第132話 ハロウィン その10

 次の瞬間、彼女は結界から放り出され、現実世界への帰還に成功する。いきなり吐き出された格好となって、心の準備が出来ていなかったマールは見事に着地に失敗した。


「ぐえ」


「はは、着地は下手か」


 その無様な格好を見て魔女ラウダは軽く笑う。マールが吐き出された場所は特別校舎の中にある魔術研の部室――そう、儀式の間、その場所だった。魔法結界に差し込んだ光こそ、ハロウィン当日になって儀式の間で儀式が行われた結果生じたものだったのだ。


 いきなり見知らぬ生徒が飛び出した事で現場が騒然とする中、その生徒の正体を確認しようと覗き込んだある参加者がその見覚えのある姿を見て彼女の名前を叫ぶ。


「マール……!」


 儀式のリーダーを務める魔術研部部長兼生徒会長のサイスは、イレギュラー少女の正体を知っていた儀式の参加者の1人に声をかける。


「しずる、知り合いか?」


「私の……友達です」


 会長に追求されたしずるは少しバツが悪そうに少女との関係を口にする。魔術研の部室では、この儀式のために集まった魔女に許された12人の選ばれし生徒がこのイレギュラーな事態に困惑していた。何とかこの状況を把握しようと会長は魔女に訴える。


「これは一体どう言う事ですか?」


「どうもこうも何も、そいつも候補者だからなあ」


 会長の質問に対して、魔女は右手を腰に当てると少し呆れたように答えた。確かにそれまで魔法結界の中にいたとなると、魔女の言葉通りその資質は候補者以外にありえない事となる。会長は改めて床に無様に倒れた少女を見て、少し前に追い出したあの規則違反少女と同一人物だと言う事に気付く。

 儀式の間の混乱はまだ続いていたものの、マールの存在が特にこの後の儀式の邪魔になる事はないだろうと言うサイスの判断で、この問題の処理は先送りとなった。


「そうか、始祖の血筋なら仕方ないな」


 一方、無事に現実世界に戻れたマールはと言うと、床に結構な勢いでぶつかったショックで気絶していた。

 気を失った彼女をその場にいた数人が邪魔にならない場所に移動させて、本来の儀式の真の目的は実行に移される。その目的とは島の住人と島を守る魔女との情報交換だ。


 マールが部屋の隅っこに寝かされ、真面目な雰囲気が儀式の間に戻ったところで、早速魔女が口を開いた。


「それで?島の様子はどうなっている」


「はい、1人壁を超えた者がいます」


「それは私も見た」


 壁を超えた1人とはなおの事だろう。魔法壁は今までに外からの侵入者を1人も許した事がない。だからこそ大きな関心事になるし、魔法結界内にいながらも魔女はそれをしっかりと感知していた。

 これは重大な事件ではあるものの、特に危険度が高いとは見なされておらず、魔女はすぐに他の事例について催促する。


「他に異常は?」


「それ以外は全く問題ありません」


「そうか、分かった」


 その後も儀式の間のメンバーと魔女は様々な話をしてハロウィンの儀式は何事なく無事に終了する。全てが終わった後、寝かされていたマールはしずるによって寮のベッドに移された。彼女はそれからもずっと眠り続け、同室の留学生メンバーを心配させ続ける。

 特に突然の消失でずっと探索を続けて憔悴しきっていたなおは、しずるから詳しい話を聞かされたその場で大声で泣き始めてしまった程だった。


 そう言う経緯もあって、ベッドに寝かされたマールの看病はなおがメインとなっていた。マールは眠り続けている以外には何の異常もなく、いつ起きてもおかしくない状態。

 ぐっすり眠り続けた彼女が目を覚ましたのは、寮に運び込まれて丸二日経った夕方の時間帯だった。


「う、うーん……」


「あ、起きた」


 最初にそれに気付いたのは、この時ちょうど学校から返ってきて様子を見に来たしずるだ。彼女は儀式が終わってからは普通に学校生活を送っている。

 目が覚めたばかりのマールは、まだ寝ぼけたままで意識が混濁していた。


「ふえ……ここは……」


「寮のベッドだよ。保健室でも良かったんだけど、みんなが心配してたから」


「みんな?」


 しずるの言葉にマールがキョロキョロと周りを見回していると、この回復を一番待ち望んでいた友達が思いっきり抱きついてきた。


「マールちゃん!」


「あ、なおちゃんおはよ」


 なおからの熱い抱擁を受けて、マールは取り敢えず挨拶をする。夕方なのに朝の挨拶をする彼女を見た別の友達が、呆れて声をかけてきた。


「おはよじゃないよ、心配かけて!」


「ファルア……」


 そう、それはファルア。いつもは部活で忙しいはずなのに、マールがいなくなったと言う話を聞いてからはすぐに捜索に参加。倒れたと言う話を聞いた後は、意識が戻るまで早めに帰ってきて様子を見ていたのだ。

 彼女は軽くため息を吐き出すと、回復したマールを優しく見つめる。


 段々とマールを見守る人数が増えてきたところで留学生最後の1人が様子を見にやってきた。彼女は起き上がったマールの姿を見ていきなり文句を口にする。


「私もライブどころじゃなかったんだからね」


「ゆん……。って、えっ?今日は何日?」


 ゆんの言葉にマールは日時感覚の混乱に陥ってしまう。彼女のライブはハロウィンに行われるはず。それが終わっていると言う事は――。

 頭を抱えるマールに、ゆんは今日の日付をしれっと口にする。


「今日は11月2日だけど」


 マールはずっと魔法結界の中にいたために、時間感覚をすっかり失っていた。結界に閉じ込められてからの体感時間は1時間程度でしかなかったのだ。既にハロウィンが終わっている事実を告げられた彼女は、思わずゆんに質問する。


「ハロウィンはどうなったの?」


「どうなったも何も、みんなで盛り上がったりしたよ?」


「そ、そっかあ……」


 楽しみにしていたハロウィンに参加出来ず、マールの目の前は真っ暗になる。ゆん達の話によると、ハロウィン当日の学校は仮装生徒達で溢れかえり、学校も授業どころかパーティーのようなイベント満載で結構盛り上がったらしい。

 そんな楽しいイベントに参加出来なかった事を知ったマールの絶望っぷりったら、使い魔の僕ですら見ていられないくらいだった。


 元気になったマールは次のハロウィンこそ楽しむぞって意気込んでたんだけど、来年はもう留学期間は終わってるんだよね。ちゃんと分かってるのかなぁ……。

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