第141話 魔法文化祭 その9

「あ、そろそろライブが始まる頃ですよ」


「よし、行こうか」


 この報告を受けてマール達は再び講堂に向かう。演劇の時は行くのが遅くなったのでいい席に座れたなかった反省を生かし、今度は早めに行っていい席を確保しようとしたのだ。


 3人が講堂についたところで、急いで走ってくるクラスメイトの姿が彼女達の目に飛び込んでくる。その雰囲気にやばいものを感じたマール達は事情を聞いてみようと動きを止めた。

 その子はマール達の前に立つと、すごく緊迫した表情で声をかけてきた。


「なおちゃん、お願い、急いで来て!」


「え?どうしたの?」


「またオブジェの挙動がおかしくなったの!今はみんなで抑えているけど」


 話によると、昼までは何も問題なく動いていたあの魔導オブジェが、またおかしな動きをするようになってしまったらしい。先日の暴走事件の事を思い出したマールはこの状況に戦慄を覚える。


「ちょ、ヤバイじゃん!」


「出来ればみんなも協力して!」


「当然だよ!」


 こうして3人は急遽自分達のクラスに戻る事になった。急いで駆けつけると、そこには雄叫びを上げる魔導オブジェと、抑えきれずに暴れまわったせいでボロボロになってしまった教室の姿があった。


「ガゴオオオオ!」


「うわ、教室が……」


 惨状を見たマールは絶句する。オブジェの様子がおかしくなったところでお客さんを避難させたので人的被害は発生していなかったものの、突然のトラブル発生で拘束魔法をかけるタイミングがずれてしまったらしい。

 そのため、初動でしっかりオブジェを止める事が出来ず、暴れまわらせてしまった形跡が教室内を酷いものにしていた。


 飾り付けもボロボロ、椅子も机も吹っ飛んでオブジェ以外の出し物も破壊され尽くされている。この惨劇の中、窓のガラスが割れていない事だけが不幸中の幸いだった。

 この暴走オブジェの対処に困り果てていたクラスメイト達は、救世主の登場に笑顔を取り戻す。


「なおちゃん!良かった!」


「これは……流石に先生呼んできた方がいいんじゃ?」


 混沌とした様子の教室を見たマールは正論を口にする。それを聞いた前回の暴走時も先生を呼ばなかったクラスメイトがつかつかと近付いてきて、そのままマールの両肩を掴んだ。


「出来れば呼びたくないの、分かるでしょ」


「それはそうかもだけど……」


 この騒ぎを大きくしたらクラスの生徒全員の将来にも影響すると言うその無言の圧に、マールも言葉を失う。こうしている間にも魔導オブジェは教室中を縦横無尽に飛び回り、被害は拡大するばかり。

 暴れまわるオブジェをしっかり見据えたなおは、ここで強く決意した。


「私、やってみます!」


「なおちゃん、気を付けて!」


 マールは取り敢えず応援する係に徹している。友達の声援を受けて、なおは動き回る回るオブジェに近付いていった。後一歩で手の届くところまで近付けたところで、まるで前回魔導石が抜き取られた記憶を思い出したかのようにオブジェの動きが変化する。

 そう、近付いた彼女に対し、敵意を向けてきたのだ。


「ギョオオーッ!」


 オブジェはそう雄叫びを上げると、なおに向かって突進する。この予想もしていなかった行動に彼女も全く対応出来す、その突進をモロに受けてしまった。なおは教室の壁に思いっきり打ち付けられ、意識を失ってしまう。

 この結果を見て、楽観視していたクラスメイト達に衝撃が走った。


「え?嘘……」


「なおちゃーん!」


 ミチカもマールもこの想定外の結果に呆然としてしまう。魔法検定Aですら暴走オブジェは止められなかったと言う事で、もはやこの騒動を止められる生徒はいないと言う事になり、クラスメイト達の間に動揺が広がっていく。


「どうしよう?」


「やっぱり先生呼んでくる!」


 こうなってしまってはもう大人の力を借りるしかないと、生徒の1人が先生を呼びに行った。あきらめムードが蔓延するクラスメイト達の中で、1人の生徒がこの問題に果敢に立ち向う。


「私が何とかするよ」


「マール?勝算あるの?」


「ないけど、何とかする!」


 そう、それはマールだった。勝算もないし、どうすれば止められるのかも分からないまま、ただ、何とか出来るかも知れないと言う謎の直感だけが彼女を突き動かしていた。魔導オブジェはもう敵はいないとばかりに更に自由に振る舞っている。

 もしこのまま教室の抜け出してしまったら、パニックは更に広がってしまうだろう。


 マールはそれだけは阻止しようと気合を入れて近付いていった。本来ミチカは止めるべき立場ではあるものの、真剣な彼女の目を見てそれを止められずにいた。

 もしかしたら彼女なら何とか止めてくれるかも知れないと、僅かながらの奇跡に縋ったのかも知れない。


「ゴボオオオオオ!」


 オブジェは自分に近付いてくるマールの存在に気付き、威嚇するようにまたしても謎の雄叫びを上げる。それでも歩みを止めないこの敵対者に向かって、オブジェはまたしても突進攻撃を開始した。

 友達を吹き飛ばしたのと同じ攻撃を繰り出され、マールはしっかりとタイミングを見極める。


「てぇぇぇぇい!」


 彼女は向かってくるオブジェに向かって掌底を繰り出した。この時、上手くタイミングが合ってオブジェは弾き飛ばされる。この時のマールは無我夢中で、ある種のトランス状態になっていた。


 弾き飛ばされたオブジェの向かう先には、いつの間にか復活していたなおが待ち構える。彼女は両手を前方に掲げ、自分のいる方向に向かってくるオブジェを受け止める構えを取っていた。

 程なくして、なおは吹っ飛んできたオブジェをしっかりと受け止める。オブジェは受け止めたなおの両手から放たれた魔導波動の力に屈服したのか、ここで小さく唸り声を上げる。


「ゴポ……」


 次の瞬間、強烈な光が教室内を包み込んだ。カメラのフラッシュを数倍強烈にしたみたいなこの現象に、その場にいたクラスメイト全員がプチパニックになる。


「きゃっ」


 光が収まった後、視界の戻ったラスメイト達の目に映った光景は、力を失ってぽとりと床に落ちた魔導オブジェの姿。そう、結局なおがこの騒動を収めたのだ。こうして脅威が去ったと言う事で、教室中が安堵の空気に包まれる。

 マールは倒れていたはずの友達が復活しているのを確認して、すぐに彼女のもとに駆け寄った。


「なおちゃん、良かった」


 マールはなおの無事を確認して彼女を優しく抱きしめる。そうしているところへ、さっきの光の衝撃からまだ完全に復活は出来ていないミチカがよたよたと近付いてきて、頭を抑えながらマール達に話しかけた。


「これ、何やったの?」


「む、無我夢中でよく分かんない」


 マールは自分でも何をどうしたのか全く記憶にないみたいだった。想像通りの返事ではなかったものの、その答えも彼女らしいとミチカは笑顔を見せる。

 その頃、床に転がっておるオブジェを見て、近くにいたクラスメイトがしゃがみこんでしっかりと状況を確認した。


「オブジェ、止まっちゃった」


「あ、それは私が魔導石を抜いたからです」


 なおはそう言うと、抜き取ったレプリカ魔導石をみんなに見せる。

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