないと・・・笑える自信が・・・ありません」

泣きじゃくる少女に、幾斗は小さく笑った。

「バーカ、それじゃどうすんだよ。自信持て。お前の笑顔は誰かを明るくする」

優しいその声は、続けて少女の耳元で小さく呟いた。

「・・・・・退院おめでとう」

少女は入院なんてしていなかった。

ただの通院だったのだが、幾斗の冗談交じりに言ったその言葉に、震える声で少女はお礼を告げた。

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